「佐藤錦の時代は終わった」記録的猛暑で収穫激減…“さくらんぼ王国”山形を襲った危機 それでも自然に抗い続ける農家たち「死ぬまで一生、来年百姓」

「佐藤錦の時代は終わった」記録的猛暑で収穫激減…“さくらんぼ王国”山形を襲った危機 それでも自然に抗い続ける農家たち「死ぬまで一生、来年百姓」
「来年百姓」──。それはどんな壁にぶつかっても「来年こそは」と農家を奮い立たせる言葉だ。
山形県は5月21日、今年のさくらんぼの予想収穫量について、3年ぶりに1万トンを超えると発表し、不作からの脱却の可能性を示した。しかし、一部の農家では紅秀峰や、やまがた紅王は安定して着果したものの、佐藤錦に関しては園地や木によってバラつきがあるという。
2年連続で記録的な暑さとなった2024年、2025年の夏、「さくらんぼ王国」に危機が訪れた。初夏のフルーツを襲った真夏の暑さ。山形は記録的不作となった。
地球温暖化による栽培適地の北上が王国を揺さぶる。それでも、王国の座を守るため「来年百姓」を口癖に前を向く「さくらんぼ屋」たち。自然に抗い、挑み続ける姿を追った。
■さくらんぼ王国を襲う「記録的不作」と温暖化

2025年、山形はさくらんぼの栽培開始から150年という節目を迎えた。明治初期、西洋文化とともに日本に持ち込まれたさくらんぼ。昼夜の寒暖差があり、雨が少ない山形の気候は、さくらんぼ栽培に適していた。大正に入ると、さくらんぼの代名詞「佐藤錦」が東根市で誕生。山形は、国産の7割を占めるさくらんぼ王国へと登り詰めた。
「さくらんぼ屋」を看板に農業を営む武田駿さん。父・正春さんと二人三脚で、まるで宝石のように敷き詰める「化粧箱」を武器にさくらんぼをつくり続けている。
駿さんが、さくらんぼ農家として就農して10年以上が経つ。祖父の代から続く農家。さくらんぼ県としてその名が広まり始めた昭和初期、すでにさくらんぼの生産を生業にしていた。100年近く続くさくらんぼ屋だが、2024年、これまでにない不作を経験した。
畑に大量発生したのは、果実が連なる双子果(ふたごか)。猛暑が影響していると考えられていて、その味は普通のさくらんぼと変わらないが、規格外として扱われている。
「我々も収益を求めたいので、売りたいと東京の市場にも交渉しているが、きれいな形だったら良いと。きれいな形ってない。曲がったきゅうりや大根と同じで、日本人はこういうのを毛嫌いする」(駿さん、以下同)
さらに収穫時期のさくらんぼを襲ったのは、連日の30度超えの暑さ。実が焼けたり、病気が発生したりして、出荷できないさくらんぼが多くなった。
「これが普通になっていくのかな…。双子果に関しては防ぎようがないので、暑さで傷みが出てくるのを今後どう防いでいくか」
暑さの影響を大きく受けたのは栽培面積の7割を占める「佐藤錦」。山形の収穫量は平年の67%ほどまで落ち込み、売り場からはシーズン早々にさくらんぼが消えた。
深刻な温暖化の影響。さくらんぼの収穫期、6月の山形の平均気温は、残っているデータで最も古い1890年に比べて3度高くなっている。
■栽培適地の北上と激しさを増す産地間競争

