旧友にだまされ、拉致されたカンボジアの詐欺拠点でなぜ「不採用」に…自力で脱出した男性が見た、組織の実態「まるで現代の苦力」

大森さんが監禁されたカンボジア南部シアヌークビルのホテルからの眺め=4月(大森さん提供)

 「どうして、ここに来たんですか」

 目の前に座った中国人が、通訳を通して聞いてきた。2026年4月、カンボジアのカジノ併設型ホテル。大森健治さん(37)=仮名=は怒りがふつふつと湧いてきた。「おまえらが連れてきたんだろう」

 九州で建設業を営んでいた大森さんは、友人の誘いをきっかけにここへ拉致された。待っていたのは国際的な特殊詐欺グループによる採用面接。大森さんはその後、拠点から自力で脱出し、日本に帰国できた。

 今も東南アジアを中心に数千人の日本の若者が犯罪集団に取り込まれ、特殊詐欺に関与しているとされる。大森さんの体験談から、現地の異常な様子が垣間見えてくる。(共同通信=角田隆一)

福岡空港=2025年3月

 ▽20年ぶりのやりとり

 秘匿性が高い通信アプリ「テレグラム」に、見慣れないIDから連絡が入った。このアプリは数年前、興味本位でダウンロードして以来、使ったことがない。

 連絡は、約20年前に同じ職場で働いていた友人から。大森さんは尋ねた。

 「久しぶり、今何やってんの」

 「今、タイを中心に東南アジアで物流事業をやっている」

 話を聞くと、従業員を何人も抱えて羽振りが良さそうだ。

 「こっちに遊びに来んね」と軽い感じで誘われた。

 会社経営に悩んでいた大森さんは、それもいいなと思った。気分転換を兼ねてタイで3日間、現地のビジネスを視察する。

 2026年4月初旬、バンコクへ飛び立つため福岡空港へ。するとテレグラムで連絡が入った。

 「プノンペンで仕事が入った。先に行っている。空港に友達を迎えに行かせるから」

 すぐに、バンコク発プノンペン行きの電子航空券が送られてきた。違和感はあったが、仕方がない。

 プノンペンに着いたのはその日の夜。迎えに来たのは、入れ墨がある中国人の若い男性だった。翻訳アプリで意思疎通をすると「車で3時間ほどのホテルに行く」。

 着いた先はネオンで彩られたカジノ併設型のホテルだった。すぐに別の中国人が現れ、接待を受けた。さして口に合わない中華料理と酒、すすめられて電子たばこを吸った。結局、友人は現れなかった。

大森さんが監禁されたカンボジア南部シアヌークビルのホテルの部屋=今年4月(大森さん提供)

 ▽罠

 翌日、ホテルの部屋でたたき起こされた。

 「警察の手入れがある」

 中国人の説明によると、前日の電子たばこに違法薬物が含まれていたという。

 「カンボジアは薬物に厳しい。逃げなければいけない」

 よく分からないままフロントに財布とパスポート、スマートフォンを預けるように言われ、バイクの後部座席に乗った。連れてこられた先は、青い空と海が広がるビーチ。後で分かったことだが、カンボジア南部のリゾート地「シアヌークビル」だった。

 そこで数時間過ごし、ホテルに戻った。ところが、フロントに預けたスマホを返せと言っても返してくれない。なぜかホテルの隣の携帯ショップで新しいスマホを買ってもらった。その日から、部屋に中国人が一緒に泊まった。

 「あなたも心細いでしょう」。そう言われた。

 3日目、日本に帰る日だ。仕事もあるから帰国は延ばせない。いまだに会えない友人に連絡を取ると、彼からこう言われた。

 「いま空港に行ったら、尿から薬物が検出される。少し待った方がいい」

 3口吸っただけで尿から出るはずがない。口論になると、友人は言った。

 「面接を受けてほしい。この面接に受かってほしいんです」

 聞くと特殊詐欺グループの面接という。頭にきた。

 「最初からそれが筋書きだったのか」

 しかしどうしようもない。「1週間後までに日本に帰せ」と怒鳴ると、友人は約束した。

 ▽採用面接

 面接の場所は同じホテルの最上階だった。犯罪行為には絶対に加担しないが、どんなものか見てやろう、日本に何か情報を持って帰ろうと覚悟を決めた。

 会場ではTシャツや短パン姿の中国人数人と通訳の台湾人がいた。

 「(指定暴力団の)住吉会と関係があるんですか」

 「いいえ」

 「○○という日本人を知っていますか」

 「いいえ」

 「日本ではどんな暮らしをしているんですか」

 どういう意図で聞かれているのか分からなかったが、質問には正直に答えた。

 すると結果は「不採用」。ホテルで一緒にいた中国人も、この結果に困惑気味だ。彼らに頼み込まれ、別の面接を受けることになった。連れて行かれたのは車で5時間のベトナム国境沿いの町にある、小さな建物。面接は会議アプリのズームだった。

 日本語の簡単な質問に、適当に「はい」「はい」と答えると、今度は採用されてしまった。

特殊詐欺グループとみられる日本人19人が拠点にしていたリゾートホテル=2023年4月、カンボジア南部シアヌークビル(共同)

