マスク氏とテスラ、中国で行き詰まる

米実業家のイーロン・マスク氏は、米国で事業面や政治面の課題が深刻化する中、もう一つの重要市場である中国でも苦境に立たされている。

米電気自動車(EV)大手テスラは一時期、中国で最も人気の高い車種となり、マスク氏は中国政府の称賛を浴びていた。政府当局はテスラのノウハウを吸収し競争を促すことで国内のEV産業を加速させる戦略の一環として、さまざまな優遇措置を同社に提供した。テスラの販売は急増した。

しかし、テスラが自ら成長を支援した競合他社に後れを取るリスクは常に存在していた。そして今、まさにそれが現実となっている。

中国の自動車メーカーの人気が高まる中、テスラの市場シェアは縮小している。一方、マスク氏とドナルド・トランプ米大統領の関係が悪化したことで、中国政府内では、米政界に顔が利くパートナーとしてのマスク氏の評価は低下した。

中国の消費者はテスラについて、時代遅れで現地の嗜好(しこう)に合っていないと話す。現在の中国製EVの人気モデルには、映画鑑賞やゲーム用の複数の大型スクリーン、飲み物を冷やす冷蔵庫、自撮り用の車内カメラなど、テスラには通常搭載されていない機能が備わる。EVとバッテリーの両方を製造する比亜迪(BYD)とバッテリー大手の寧徳時代新能源科技股(コンテンポラリー・アンペレックス・テクノロジー、CATL)は最近、わずか5分で充電できる新技術をそれぞれ開発したと発表した。

ショッピングモール内にあるテスラのショールームの近くを歩く人々(北京)

中国のテスラ従業員は本社に対し、製品の陳腐化について懸念を表明してきたが、そうした警鐘に対する反応は鈍かったと中国の従業員らは話す。魅力の劣る車しか販売できない中、中国の販売員は目標達成を求める圧力に一段とさらされ、不満を募らせている。

中国の消費者の間では、EVの先駆者としてのテスラのブランドイメージを評価する声はなお多い。中国政府も同社を支援し続けている。中国指導部はテスラを外国投資の成功例とみなし、再生可能エネルギーやEV、バッテリーなどの産業を中心とする、環境に優しい経済の構築に向けた有用な協力者と考えている。

今年に入り米中の貿易摩擦が激化する中、中国の李強首相はテスラの中国事業が報復措置の対象とならないことを明確にしたと、事情に詳しい関係者らは話す。

だが中国政府は、テスラの運転支援ソフトウエア「フルセルフドライビング(スーパーバイズド)」に対する完全な規制承認を与えていない。この技術は、将来の交通分野でテスラが支配的地位を確立するための中核的な技術であり、中国企業も習得を急いでいる。

一方、マスク氏とトランプ氏が公然と決別したことで、中国政府にとってのマスク氏の価値は低下している。中国の韓正国家副主席は今年1月、米首都ワシントンでマスク氏と会談し、米中関係において「建設的な役割」を果たすことを期待していると同氏に伝えた。会談内容に詳しい関係者はそう述べた。

テスラ車に乗って北京のホテルを出発するマスク氏(2023年)

しかし、中国当局者と意見交換している複数の関係者によると、マスク氏は中国からの働きかけに応じなかった。中国政府はまた、トランプ氏と確執が生じたマスク氏をもはや地政学的な資産とは見なしておらず、公然と接近することは控えるだろうという。

これら関係者の1人は、「中国にとってテスラが重要であることに変わりはない」と述べた。「しかし当局にとっては、国内企業を支援することの方が重要だ」

米政界と距離を置き、テスラに再び注力することを約束したマスク氏にとって、中国での成功は極めて重要だ。テスラにとって中国は、売上高で米国に次ぐ第2の市場であり、最大の生産・輸出拠点でもある。同社の世界出荷台数の約半分を占め、世界の製造拠点向けの部品供給も行っている。

マスク氏が当初トランプ氏に接近したことで米国と欧州でテスラの販売が落ち込んだことから、同社にとって中国の重要性はむしろ高まっている。中国はまた、FSDや自動運転タクシーなど、マスク氏が重視する技術のテスト市場でもある。