この気温上昇によって、栽培に適した場所が北上しつつある。例えば、九州・四国などが適地の温州みかんは、将来的に東北地域の一部で栽培できるという予測がある。
さくらんぼの栽培適地はいま、どこに…。北海道のさくらんぼの主要産地、仁木町(にきちょう)。山形が不作に終わった1カ月ほど後、収穫の最盛期を迎えていた。
北海道・峠のふもと紅果園の寒河江仁さんは「夜間気温が山形は北海道より高い。昼夜の気温差がないと赤く色がつかない。北海道はまだ色がつきやすい。北海道産のさくらんぼは、まだまだこれから伸びしろがある」と話す。
近年、北海道のさくらんぼは国産全体の1割を占め、その差は大きいものの、山形に次ぐ第2の産地に位置付けられている。2024年は、山形の不作の影響で市場からの引き合いが高まり、仁木町のさくらんぼは平年の1.2倍ほどに高騰した。
青森県が売り出しているのは、大玉品種「ジュノハート」。高級品を目指す独自の販売戦略により、市場では高値で取引されている。激しさを増す産地間競争。さくらんぼ王国は今、その底力を試されている。
「正直、今後も山形の天候の中でさくらんぼをつくっていくということであれば、天候に抗うようにしていかないといけない」(駿さん)
しかし、2025年。さくらんぼ屋たちはさらに難しいシーズンを迎える。
■霜被害と受粉への奮闘、自然との闘い

2025年3月、雪解けが始まるこの頃から山形のさくらんぼ屋たちの作業は本格化する。この時期に心配されるのが「めしべ」が凍ることで、実がつかなくなる霜被害。温暖化によって生育が早まっている近年は、そのリスクも高まっている。芽を守る霜対策は、気温が下がり始める夜に行われる。
上山市のさくらんぼ農家の枝松博さんは、ヒーターを使って畑の空気を温める方法でさくらんぼを霜から守っている。この日の夜の気温はマイナス2.1度。朝まで火をたくことで、木の周りの気温を上げる霜対策だ。燃料代は高騰しているが、霜の予報があれば毎晩のように火を灯す。
「どうしても頑張ってもならないときは仕方がないので、なんとか我々が頑張って、夜遅くでもこうやってならせることができるんだったら、それはしなければならないと思っている。なんとか良いさくらんぼがなってもらえればと思う」(枝松さん)
2025年4月、春が訪れたさくらんぼ畑では、ハチたちが花粉を運び、せっせと働いていた。実がつくかどうかは、ハチの働きにかかっている。
「花粉を今つけていますけど、目に見えないので。なるのかなあ…。神頼みですよ、この仕事は」(駿さん、以下同)
自然に任せるだけでなく、農家も手作業で花粉をつけていく。実がなる確率を上げる作業だ。
「やることをやってならなかったら、また来年に向けた課題で。とにかく今はならせないといけないので、今こういう作業をしている」
しかし、その1カ月後。「少ないね。離れると見えないですもんね。ころころした玉が…」。花が咲いた時期の強風や雨などによって、思うように受粉が進まなかったとみられている。中でも「佐藤錦」の結果は悪く、山形が誇る主力品種は、2024年に続き、2025年も不作となった。
「さくらんぼ、厳しいですよね。果物に関しては工業製品と違うので、お客さんに出したかったけど出せないっていう悔しさはありますけどね」
父・正春さんは「欲でやっているから。今度こそ、今度こそって。昔から『来年百姓』って言うように、失敗しないように努力はしているけど、自然には勝てないんだなやっぱり」とつぶやく。
「孫の時代になったらどうなるんだろうというのは、ものすごい心配するね」(正春さん)
「さくらんぼ、つくってるのかな。自分の次の世代がね。ちょっとクエスチョンマークがつくけど、やっぱり山形県イコールさくらんぼ県なので、そこをどう維持していくのかが一生涯の課題なんだろうなと思いますよ。死ぬまで」(駿さん)
短大を卒業後、すぐに農家を継いだ駿さん。収穫の効率を上げるため、Vの字に真っすぐ木を仕立てる最新の技術を取り入れるなど、チャレンジを続けてきた。
駿さんは「父親も答えのないことをずっと繰り返してきて、現在に至っているので。他の先輩方も。その積み重ねしかないと思う。『来年百姓』今年の結果をみて、来年の反省をする。その繰り返しで、最後は分からず棺桶に入っていく。最後まで分からない、一生、農業人」と笑う。
■暑さに強い品種の栽培や新たな挑戦

