そりゃ語彙力がつくわけだ…「絵本の読み聞かせ」研究でわかった“1.71倍”の納得データ

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疲れていても、時間がなくても、「子どものために」と思って絵本を読み聞かせている親は多いだろう。しかし、「これって、本当に成長につながっているの?」と疑問に思ったことはないだろうか。絵本に登場する言葉が、子どもの語彙力や言語発達にどう影響しているのか。読み聞かせの「目に見えない効果」を、研究データから読み解く。※本稿は、奥村優子『赤ちゃんは世界をどう学んでいくのか ヒトに備わる驚くべき能力』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。
普段の生活で使わない言葉が
絵本では使われている
絵本には、普段の生活ではなかなか出会えない登場人物や出来事がたくさん描かれています。たとえば「おひめさま」や「きょうりゅう」など、日常生活ではあまり使われない言葉を子どもに紹介するきっかけになります。
また、絵本の文章は、普段の会話よりも複雑な構造を持ち、話し言葉では省略されがちな格助詞(「が」「を」など)がしっかり含まれているのが特徴です。そのため、絵本は文法的な側面も含めて、言葉の発達を支える重要な情報源と考えられています。では、実際に絵本には、日常会話と比べて、どのくらい多様な言葉が含まれているのでしょうか。
NTTコミュニケーション科学基礎研究所は、絵本に出現する言葉を詳しく調べるため、「NTT絵本コーパス」を作成しました。これは、絵本の本文をデータ化して、実際に使用されている言語表現を集めて整理したものです。
これまでにも、図書館の蔵書データベースなど、絵本に関するデータベースはいくつか存在していました。しかし、これらは主に書誌情報やあらすじを収録したもので、絵本の本文そのものがデータ化されているわけではありません。NTT絵本コーパスがあれば、どんな言葉がどのような構文で、どれくらいの頻度で使われているかといった、より詳細な分析が可能になります。
このような背景から、NTT絵本コーパスの作成が始まりました(注1)。売れ筋の本、図書館の推薦図書、小学校の国語教科書に掲載されている本を中心に選定した絵本の本文を、1冊ずつ手作業で書き起こすという地道な方法で進めていきました。というのも、絵本の文字は絵の上に配置されていたり、装飾文字や手書き文字が多用されていたりして、機械による文字読み取りが難しいからです。
絵本100冊の言葉の種類は
日常会話の約1.71倍と判明
2025年4月現在、NTT絵本コーパスには、日本語の絵本約8500冊、英語の絵本約3500冊が収録されており、その規模は世界でも類をみないものです。さらに現在も拡張が進められています。
NTT絵本コーパスを活用した研究の一例をご紹介します。絵本と日常会話の言葉がどのくらい違うのかを調べた結果、絵本の方が日常会話よりも多様な言葉が使われていることがわかりました(注2)。たとえば、絵本100冊分(約6万8400語)のデータを比較すると、絵本に含まれる言葉の種類が日常会話の約1.71倍もあることが明らかになりました。
NTT絵本コーパスを作成することで、絵本が持つ言葉の多様性を統計的に示すことができました。絵本の読み聞かせが言語発達に寄与する理由の1つは、日常では触れる機会が少ない言葉や知識に出会える貴重な場となっていることです。絵本の重要な役割の1つが、データによって裏付けられました。
実際、私の娘も絵本から学んだことをよく話してくれます。たとえば、ある絵本を読んだ後に「アメリカでは部屋の中で靴を履くんだって」と楽しそうに話してくれました。
また、エジソンの伝記絵本を読んだときには、「フィラメントには京都の竹がいいんだって」と教えてくれました。私は「フィラメント」という言葉を知らなかったので、「京都の竹は有名なんだね」という、すっとぼけた回答しかできませんでした。
後で調べてみると、フィラメントとは「白熱電球などの発熱・発光部分」(大辞林)のことでした。エジソンが白熱電球を開発する際、京都の竹を素材としたフィラメントを使うことで、点灯時間の長い白熱電球の開発に成功したそうです。絵本を通して、親も知らなかった新しい言葉や知識、広い世界に触れる機会が生まれることを実感した出来事でした。
絵本によく出てくる言葉は
子どもも覚えやすい
このように、絵本には多様な言葉が出てくることがわかりました。さらに、私たちは、絵本によく出てくる言葉が子どもの語彙獲得にどのように影響するのかを分析しました(注3)。本文では、その中から動物名と心的状態語について紹介します。
心的状態語とは、「欲しい」「思う」「考える」など、欲求や信念を表す心に関係する言葉です。「ネコ」や「ゾウ」のように具体的な対象を指す名詞とは異なり、心的状態語は抽象的で目に見えないため、子どもにとって理解や習得が難しいとされています。
研究では、0~4歳の子どもを持つ1285名の養育者に協力を依頼し、語彙チェックリストアプリを用いて、子どもが理解・発話している単語を調査しました(注4)。この調査には、心的状態語59語、動物名100語を含む2688語が含まれており、それぞれの語について、50%の子どもが言えるようになる時期(50%到達月齢)を推定しました。
たとえば、動物名では「イヌ」(25.8カ月)、「ダチョウ」(40.0カ月)、心的状態語では「嬉しい」(32.3カ月)、「考える」(38.1カ月)といった獲得時期がわかります。
また、NTT絵本コーパスを用いて、絵本に登場する言葉の出現頻度を解析しました。たとえば、「イヌ」は412冊の絵本に登場し、計1652回出現、「ダチョウ」は20冊で計82回登場しています。心的状態語では、「嬉しい」が777冊で1493回、「考える」が622冊で1601回登場していました。
語彙獲得時期と絵本での出現頻度の関係を分析した結果、動物名には強い関連がみられました。すなわち、絵本に多く登場する動物名ほど子どもが獲得するのが早く、あまり出てこない動物名ほど獲得するのが遅くなる傾向が確認されました。
心的状態語は登場率に関わらず
子どもには難しいもの
一方、心的状態語については、関連があるものの、動物名と比べると、出現頻度が高くても獲得時期が遅いことがわかりました。
特に、「思う」「考える」「わかる」「知る」などの心的状態語は、頻繁に絵本に登場するにもかかわらず獲得するのが遅く、子どもにとって獲得が難しい語であると考えられます。
これらの結果から、絵本によく出てくる語は子どもの語彙獲得と密接に関係しているものの、心的状態語のような抽象的な言葉は獲得が難しい可能性が示唆されました。
なお、絵本に多く出てくる動物名を絵本コーパスで分析したところ、1位は「ネコ」、2位は「クマ」、3位は「ウサギ」という結果でした。一般的に馴染みのある「イヌ」は9位でした。
絵本の読み聞かせは、子どもが文字に触れる貴重な機会となり、文字の読み書きの学習にも重要な役割を果たします。では、子どもはどのようにして文字を覚えていくのでしょうか。
子どもは自分の名前に含まれるひらがなから興味を持ち始めることが多いといわれていますが、他にどのような特徴が文字習得に関係しているのでしょうか。
子どもには「読める字」と
「書ける字」が存在する
私たちは、ひらがな習得に影響を与える文字の特徴について検証しました(注5)。この研究では、国立国語研究所が行った調査を参照し、4~5歳の子ども2217人を対象としたデータを分析しました。
興味深いことに、子どもが「読める字」と「書ける字」には違いがありました。たとえば、「読める字」のトップ3は「か」「み」「の」でしたが、「書ける字」のトップ3は「し」「い」「こ」でした。