 ▽脱出

 翌日は金曜日。シアヌークビルまで戻ると、プリウスに乗った中国人3人が迎えに来た。行き先は別のカジノ併設型ホテル。現場リーダー役の中国人は40代ぐらい。

 「月曜日まで仕事はない」と言われた。一緒にいたのは、この中国人と通訳の台湾人。それに、日本人も2人いた。

 次の日、グループは小舟に乗ってシアヌークビル沖の島へ渡り、小さな一軒家に隠れることになった。既に本格化していた警察の捜査を恐れたのかもしれない。

 台湾人の通訳が見張り役だ。60代くらいだろうか。スマホで志村けんさんの番組を見て笑い声を上げていた。薬物を常用している。大森さんに詐欺拠点での拷問や虐待の動画を見せながら言った。

 「逃げるとひどい目に遭う」

 日本人の2人は20代前半の若者だった。一軒家でそのうちの1人と話し込んだ。若者は2025年夏に騙されて連れてこられた。契約期間があり、1年という。中国人リーダーの信頼を得ているようで100万円相当の金と前日の売り上げ分の金額を渡せば、〝休暇〟で日本に帰ることもできるという。帰国した方がいいと説得すると、彼はこう打ち明けた。

 「日本に帰るのが怖い」

 特殊詐欺の「かけ子」に関わるうちに、考えが麻痺してきたという。黙っていても毎日ご飯が出てくる。ノルマをこなせば月平均2万ドルほど入ってくる。遊ぶ場所もあった。そうした生活に慣れていく自分が怖かったようだ。

 「ほかのかけ子も、大きな犯罪に加担しているというより、会社で働いているような感じでした」

 数日後、グループは再びシアヌークビルに戻った。大森さんの友人が日本に帰るよう手配すると言った日は、とうに過ぎている。

 「スマホを返せ」と口論になったが、らちが明かない。翌朝、見張り役がトイレに行った隙に、リュックサックと水のペットボトル3本を持って逃げた。暗くなるまで近くの茂みに潜み、建設が止まった高層ビルに身を隠した。

 夜半にそこから離れ、近くの警察署に保護を求めた。警察官に伴われ、拉致されていたカジノ併設ホテルを検分した後、プノンペンの日本大使館に引き渡された。渡航証明書の発行などで10日ほど過ごし、無事に九州の自宅に戻った。現地での滞在期間はおよそ25日間。日本で警察に事情を聞かれ、こっぴどくしかられた。

アジア経済研究所の久末亮一研究員(本人提供)

 ▽苦力貿易との共通点と違い

 大森さんの証言からは高度に分業化した「詐欺産業」の実態が垣間見える。アジア各国の「かけ子」を仕入れ、現地詐欺グループに分配、周旋している。無数の詐欺グループが独立して存在していることをうかがわせる。

 19~20世紀のアジア経済史や地下経済に詳しいアジア経済研究所の久末亮一研究員は、19世紀半ばに騙されて中国南部から東南アジアに大量に連れてこられた出稼ぎ労働者「苦力(クーリー)」貿易との類似点を指摘する。

 「渡航費は無料、金を稼げて、現地でもよい生活ができると甘言を弄して、大量に華南各地から人をかき集めた苦力貿易と構造が似ています。当時、売られる人々は『豬仔』(子豚)と呼ばれていました。各地には人々をかき集めるリクルーター役がいて荷を香港に送り出し、香港ではこれを集積して東南アジア、米州、オセアニアなどの送り先を決めるブローカーの『客桟』があり、そして現地で『豬仔』を差配するブローカーが暗躍しました。別々の組織が網状のネットワークを形成し、水平分業型の人身売買ビジネスを築いていました」

 当時、大量の人々が東南アジアに押し出されたプッシュ要因としては、アヘン戦争や太平天国の乱など中国南部の動乱があった。一方で、彼らを引き寄せたプル要因としては、錫鉱山、プランテーション、港湾労働者など欧州勢の植民地開発による人手不足があったと久末氏は分析する。では現在はどうなのだろう。

 「当時多くの人々が食い詰めていた状況と違います。ただ中国本土では若年失業率が高い一方、ソーシャルメディアの影響などで『楽して稼ぎたい』という若者の安易な欲望があり、これは中国のみならずグローバルに広がっています。プル要因としては、モジュール化された犯罪のグローバル化があります。中国本土では当局による締め付け強化で特殊詐欺などの産業化した組織犯罪ができなくなった結果、オペレーションコストが安く、現地の権力者や軍閥の保護が得られ、より大規模な展開が可能な東南アジアに移転したのではないでしょうか。そして、それを円滑にしたのがITや金融といったテクノロジーの発展です」

 ▽「現地の警察署に駆け込んで」

 大森さんへの取材の最後、今も特殊詐欺拠点にいる若者らに伝えたいことを尋ねると、こう答えてくれた。

 「あなたには誰か待っている人がいませんか。そのことをもう1回考えてほしい。現地の警察署に駆け込んでほしい」

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