テスラは中国のEVメーカーと同様に同国で値下げを実施している。2026年にはスポーツタイプ多目的車(SUV)「モデルY」の廉価版を投入し、中国での販売てこ入れにつなげる狙いだ。しかしマスク氏は、市場に歩み寄りすぎることには関心がないようで、むしろ品質と技術に関するテスラの評判を頼りに、中国での主要プレーヤーとしての地位を維持しようとしている。

テスラはコメント要請に応じなかった。同社は4月の決算説明会で中国について、競争はテスラにとってマイナスだと一般的に考えられているが、EVの普及を加速させることで長期的には同社の販売を後押しすると考えていると述べた。

競合の包囲網

「イーロン・マスク氏とテスラの強靱(きょうじん)さを過小評価してはならない」。米自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)の元幹部で現在は自動車コンサルティング会社を経営するマイケル・ダン氏はそう話す。しかし同氏によると、マスク氏は恐らく、中国で事業展開する多くのグローバル企業に「賞味期限」があることを理解しており、中国がより困難な市場となった場合に備えてインドなどへの投資を検討している。

「(マスク氏の)中国事業は日の出よりも日没に近づいている可能性が高い」とダン氏は言う。

中国のEV市場が急拡大する中、テスラが直面する最も差し迫った課題は市場シェアの低下だ。テスラの中国販売台数は5月に前年同月比30%減の4万台弱となったが、新エネルギー車(EVとプラグインハイブリッド車=PHVなど)全体の市場は28%拡大した。

中国乗用車協会(CPCA)のデータによると、新エネルギー車市場におけるテスラのシェアは5月に4%となり、2021年初めの11%から低下している。主な競合相手のBYDは約29%を、1年前にEVの販売を開始したばかりのスマートフォンメーカーの小米(シャオミ)は約3%をそれぞれ占める。

ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が取材した自動車購入者はテスラ車について、もはや最先端ではないように見える上、政府の規制によってさらに人気が低下したと話す。

チエン・ヤンさん(34)は、以前はテスラの「モデル3」を所有し、週末のドライブを楽しんでいたが、昨年、勤務先の国有企業がセキュリティー上の懸念を理由に社内駐車場への駐車を禁止したと話す。中国は2021年、テスラ車が収集するデータが国家安全保障上の漏えいにつながる可能性があるとして、政府・軍関係者によるテスラ車の使用を制限し始めた。その後、テスラがそうした懸念に対処するために中国国内にデータセンターを設置したところ、一部の地域で規制が緩和された。

チエンさんはテスラ車を売却し、シャオミの電動セダン「SU7」を3万4000ドル(約493万円)で購入した。現在は、車のドアを開けたり他のシャオミ製品と接続したりできる音声アシスタント「シャオミAi」を搭載したこの車のファンとなっている。

上海モーターショーに展示されたシャオミの「SU7ウルトラ」

「テスラはもはやiPhone(アイフォーン)のようだ。刺激がなく陳腐化していて革新的な機能もない」とチエンさんは言う。

中国のテスラ販売員らは、追加機能はバッテリーの航続距離を低下させ、加速を妨げると指摘し、テスラの安全面での実績に注目するよう購入者に促している。しかし社内では販売目標達成へのプレッシャーが高まっており、それに応えるのが難しいと内々に不満を漏らしている。

北京の販売員の1人は、販売目標が最近「週4台」から「1日1台以上」に引き上げられたと話す。以前は1日に10時間働いていた同僚の多くは、この数カ月は12時間働いているという。

テスラの中国チームは2021年初めに本社に提出した報告書で、現地の消費者がスマートフォンとのシームレスな接続やより多くのエンターテインメント・アプリケーションを求めていると指摘した。米国のテスラ幹部はそうした機能は優先事項ではないと返答したと、事情に詳しい関係者らは話す。

テスラの中国戦略チームは23年と24年に再びこの問題を提起したが、またも聞き入れられなかったと感じたと、関係者の1人は話す。テスラは23年、動画配信プラットフォーム「芒果TV」といった中国の人気アプリを地元のドライバーに提供し始めた。それでもテスラ車で利用できるアプリ数は中国車より少ない。

