“E657系東北夜行”で復活期待! 北の玄関口 上野と各地を結んだ「東北ブルトレ」を振り返る

上野名物・推進回送を終え、地平ホームに入線した14系。推進運転士が先頭に立ち、特に24系のオハネフや14系では貫通扉を開けるのが特徴だった。
2025年6月、JR東日本から衝撃の発表が行われました。それは、2027年春に新たな夜行特急列車を導入するというもの。使用車両はE657系特急型電車1編成(10両)で、全席グリーン車個室タイプに改造して使用。運行区間は首都圏~北東北エリアなどを想定しているとし、6月10日に行われた記者会見では一例として「山手線の主要駅から青森駅」などを想定していると公表しています。多くのファンが待ち望んだ東北方面の夜行列車の復活、それも「ブルートレインの記憶を受け継ぐ青色の夜行列車」とあって、SNS上では往年の列車の復活を期待するコメントも見られました。
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そんな中、やはり振り返っておかねばならないのは、石川さゆりの名曲「津軽海峡・冬景色」の冒頭でも有名な「上野発の夜行列車」たち。今回は、かつて首都圏と東北各地を結んだ寝台特急が掲げた愛称や行き先、その足跡について改めて振り返りたいと思います。
◾️東北本線を走破し青森へ “青いマーク”の「はくつる」(1964〜2002年)

1964年、上野口に初の寝台特急が設定されます。その名は「はくつる」。東北本線を走破し上野〜青森間を結ぶ列車で、ヘッドマークには青地に銀や白の鶴が描かれました。運行開始時はEF58形・ED71形・C61形と20系を使用。無煙化の進展により、翌年には黒磯以北の牽引機がED75形・DD51形に変更され、「ヨンサントオ」の名で知られる1968年(昭和43年)10月改正では583系へ変更。さらに1994年からはEF81と24系25形のコンビで運行されました。最盛期には2往復が運転され、東北新幹線 八戸延伸の2002年まで運行されました。EF58形が牽引する「はくつる」。写真は宇都宮区の一般色だが、初期は東京区のEF58が運用され、東海道ブルトレと同じ特急色のEF58も登板した。1968年07月14日撮影
©レイルラボ 鉄道のお爺さんさん

C61形牽引の「はくつる」。C61は初期の「はやぶさ」などでも使用されたが、仙台区のC61はわずか1年ほどでDD51へ変更された。 1964年12月03日撮影
©レイルラボ 鉄道のお爺さんさん

583系 2000年12月28日撮影
©レイルラボ ナカシマさん
◾️常磐線経由で青森へ “赤いマーク”の「ゆうづる」(1965〜1994年)

「ゆうづる」は、「はくつる」登場の翌1965年に誕生。上野〜仙台間は常磐線経由で、仙台以北は東北本線経由で青森までを結ぶ列車。ヘッドマークはオレンジの下地に銀や白の鶴が描かれ、「はくつる」と対比的なデザインを採用。使用車両は、運行開始時はEF80形・C62形・ED75形と20系が使用され、その後583系や14系14形、24系24形・25形を使用。機関車もEF81形とED75形のコンビが使用されました。最盛期には7往復が運転され、東北を代表する夜行列車でしたが、1988年には24系使用の2往復が「北斗星」へ昇華する形で廃止。583系運用も1993年をもって定期運行を終了。翌1994年に臨時列車も廃止されました。C62形が牽引する20系ゆうづる。初期の約2年は常磐線の平(現・いわき)〜仙台間で平機関区のC62が使用された。 1965年05月27日撮影
©レイルラボ 鉄道のお爺さんさん

