トランプ大統領は「世界にとって災厄」ノーベル経済学者がキッパリ断言する理由

Photo by Kazumoto Ohno

いま、「世界の常識」が変わりつつあります。「力こそ正義」の国際秩序、苛烈さを増す気候危機、AIの超速進化による人間疎外……。アメリカ、ロシア、中国といった大国が、かつては民主主義や人権、国家の安全というような大義名分で覆い隠していた領土的野心をむき出しにする姿が毎日のニュースを賑わせます。かつてない予測不可能な時代を生き抜くために、私たちは従来の常識、歴史観、思い込みを捨て、現代の世界に通用する「新常識」を手に入れる必要があります。※この記事は、大野和基『あなたの知らない「世界の新常識」』(集英社インターナショナル)から一部を抜粋・編集したものです。

アダム・スミスの「見えざる手」は

そもそも存在しなかったのか?

――あなたは、「アダム・スミスの言う『見えざる手』(個々人が自己利益を追求すれば、あたかも見えざる手によって導かれるがごとく社会全体が繁栄と調和に向かう)が見えないのは、単にそんなものが存在しないからだ」と近著※で書かれています。いま起こっている経済の変化は、「初期の経済学に多大な影響を与え、いまなお影響を及ぼし続けている均衡理論が想定していた世界とは著しく異なる」とも書かれています。「見えざる手」や「均衡理論」をはじめ、いま大学などの経済学の講義で習うことは、もはや役に立たないのでしょうか。それとも時と場合によっては、有効なのでしょうか?

 ええ、それらが役に立つ領域はあると思います。小麦の価格がどうなるかを知りたい場合、需要と供給の関係から見ることは役立ちます。それは短期的な均衡であり、経済学者が研究する多くの問題に関連しています。

 しかし、私たちが大きな問題、つまり長期的な成長、長年にわたる繁栄について考えるとき、均衡理論は機能せず、「見えざる手」も機能しません。

 例えば、今でこそ私たちは気候変動が私たちの存在を脅かす大問題であることを知っていますが、50年前、ましてや250年前は、誰も気候変動について考えていませんでした。150年前、化石燃料(石油)の開発は、人類の偉大な成果だと思われていましたが、いま私たちはそれこそが大問題の原因であることに気づきました。これが進化の本質です。

 もし当時の人々が、私たちが今日知っている事実を知っていたとしたら、彼らは同じ行動をとらなかったでしょう。今日のような状況にはならなかったはずです。こういうことは何度も繰り返されています。明らかに進化論的な歴史です。

――あなたは「両親や教師が子どもの教育に失敗し、うまく社会化できなければどうなるかを示す好例が、ドナルド・トランプである」と書いています。そして、その「トランプがいるおかげで、インドのナレンドラ・モディ首相やブラジルのボルソナーロ大統領といったほかの煽動政治家が、ポピュリズム的政策を推進できるようになった」とも書いています。トランプ大統領は世界にとって災厄なのでしょうか? それとも今の共和党からトランプ大統領のような人物が現れたのは歴史の必然なのでしょうか?

 ええ、彼はアメリカだけでなく世界にとっても災厄だと思います。この本を書いたときは、彼がどれほど大きな災厄なのか理解していませんでした。しかしこの半年(2025年1~6月)で起こったことは、誰も予想できなかったほど悲惨なことです。彼が一夜にして援助を撤回しただけで、アフリカで亡くなった人の数は膨大に増えました。

――USAID(米国際開発局)閉鎖のことですね。

ジョセフ・E・スティグリッツ/Joseph E. Stiglitz/経済学者。ノーベル経済学賞受賞者。1943年、アメリカ・インディアナ州生まれ。アマースト大学、マサチューセッツ工科大学を経て、イェール大学、スタンフォード大学、プリンストン大学などの教授を歴任。クリントン政権時代の大統領経済諮問委員会委員長。世界銀行のチーフエコノミストも務めた。著書多数。 Photo by K.O.

 そうです。USAID閉鎖は誰も想像できませんでした。彼が移民問題でひどい決定を下すことはわかっていましたが。

 ただ、アメリカの強さの基盤である科学を破壊するとは思いもしませんでした。彼はアメリカの大学を破壊しようとしています。彼が大学を嫌っていること、そして私たちが困難に直面することはわかっていましたが、それがどれほどひどい事態になるのかは理解していませんでした。

「関税の引き上げ」が国際法の規範に悪影響を与えることは明白です。関税引き上げが「違法」であることもわかっていました。しかし、国内の法規範のあらゆる側面を彼がこれほどまで踏みにじるとは予想できませんでした。アメリカが債務を返済しないかもしれないと示唆することは何となくわかっていましたが、トランプの私有地で非公式に合意された、いわゆるマール・ア・ラーゴ合意のようなものを提案するとは思いもしませんでした。

 つまり、彼はこれまでずっと災厄です。共和党が彼のような悪質な人物に乗っ取られたのは必然ではなかったはずなのに。本当に残念です。エリザベス・チェイニーのような人たちは、私とは多くの点で意見が異なりますが、それでも立ち上がろうとする姿勢を見せてくれました。しかし、ほとんどの共和党員は自分の価値観を主張しませんでした。私は胸が張り裂ける思いでした。

 私の著書『世界の99%を貧困にする経済』と『PROGRESSIVE CAPITALISM』には、アメリカが許容している不平等のレベルが、煽動政治家にとって格好の土壌となっていることを書きましたが、想定以上に私たちは不運でした。私たちが受けるべき運命以上の、もっとひどい煽動政治家に出会ったのです。

※近著『スティグリッツ資本主義と自由』山田美明訳(東洋経済新報社)

『あなたの知らない「世界の新常識」』 スラヴォイ・ジジェク、ジョセフ・E・スティグリッツ、エリック・カウフマン、ジェイソン・ヒッケル、ジョセフ・ヘンリック、ジャック・アタリ、ミチオ・カク、ジェレミー・リフキン、大野和基(インタビュー・編)(集英社インターナショナル新書)