2025年6月、収穫作業をする武田さん親子の姿があった。「前は『7月のさくらんぼ』っていううたい文句だった。まだ6月の半ばだよ、もう熟しているもんね」(正春さん)
武田さんたちが暮らす東根では、6月にも関わらず、30度以上の真夏日が1週間。平均気温は、2024年を上回り“最も暑い6月”となった。昼夜の寒暖差がない影響で、ただでさえ不作の佐藤錦は実が赤くならないまま中身だけが熟す異常な事態になった。
影響が少なかった品種がある。「佐藤錦」の味を受け継ぐ「紅秀峰(べにしゅうほう)」だ。暑さに強く、日保ちがしやすい大玉品種で、武田さんたちはこの紅秀峰への品種転換を進めている。平年に比べて半減した「佐藤錦」に対し、「紅秀峰」は2割減で踏みとどまった。
正春さんは「佐藤錦の時代は終わったな。百数年で。紅秀峰は消費者も絶対受けてくれると思う。大きいし、食べても美味しいし、硬さもあるし」と評価する。駿さんも「かっこいいよね。整然としているし。今後山形のさくらんぼを牽引していくのかな」と期待を寄せる。
続く暑さに、新たな発想で立ち向かうさくらんぼ屋もいる。王将果樹園の矢萩美智さんだ。
さくらんぼのハウスに舞い上がったドローン。光を遮る「遮光剤」をハウスにふきかけることで、中の温度を下げることが期待されている。
「やってみないと分からないので、とりあえずやって、結果をみて継続するかやめるか、そのとき判断すれば良いので。とりあえずやらないと何も始まらないので。変わらないし」(矢萩さん、以下同)
暑さの影響で、また2025年も多かった双子果。規格外としてはじかれてきたが、その見た目を逆手にとった。
「なんで双子果が規格外として扱われるのか分からない。狙ってつくれないものだし、逆に私は高く評価されても良いんじゃないかなと前から思っていて」
店では、「キセキの果実」として、あえて双子果を強調したり、パフェに盛り付けたりして、その魅力を広めようと仕掛けている。
「双子果の魅力を知ってもらえば、必ずチャンスがあると思っていて。やれることがまだあるうちはやり尽くす。トライアンドエラーだと思う」
■「一生、来年百姓」農家の終わらない挑戦

かつては、7月中旬まで続いていた山形のさくらんぼだが、その終わりは年々早まっている。武田さんの今シーズンの収穫量は、平年に比べて3割の減。山形県全体では、過去最低となる見込みだ。それでも、さくらんぼ屋たちは、前を向き続けている。
「来年に向けて反省して、来年やってみて、また反省しての繰り返し」(駿さん)
「90点、100点なんてあり得ない。毎年試行錯誤して、これで良いってときは農家は終わりだよ」(正春さん)
2025年8月、作業をしている駿さんの元を訪ねた。「これは、お礼肥(おれいごえ)。さくらんぼが終わったので、お疲れ様でしたっていう肥料」。
「終わったけど、また始まるから考えないと。その繰り返しだと思うので、農家の仕事は。来年百姓っす。一生『来年百姓』って言っているでしょうね、死ぬまで。腰曲がろうが、何やろうが、来年はこうだべ、再来年はこうだべって。今年はこうだった。あと半年どうなるんだろうね…みたいな感じだと思いますよ」(駿さん)
今年は、県が発表した1万トン超えという予想収穫量を超えることができるのか。生産現場では、不安を抱えながらの奮闘が続く。
(山形テレビ制作 テレメンタリー『来年百姓 ~猛暑に挑む“さくらんぼ屋”~』より)
【映像】大量発生した規格外品「双子果」(複数カット)
【画像】大量発生した規格外品「双子果」(複数カット)
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