さようなら、“JR東最後の”EF65形1000番台... ついに消滅「田端区PF」の活躍を振り返る

EF64形 2025年09月10日撮影
2025年9月10日、JR東日本に最後まで在籍したEF65形1000番台(EF65PF)である、尾久車両センター所属の「EF65 1115」が長野車両センターへ廃車回送されました。同機の47年の活躍に終止符が打たれると共に、元・田端機関区所属のEF65PFは全機が消滅しました。今回は、田端機関区に在籍したEF65PFについて、その活躍の足跡をたどりたいと思います。
◾️民営化前後「上野口ブルトレ」で活躍 宇都宮から移った前期・中期型
田端機関区にEF65PFが初めて配置されたのは、1984年のこと。最初に配置されたのは元・宇都宮運転区の前期・中期型で、東北本線や高崎線など東北方面への旅客列車運用が移管されたのが始まりでした。田端区の前期・中期型PFは、寝台特急「あけぼの」や「新星」、急行「八甲田」「津軽」などを牽引。「エルム」「夢空間北斗星」など臨時列車の先頭に立つこともありました。

EF65形 1990年08月09日撮影
©レイルラボ もりもりさん

EF65形 1987年03月29日撮影
©レイルラボ 北東航1さん
また「EF65 1019」はジョイフルトレイン「スーパーエクスプレスレインボー」に合わせた塗装(レインボー色)が施され、専用塗装機としても活躍。田端区の前期型PFは2001年まで運用されました。

EF65形 1990年04月22日撮影
©レイルラボ こめさん
◾️名門・東京機関区の血を引く「東海道・山陽ブルトレ運用」
1985年、EF65PFのもう一つの勢力が田端区へ配置されます。それは、元・東京機関区の後期型。東京区のEF65PFは1978年から、従来の500番台(P形)を置き換えて東海道・山陽本線のブルートレインを牽引。「さくら」「はやぶさ」「あさかぜ」「富士」など東海道ブルトレの先頭に立つ、「ブルートレインブーム」の牽引役でもありました。東京機関区の廃止後、元・東京区のEF65PFは新鶴見機関区を経て、田端区へ転籍。1985年には、東海道ブルトレのうち、東京〜下関間を走破する列車(あさかぜ・さくら・はやぶさ・富士・みずほ)の牽引機がEF66形に変更。1987年の国鉄分割民営化を迎えます。

EF65形 1995年08月15日撮影
©レイルラボ トミーさん
民営化後、JR東日本に継承されたEF65PFは、寝台特急「出雲」「瀬戸」や寝台急行「銀河」の牽引を担当。下関までの直通運用をEF66へ明け渡した後も、急行「ちくま」や関西発着の寝台特急「彗星」、「カートレイン九州」に使用されるなど、下関まで乗り入れる広域運用は続きました。

EF65形 1998年07月10日撮影
©レイルラボ 丹波篠山【たんばささやま】さん

EF65形 1986年08月31日撮影
©レイルラボ 二ヶ領用水の桜さん
また、14系客車を使用した臨時「踊り子」「サロンエクスプレス踊り子」などにも使用。後期型の「EF65 1118」もレインボー色へ塗装を変更され、前期型の1019号機とともに「スーパーエクスプレスレインボー」の牽引を担いました。時にはレインボー色のまま「瀬戸」や「銀河」といったブルートレインの先頭にも立ちました。さらに、運用の都合から不定期にEF66の代走も担当。2008年12月の「富士・はやぶさ」代走などは、「伝説の復活」として今でもファンの記憶に刻まれています。しかし、ブルートレイン削減の波からは逃れられず、寝台急行「銀河」の廃止をもって、定期寝台特急・寝台急行の運用は消滅。その後は臨時列車や工事臨時列車の牽引を担当。2025年9月をもって、全車が廃車されました。

EF65形 2000年03月25日撮影
©レイルラボ Tomo-Papaさん

EF65形 2020年06月20日撮影
©レイルラボ えすあいさん
以上、田端区に在籍したEF65形1000番台についてご紹介しました。上野口、東京口双方の客車列車を牽引し、名門・東京機関区の血を引き継ぎ21世紀まで活躍した田端区PF。「EF65 1115」の廃車をもってその活躍も過去のものとなりました。時代とともに牽引する車両を変えながら、多くの人々に親しまれた「東のPF」の活躍を振り返り、その思い出に浸ってみてはいかがでしょうか。