『赤ちゃんは世界をどう学んでいくのか ヒトに備わる驚くべき能力』 (奥村優子 光文社新書、光文社)
また、絵本に出てくる文字の頻度も調べました。これはNTT絵本コーパスを使用し、絵本の中に登場する文字を数えました。たとえば「にこにこ えがお」という文章では、「に」と「こ」はそれぞれ2回ずつ、「え」「が」「お」は1回ずつ現れます。
さらに、文字の形の難しさ、つまり見た目の複雑さも文字習得に影響すると考え、文字の周囲の長さや面積から複雑度を計算しました。この指標によると、形が複雑な文字は「ほ」「ぬ」「お」、複雑度が低い文字は「へ」「く」「し」と分類されました。
ひらがな習得とこうした特徴の関連を分析した結果、「読み」の習得には、絵本に出てくる文字の頻度が大きく関わっていることがわかりました(図版5―2)。
文字に触れる機会の多さが
読み書き習得の鍵になる
一方、「書き」の習得には、絵本の文字頻度に加えて、文字の形の複雑さも影響していました。これは、形が簡単な文字ほど書きやすく、さらに絵本に多く出てくる文字は、読むのも書くのも覚えやすいことを示しています。

『赤ちゃんは世界をどう学んでいくのか』より転載
絵本によく出てくる文字は、目にする機会が多いため、自然と読み書きの習得が促されるのでしょう。もちろん、文字との出会いの場は絵本だけではありません。食品パッケージ、街中の看板、テレビの字幕など、さまざまな場面で文字に触れる機会があります。
興味深い例として、国立国語研究所が1967年に実施した調査では、アルファベットの読み習得についても調べられており、「Q」の正答率が最も高かったそうです。その理由として、当時人気だったアニメ『オバケのQ太郎』の影響が考えられると議論されていました。
これは、文字に触れる機会の多さが、読み書き習得に大きな影響を与えることを示す例です。