もう飲み会にアルコールは不要? 東京で泥酔者2万人減の衝撃データ

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ピーク時の1990年代や80年代に比べて、2000年以降は大幅に「泥酔者」の数が減っていることがデータから明らかになっている。なぜ勤労者は以前ほど酒を飲まなくなったのか、社会学者が背景を解説する。※本稿は、社会学者の右田裕規『「酔っぱらい」たちの日本近代 酒とアルコールの社会史』(KADOKAWA)の一部を抜粋・編集したものです。

20世紀半ばから街の酔っぱらいが

効率的に「保護」されるようになる

「仕事帰りに飲む」――職場での飲酒を禁欲し、余暇に限って酒を飲むこと。「酔っていないふりをする」――余暇の飲酒のさなかにも、理性を保ち、働き続けようとすること。「疲れたから飲む」――労働力の回復を促進する方途として、アルコール消費を位置づけ実践すること。

 前世紀の都市社会で生み出された一連の労働従属的な飲み方は、21世紀の都市勤労者たちの間でも、広く共有されているものである。

 とはいえ今日の都市勤労者の飲酒様式には、20世紀からの大きな変化も認められる。なかでも興味深いのは、街中の酔っぱらいにまつわる変化である。

 20世紀半ばから、市中の警らを担当する外勤警察は、街の泥酔者を効率的に「保護」するための、種々の新技術や新制度を手に入れる。酔っぱらいの専用保護施設や「緊急警察通報電話」制度(110番)、無線通信技術、パトカー、等々である。

 一連の新設備の登場によって、20世紀後半の街中の泥酔者たちは、世紀前半と比べると、圧倒的に警察に「保護」されやすくなる。つまり警察統計の上では、世紀前半よりも、酔っぱらいの数字がずっと大きく出るような条件が整うことになる。街区を徘徊する酔っぱらいへの嫌悪の高まりから、20世紀後半には、市民たちもまた泥酔者の保護を率先して警察に要請しはじめるのだから、なおさらだ。

21世紀の東京では、

泥酔者・酩酊者が減少

 そのため、節酒型・労働配慮型の飲み方が完全に定着したにもかかわらず、1960年代から80年代の東京で保護された泥酔者・酩酊者の数や対人口割合は、世紀前半と比較しても全く減っていない(表4)。20世紀前半期の泥酔統計が、身柄を拘束され管轄署に留置された酔っぱらい(行政執行法上の「保護検束」をうけた泥酔者)だけを数えていることもあってか、見かけ上の数字は、むしろ後半期のほうが大きいほどだった。

同書より転載。図表作成:本島一宏

 対して20世紀末から21世紀の東京では、街の酔っぱらいは、ゆっくりと減少に転じはじめている。2000年度、2010年度、2023年度において、都内で保護された泥酔者・酩酊者の実数は、戦後ピーク期の1970年度と比較すると、どの年度も2万人程度減っている。保護された酔っぱらいの数が人口に占める割合も、酒類の大幅な減産が行われた1940年度と、あまり変わらないほど小さい(表4)。

飲まない男性が増える一方、

東京では女性の酔っぱらい増加

 世紀の変わり目から、街の酔っぱらいが目立たなくなった理由は、ごく簡潔に説明できる。男性勤労者たちが、20世紀後半よりも、酒を飲まなくなったためである。

 東京都が都民を対象に毎年行っている健康調査を例にとってみよう。1984年度の「都民の健康に関する世論調査」では、男性回答者531人のうち、週3日以上飲む人びとが半数を超えていた(53%)。対して40年後(2024年度)に行われた「健康に関する世論調査」では、男性803人のうち週に3日以上飲むのは39%で、1984年度と比べ14ポイントも減っていた。ことに20代の男性(61人)では、週3日以上飲むのは14%と、あきらかに酒離れの傾向を示している(『都民の健康に関する世論調査』、『健康に関する世論調査』)。

 同じ都民健康調査では、男性の非飲酒者の割合も、大きく伸びている。酒を一切「飲まない」という男性都民は、1984年度が12%だったのに対して、2024年度は20%である。また2024年度調査では、酒を飲むのを「やめた」と答えた男性も、別に5%存在した。

 ただ、この穴を埋めるように、女性の習慣的な飲み手は都市において増えている。1984年度の東京都健康調査では、女性の回答者549人のうち、週3日以上飲むのは15%しかいなかった。対して2024年度の調査では、女性回答者1047人の20%が、週に3日以上は酒を飲むと答えている。

 警察の保護泥酔者に、多数の女性が含まれていることも、21世紀の大都市の特徴の1つにあげられる。

 19世紀後半から20世紀後半まで、東京の泥酔者の大多数は、男性で構成され続けていた。たとえば1880年度の東京府で救護された「酔倒人」2643人のうち、女性は2%(64人)。80年後(1960年度)の東京でも、保護泥酔者1万2392人のうち、女性の酔っぱらいは6%(835人)しかいなかった(『東京警視本署事務年表』1880年度、『防犯部年報』1960年度)。

 それが、21世紀の東京では、事情が大きく変わりはじめている。たとえば2010年度に警視庁が保護した泥酔者・酩酊者1万1106人のうち、1838人は女性で、全体の16%を構成した。2023年度の場合も、保護泥酔者・酩酊者1万3317人の19%(2636人)は女性の酔っぱらいである。つまり東京に限っていえば、21世紀の酩酊文化は、男性勤労者特有の文化として、論じがたくなっている(『警視庁の統計』2010年度、2023年度)。

今、ノンアル飲料が

人気を集めている理由

 都市勤労者たちのこうした酒離れ、泥酔離れは、かれらにとってのアルコールの生産的な価値が、少しずつ後退をはじめていることの徴候として解される。今日の都市勤労者たちにとって、アルコールは、反生産的な液体でも、生産的な液体でもない、たんなる液体へと、少しずつ変貌しつつある。

『 「酔っぱらい」たちの日本近代 酒とアルコールの社会史 』(右田裕規、KADOKAWA)

 たとえば「ノンアルコール飲料」と呼ばれる疑似的な「酒」の流行は、その重要な徴候の1つである。サントリー『ノンアルコール飲料レポート』(2024年度)が出した推計によると、2010年度に12万キロリットルだったノンアルコール飲料の市場規模は、2023年度には34万キロリットルにまで伸びている。これは、同じ2023年度の清酒の国内消費量(39万キロリットル)に、匹敵する数字である(『酒のしおり』2025年度)。

 アルコール抜きのアルコール飲料(風味の飲みもの)が高い人気を得るという、この興味深い現象は、酒を他の飲料から区別させる、固有の価値や意義が次第にうすれはじめていることの、直接的な証左にほかならない。

 誤解のないよう強調するならば、21世紀の都市社会でも、20世紀的な飲み方は、随所に継承されている。今日の都市勤労者たちにとっても酒を飲むことは、「「愉悦」のなかの「仕事」」であり続けている。それは勤労者たちに束の間の愉悦や救いを与えてくれる、代表的なレジャー活動であるのと同時に、すぐれて労働的な営みであり続けている。

 ただその一方、都市勤労者にとってアルコールが、以前ほどの労働的な価値や意味をもたなくなりつつあるのも、また確かなのである。近世社会が酒に付与した反生産的な価値が、20世紀の勤労者にとって疎遠なものとなったように、20世紀の都市勤労者たちがアルコールに見いだした生産的な価値もまた、21世紀の勤労者たちにとっては、少しずつ疎遠なものとなりつつある。