24系24形と583系の「ゆうづる」が並ぶ上野駅の光景。 1977年07月26日撮影
©レイルラボ レフカーボさん
◾️7年で廃止も“貨車連結”の珍特急 盛岡までを結んだ「北星」(1975〜1982年)
「北星」は1975年に登場した、上野〜盛岡間を東北本線経由で結んだ寝台特急。牽引機はEF58形とED75形1000番台で、客車は20系を使用。1975年からは14系とEF65形1000番台(EF65PF)・ED75形1000番台が用いられました。
「北星」の特徴は、なんといっても「貨車連結の寝台特急」という点。初期のわずか1年ほどではありますが、新聞輸送のため客車の盛岡方先頭に荷物車としてワサフ8000形を連結していました。ワサフ8000形は、荷物車スニ40形から派生した貨車・ワキ8000形の車掌室が付いた形式。「北星」に使用されたのは、ワサフ8000の中でも20系との連結に対応した「ワサフ8800形」の3両のみ。わずか7年と短命に終わった列車ですが、旅客メインのブルートレインに貨車が連結された珍しい歴史を持っています。

20系 1977年07月26日撮影
©レイルラボ レフカーボさん
◾️時代・列車ごとの経路変化が面白い 奥羽本線・羽越本線経由の「あけぼの」(1970〜2015年)

「あけぼの」は、1970年に東北本線・奥羽本線経由で上野〜秋田・青森間を結ぶ寝台特急として登場。登場時の客車は20系、機関車にはEF65形1000番台・ED75形1000番台・EF71形やED78形・DD51形を使用。を使用。奥羽本線電化後はDD51に変わりED75形700番台が投入されました。1980年には客車が24系に変更され、93年には東北本線の牽引機がEF81形に。末期には経路変更により「山男」EF64形も使用されました。奥羽本線時代の「あけぼの」を牽引するED78形 1988年06月04日撮影
©レイルラボ 二ヶ領用水の桜さん
「あけぼの」の魅力は、なんといっても時代・列車ごとの運転経路の変遷。運行開始時は、前述の通り東北本線・奥羽本線経由の列車として誕生した「あけぼの」でしたが、1990年に山形新幹線の建設工事が開始されると奥羽本線経由での運行は不可能に。そこで、小牛田から陸羽東線を経由するルートへ変更され、牽引機にはDE10の重連が使用されました。また臨時「あけぼの」は仙台から仙山線経由のルートで運行されるなど、「本線」を経由するのがほとんどのブルートレインの中では異色の列車でした。また、1997年に秋田新幹線が開業すると再度ルートを変更。上野から高崎線・上越線を経由し日本海側へ向かい、信越本線・羽越本線を北上し秋田へ向かう列車として、末期までこのルートで運行されました。

「あけぼの」を牽引するEF81形。 2014年02月24日撮影
©レイルラボ ちっとろむさん
◾️末期「あけぼの」と同じ“日本海側”を結ぶ列車 「出羽」(1982〜1993年)「鳥海」(1990〜1997年)
「出羽」「鳥海」は、いずれも上野〜秋田・青森を日本海側経由で結んだ列車。高崎線・上越線・信越本線・羽越本線を経由し、末期「あけぼの」の前身に当たる列車と言えます。客車・機関車はいずれも24系24形とEF64形1000番台・EF81形の組み合わせでした。
寝台特急「出羽」は、東北・上越新幹線が開業した1982年に急行列車を格上げする形で上野〜青森間に誕生。「鳥海」は1990年の山形新幹線の建設工事に際し、「あけぼの」の1往復分として上野〜秋田間で設定されました。しかし、「出羽」は1993年に「鳥海」へ統合、97年には「鳥海」も「あけぼの」へ吸収され消滅。いずれも短命に終わったものの、日本海側の諸都市と首都圏をつなぐ大切な存在でした。

EF64形 1987年07月30日撮影
©レイルラボ 北東航1さん

EF81形 1994年08月23日撮影
©レイルラボ 総武本線沿線鉄道チャンネルさん
以上、東北各地と上野を結んだ寝台特急をご紹介しました。E657系の夜行列車は、名称や具体的なダイヤ設定などがまだ一切決まっていない状況。新時代へ継承される夜行列車として2027年の運行開始が待ち遠しいと同時に、往年の名列車たちの愛称が盛り込まれることにも期待が高まります。