居酒屋チェーン「さくら水産」が11店舗に激減 「魚河岸お刺身5点盛り定食」は1480円に 「もう安さを売りにしない」ワケ

「500円の日替わり定食を毎日食べていました。生卵は食べ放題、ごはんと味噌汁もおかわり自由。自分でごはんをよそう間におかずが届く。その早さも魅力的でした」(東京都在住の30代男性)

 かつて500円のワンコイン定食で人気を博した「海鮮処 さくら水産」(運営:株式会社テラケン、代表取締役社長野田安秀)の店舗数が170店から11店へと激減している。さくら水産は主に関東圏を中心に展開する居酒屋チェーン。2000年代には、500円で日替わり定食がおなかいっぱい食べられると話題になり、昼時には会社員の行列ができた。

 昼だけでなく、夜も安価なメニューが豊富に並んでいた。大学生のときに毎日のように通っていたという前出の男性は、こう懐かしむ。

「思い出のチェーン店です。当時は“さくすい”という愛称で呼んでいました。夜は50円の『魚肉ソーセージ』や、80円の『まぐろあら煮』など、激安メニュー縛りで楽しみ、『鶏なんこつ』『たこわさ』『えいひれ』などの定番おつまみは、すべて“さくすい”で覚えました。しかもお通しはあったんですが断ることもでき、ドリンク1杯無料クーポンも使っていたので、客単価はかなり低かったはずです。それにもかかわらず、長時間居座って、今思うと申し訳なく感じます」

 そんな庶民の味方だったさくら水産は、15年に投資ファンドに買収され、19年には梅の花グループの子会社となった。ファンドが関与するようになってからは収益性が厳しく問われ、採算の取れない店舗は次々と閉店した。

■最安値は1100円

 さらに、新型コロナウイルスの蔓延で休業や時短営業を余儀なくされ、その結果、21年には500円のランチ定食が終了した。

 現在も営業を続ける11店舗では、ランチ(新大阪東口店除く)の定食は継続されている。しかし、最安値は1100円(税込み、以下同)の「本日の焼き魚定食」「漁師の“まかない”漬け丼」「鶏の唐揚げ定食」。さらに、1150円の「“生”あじフライ定食」、1380円の「本日の特選海鮮丼」、そして1480円の「魚河岸お刺身5点盛り定食」と、かつての倍以上の価格となっている。

 味噌汁やお新香のおかわりも廃止された。国産米のごはんは大盛りにできるが、おかわりは100円、鮮魚のあらを使った味噌汁も2杯目以降は70円が別途かかる。

 筆者は東銀座店を訪ねてみた。店内の雰囲気は大衆居酒屋とは異なり、高級感漂う居酒屋へと変わっていた。店の奥の壁には、歌舞伎の松羽目が描かれている。

 夜のメニューも激安路線ではない。1978円の「本日の刺身盛り合わせ」、548円の「たこの唐揚げ」、698円の「真たこ刺身」、768円の「黄金かに炒飯」など、リーズナブルというよりは、価格に見合った商品ラインナップとなっている。

 味にも違いがあった。よくあるチェーン居酒屋のような、カチカチに凍った刺し身を急速解凍した“びしょびしょ感”はなく、釣りたてのような濃厚な味わいだ。聞けば、その日の朝に水揚げされたものや豊洲市場で活〆された鮮魚のみを使用しているという。

■「当時は本当に薄利多売」

「500円ランチが登場した頃はバブル崩壊の影響もあり、世の中は圧倒的な安さを求めていました」

 そう語るのは、さくら水産を運営するテラケンの営業部(商品担当)次長の山下大輔さん。

「創業者・寺田謙二顧問は『団塊の世代にたくさん食べさせてあげてほしい』という思いを強く持っていました。当時は本当に薄利多売で、連日お客様の行列ができるほどの盛況ぶりでした」

 すでに閉店したが天王洲店では、ランチの定食は1日600〜800食提供されていたため、生卵も1日600個以上を用意していたという。同社の営業部部長の輿石雅成さんは、こう振り返る。

「1日200〜300人程度来ていただければ、多少の利益は出たかもしれません。ただ、実際のところ、ランチの定食は夜の居酒屋に来店してもらうための広告的な意味合いが強かった。とはいえ、原材料費が年々高騰し、採算が取れなくなりました」

 こうした状況を受け、同社は方向転換を図る。さくら水産の多くの店舗は閉店し、23年には「魚がイチバン」という新ブランドを立ち上げた。

「結果として、現在は業績が回復傾向にあります。コロナ禍での落ち込みは大きかったですが、今では前年比でも全社的に持ち直しており、客層も10〜20歳ほど若返っています」(輿石さん)

 メニューの平均単価は以前より300円ほど上がったが、特に魚がイチバンには「美味しい海鮮を食べたい」という女性客も増え、売り上げは好調だという。「値上がりした」と感じて離れていった顧客もいる一方で、新しい価値を理解し、支持する顧客が定着。輿石さんは「客層と年齢層が大きく入れ替わった」と話す。

■安いだけで満足できない

 フードアナリストの重盛高雄さんは、こう指摘する。

「『普段は節約しても、たまにはちょっといいものが食べたい』といったバランス志向の消費行動が増えています。かつてのように『高いもの=良いもの』とされた価値観とは違い、今は『高いのにまずい』あるいは『安いだけで満足できない』といった声も多くなってきています。飲食業界で人手不足が深刻化しているなか、激安の価格帯で営業を続けられるかは大きな課題です。“安さ”だけで客を引きつけてきた業態は、価格競争力を失ったとき、次に何を武器にしていくのかが問われます」

 輿石さんが言う。

「私たちは、さくら水産の経験を通じて『安さを売りにしない』という考えにたどり着きました。たとえ今、激安居酒屋を展開することが可能だったとしても、それでは“安売りの泥沼”に逆戻りです。お客様は喜ぶかもしれませんが、従業員の幸福は損なわれてしまうでしょう。今は料理のクオリティーを重視しており、特に鮮魚に関しては、ほかの居酒屋よりも良い商品を提供しているという自負があります。その分、一定のコストはかかりますが、きちんとした料理と美味しいお酒を楽しんでいただける店づくりを目指しています」

 かつて500円ランチをおなかいっぱい食べた筆者も、今こそさくら水産で飲み食いして恩返ししなければならない。それが、酒飲みの矜持だ。

(AERA編集部・古寺雄大)