事情に詳しい関係者らによると、テスラは数年前、現地の消費者がより中国らしいと感じる新型車を設計すると約束したが、他の事項を優先したため、その計画は棚上げされた。代わりにマスク氏は、現行モデルの機能を削除または簡素化してコストを抑え、既存の製造ラインで大量生産しやすくすることで、より手頃な価格のモデルを設計する戦略に転換した。

一部の従業員やアナリストは、テスラが計画するモデルYの廉価版を柱とするこの戦略に懐疑的だ。機能を落としたモデルは、大幅に値下げしなければ現地の競合製品に簡単に負けてしまうと懸念している。テスラの中国での主力モデル「モデルY」の価格は約3万6700ドルからだ。一方、競合するBYDの電動SUV「シーライオン07」は約2万6400ドルからとなっている。

FSDの展開が停滞

運転支援サービスであるFSDを完全に展開できないことが、テスラの問題に拍車をかけている。

マスク氏が中国でFSDを展開したいと考えていたのは、中国での販売を伸ばすためだけではなく、中国のEV市場から豊富なデータを得られればテスラの世界的な主導権を確固たるものにできるとの思惑もあった。

上海市内を走行するテスラの「モデル3」(2025年)

2024年4月、マスク氏は北京に飛び、李首相と直接会談し、中国でのFSD展開に向けて暫定的な承認を得た。しかし、中国の規制がもたらす障壁を過小評価していた。中国の規制では、自動車会社は中国国内の運転データで自社システムを訓練し、自社車両が国内の交通状況に安全に対処できることを証明する必要がある。

中国の法律では、そうしたデータを国外に送信することはセキュリティー上の理由で制限されている。FSDの訓練を米国で行っているテスラにとって、これは問題だ。

テスラは当初、中国の道路の映像を編集し、機密情報を隠すことを提案した。だが、テスラが送信しようとしたデータの量は当局者の許容範囲をはるかに超えていたと、事情に詳しい関係者らは話す。

テスラは「プランB」として、中国国内でFSDの訓練を拡大することを検討した。そのためには中国事業で最先端の半導体を使う必要があるが、それは米国の輸出規制によって阻まれている。約9カ月にわたる協議の末、交渉は行き詰まった。

テスラが足踏みする中、中国の競合他社が高度な運転支援技術をより低価格で導入するケースが相次いだ。ユーザーの報告によると、小鵬汽車(シャオペン)の旗艦システム「XNGP」はテスラのFSDと同様の機能を持つ。BYDは中国神話の三つ目の神にちなんで「天神之眼」と名付けたシステムを持つ。同社によると、人間による最小限の介入で市街地を走行できるという。

BYDの運転支援技術「天神之眼」に関する展示物(上海)

中国企業は自動運転技術を使用したロボタクシーサービスも展開しており、BYDと小馬智行(ポニー・エーアイ)は数千台のロボタクシーを運営している。テスラは6月に米テキサス州オースティンでロボタクシーサービスを開始したが、中国ではまだ1台も導入していない。

遅延にいら立ったテスラは2月、米国のFSDパッケージの一部である市街地ナビゲーションなどの機能を無線経由のアップデートで提供し始めた。これは中国の規則の曖昧さを利用したものだと、事情に詳しい関係者らは話す。当時、中国の自動車メーカーは主要なアップデートをドライバーに提供する前に当局の認可を得る必要があった。小規模なアップデートについては、通常は当局への通知のみで済んだ。

関係者によると、テスラのこの対応は一部当局者の不興を買った。これを受けて規制当局は、自動車メーカーによる運転支援機能のアップデートは事前承認が必要であると明確にした。

テスラはアップデートを停止した。しかし3月になって、顧客の関心を維持しフィードバックを収集するため、1カ月間無料でFSDの一部機能を試せるプログラムをドライバーに提供すると発表した。規制当局は再びテスラに中止を命じ、ドライバーを実験台にすべきではないと述べた。

3月末にシャオミの運転支援技術が関係する事故が起きると、中国当局は業界全体に対する監視をさらに強化した。

「ナマズ」効果

今のテスラの中国での苦境は、新型コロナウイルス禍前の数年間とは対照的だ。当時、中国指導部はマスク氏の歓心を買うためなら何でもする姿勢を見せていた。テスラによる中国事業の拡大が、実績の上がらない国内自動車メーカーを後押しし、中国のEV市場の構築を支援すると期待してのことだった。中国の当局者らはこれを、動きの鈍い魚がいる池に捕食者のナマズを放つようなものだと表現した。

