エヌビディアCEO、地政学的大物に リスクも

エヌビディアのフアンCEO(台北、19日)

【台北】米大統領はこの人物を「友人」と呼び、サウジアラビアは彼の会社の半導体チップを大量購入し、生まれ故郷では「チーム台湾のリーダー」と称賛された。

米画像処理半導体(GPU)大手エヌビディアのジェンスン・フアン最高経営責任者(CEO)は、1カ月にわたって慌ただしく世界各地を巡り、今週台北でその歴訪を締めくくった。行く先々での歓待ぶりから見えてくるのは、同氏が単なる大物実業家にとどまらない、世界の地政学に影響力を持つ有力者だということだ。

誰もがこのカリスマ的CEOに会いたがり、最先端人工知能(AI)用として絶対的な基準とされるエヌビディア製チップを欲しがっている。投資家はフアン氏の世界デビューを祝福し、同社の株価をここ1カ月で40%押し上げた。1月の株価急落は遠い記憶となり、時価総額は3兆3000億ドル(約478兆円)と再び世界首位を伺う。

だが国際的な名声にはリスクも伴う。フアン氏は中国やペルシャ湾岸諸国といったセンシティブな地域でも事業を展開している。

「同氏の幸運と不運は、この10年で最も価値のあるテクノロジー材料を生み出したことだ」。米シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)のバラス・ハリサス上級研究員はこう指摘する。「リスクは、同氏の知名度が足かせになることだ。湾岸諸国が混乱に陥れば責任を押し付けられ、中国で行き過ぎとみなされる事態になれば政治的圧力に直面する可能性がある」

フアン氏のプロセッサーと投資支出は各国の運命を変える力を持ち、62歳の富豪である同氏も自身の影響力に応じて変貌を遂げた。いつもの革ジャンを脱ぎ捨てスーツとネクタイで世界のリーダーと会談し、トークンやテラバイトについての営業トークに政治家への賛辞を付け足した。

「大統領のリーダーシップや政策、支援、そしてこれが非常に重要だが、強力な後押しがなければ(中略)率直に言って米国での製造ペースはここまで加速しなかっただろう」。フアン氏は4月30日、米ホワイトハウスでドナルド・トランプ大統領の傍らでこう述べた。

お礼とばかりにトランプ氏は2週間後、サウジアラビアで演説した際にフアン氏を名指しし、「友人がここにいる、ジェンスンだ。とても良いことだ」と述べた。「彼は5000億ドル投資する」とし、エヌビディアが米国にAI向けスーパーコンピューターをつくることを確約したと説明した。

フアン氏は先週サウジアラビアで企業投資フォーラムに参加。トランプ氏とサウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子も列席した

フアン氏は4月半ばから世界中を飛び回り、新たな投資を発表したり取引をまとめたりした。中東では先週サウジの皇太子と会談し、エヌビディアの高性能AIプロセッサーを同国やアラブ首長国連邦(UAE)、カタールに販売することで合意した。

エヌビディアにとって最重要のサプライヤーがいる台湾で19日、自社ビルの建設と台湾初のAI向けスーパーコンピューターをつくる計画を発表すると、観衆から大歓声を浴び、頼清徳総統から賛辞を送られた。

フアン氏は行く先々でロックスターのように熱狂と観衆に囲まれた。同氏は米国市民だが生まれは台湾で、幼少期に米国に移住した。

台湾の電子機器受託製造大手、鴻海精密工業(フォックスコン)の劉揚偉会長は演説で、台湾のAI産業育成に取り組んでいるフアン氏を「チーム台湾のリーダー」と呼んだ。

これに対しフアン氏は、台湾は「世界のコンピューティング産業の中心地」だと述べた。

フアン氏は、米中緊張のさなかに双方と友好的な関係を保つという難役をこなしている。

4月上旬にはトランプ氏の邸宅マールアラーゴで、1人100万ドルの晩さん会に参加した。エヌビディアの一部には、これで米国の従来の規制に準拠するよう調整したチップ「H20」を引き続き中国向けに販売できるとの確信があった。だが米政府は数日後、H20の販売を制限すると発表。エヌビディアは第1四半期に55億ドルの費用を計上した。

IT見本市「コンピューテックス(国際電脳展)」を訪れたフアン氏(台北、20日)

新たな規制が発表された数日後、フアン氏は北京に飛び、中国市場への「揺るぎない貢献」を公の場で政府高官に確約した。それから上海市長に会い、同市に研究開発センターを新設する許可を得た。

フアン氏は中国がAI開発の大国になるとの見解をたびたび示し、エヌビディアが中国市場を軽視するのは愚行だと発言してきた。米国が先端半導体の輸出規制を導入するたびに、エヌビディアはチップの性能を下げて中国向け販売を続けてきた。

英調査会社オムディアのAI担当アナリスト、リアン・ジェ・スー氏は、エヌビディアは米中の一方に付かないようにしていると指摘。「エヌビディアには中立を保つ余裕はなく、政治的影響を最小限に抑えるようできる限りのことをするしかない」と述べた。

米商務省は先週、中国製モデルの学習に米国のAI用チップが使われるのを阻止するために指針を発表し、中国へのチップ移転に警鐘を鳴らした。

CSISのハリサス氏は、米国人幹部が中国に接近しているとなれば米政府は心穏やかではないと指摘する。「チップの性能を下げたところで、中国に傾斜し過ぎれば、レッドラインを越えて公の非難を招くリスクがある。ひどい場合は法的に跳ね返ってくるかもしれない」