中国はテスラに安価な土地や低金利融資、税制優遇措置を提供した。テスラは2018年、米国外では初となる自社工場を上海に建設する計画を発表し、中国企業との合弁なしで同国で自動車を生産することが認められた初の外国自動車メーカーとなった。

テスラの中国での販売は急増し、上海から他の市場への輸出も増加した。

テスラの存在は中国政府にも果実をもたらし、国産EVに対する消費者の関心の高まりや中国のEVサプライチェーンの発展加速につながった。

テスラの上海工場で生産された「モデル3」第1陣の納車式で話すマスク氏(2020年)

程なくして一部の中国自動車メーカーは、「ギガキャスティング」などのテスラの技術を採用し始めた。これは高圧アルミニウムダイカストを使用して車体フレームを作り、数百の製造工程を一つにまとめてコストと時間を節約する技術だ。シャオミもこれに倣った。

2023年4月に上海で開催された年次自動車ショーで、中国の自動車メーカーの進歩は来場者を驚かせた。コロナ禍中、欧米の自動車メーカー幹部は中国への渡航が制限されていた。しかし自動車ショーのために訪中した彼らが目の当たりにしたのは、数多くのEVや、予想をはるかに上回る進歩を遂げた車両が走り回る、全く異なる街並みだった。

上海を拠点とするコンサルタント会社オートモビリティーのビル・ルッソ最高経営責任者(CEO)は、マスク氏は低コストと巨大市場を活用するために中国に進出したが、中国側の対応への準備はできていなかったと話す。

「彼が予想していなかったのは、中国企業も同じことをし、恐らく自分たちよりもうまくやるだろう、ということだ」と同氏は述べた。「彼は全ての外国の自動車メーカーと同じ過ちを犯した。中国のイノベーション能力を過小評価していたのだ」

バッテリーとロボット

マスク氏にとって目下の大きなリスクは、テスラが将来の成長の柱と考える他の事業でも同じパターンが繰り返されることだ。

テスラは3月末、グリッド(送電網)規模のエネルギー貯蔵を提供する「メガパック」バッテリーを、新設した上海工場から最初の国外市場であるオーストラリアに出荷し始めた。これは中国政府が成長を望む事業で、CATLなど複数の企業が参入している。

マスク氏は人型ロボット分野でもテスラが主導権を握りたいと考えており、この事業は将来的に10兆ドルを超える収益を生み出す可能性があると述べている。テスラの現在の計画では、人型ロボット「オプティマス」を米国で数千台生産することを目指している。この目標は、ロボットの関節用の遊星ローラーねじや手用のモーターなどの部品について中国のサプライヤーに依存していると、事情に詳しい関係者らは話す。

中国のサプライヤーのエンジニアは、オプティマスのエンジニアと時間外労働をして設計を完了させた。関係者によると、テスラはサプライヤーの効率化によって一部の部品コストを大幅に削減できたため、米政府が中国からの輸入品に高額の関税を課した後も、出荷を中断することはなかった。

上海で開催された世界人工知能(AI)大会のテスラのブースで人型ロボット「オプティマス」を見る来場者(2024年7月)

中国では現在、宇樹科技(ユニツリー・ロボティクス)や智元機器人(アジボット)など、米企業と競合するロボット新興企業が続々と誕生している。中国のサプライヤーがテスラと協力することで、この流れが加速する可能性がある。

オプティマスのサプライヤー企業でマーケティングマネジャーを務めるチェン・フェン氏は「テスラと契約を結べば、その企業との協業に国内のロボット企業ははるかに前向きになるだろう」と話す。「テスラは再びナマズの役割を果たすことができる」

マスク氏は最近のアナリストらとの電話会見で、オプティマスが業界1位だと考えていると述べた。だが、中国勢が最終的にこの分野を支配することを懸念していた。

「ランキングの2位から10位までが中国企業になることを少し懸念している」とマスク氏は語った。