荻原博子 政府は氷河期世代を「見捨てた」とバッサリ このまま高齢期に達したら…「まずは国民年金への高い依存度の解決を」

「中学生のときは模試で全国1位になり、高校は県内2位の進学校に進みました。同級生の多くは医師になったり、テレビ局、大手商社、大手金融に勤めたりしています。だから自分も早慶以上を目指したのですが受験に失敗。浪人の末、現役時代は眼中になかったGMARCHを受けました」
こう話すのは1970年生まれの男性(55)。大学受験で1浪したことで、「就職氷河期世代」の仲間入りを果たした。
大学入学後は腐らずバンドを始め、順調にキャンパスライフを送った。就職活動では、バンド活動の経験を活かした履歴書と企画書を提出した。しかし、広告代理店やハウスメーカーで最終面接まで進んだが、内定は得られなかった。
ようやく大学に求人票があった鉄鋼関係の業界新聞社に職を得たものの、仕事内容は提灯記事ばかりで面白みに欠け、数カ月で退職。その後、小さな広告代理店や編集プロダクションなどの職を転々とした。結婚もしたが、数カ月で離婚。現在はマンションの清掃や管理人、介護施設の夜勤といった複数の職場で働いて生計を立てているという。
■自宅で寝るのは月の半分
「早朝にはホームレスに飲みに誘われたり、マナーの悪いサラリーマンに『ゴミみたいな仕事をしやがって』とヤジを飛ばされたり……。口の開いたビニール袋に使用済みコンドームが入れられていて、そのビニール袋を居住者の女性に突きつけられたこともありました。自宅で寝るのは月の半分だけですが、家賃を払いながらギリギリの生活を送っています。ボーナスや長期休暇のある生活がしたかったですね」
バブル崩壊後の1993〜2005年頃に社会に出たものの、その時期は日本企業が採用を抑制したことで希望する正社員の道を断念し、やむを得ず非正規雇用や不安定な働き方を余儀なくされた人も少なくない。そんな就職氷河期世代の人数は1700万人以上いるとされる。経済的に不安定な状態が長く続いた影響で、持ち家や貯蓄など資産を築くどころか、結婚もあきらめざるを得なかった人も多い。

就職氷河期世代は現在40〜50代だ。政府は就職氷河期世代に対して「安心して老後を迎えるため」のさまざまな支援策を講じているが、その内容は十分とはいえない。
2025年6月3日、就職氷河期世代等支援に関する関係閣僚会議が決定した「新たな就職氷河期世代等支援プログラムの基本的な枠組み」によると、主な支援の柱は3つ。キャリアアップや安定した雇用を目的とした「就労・処遇改善に向けた支援」、社会とのつながりに不安を抱える人に向けた「社会参加に向けた段階的な支援」。そして、安定した老後を支えるための「高齢期を見据えた支援」だ。
■就職氷河期世代を見捨てた
これらの支援策を見て「現実とマッチしていない政策ばかり」と一蹴するのは、経済ジャーナリストの荻原博子氏だ。
「就職氷河期世代は非正規雇用で厚生年金の未加入期間が長いことなどから、国民年金への依存度が高い環境にあります。まずはこれを解決しないといけない。現役時代の今のうちに何とかしなければなりません。今年は5年に一度の年金改正の年で、厚生年金の積み立て分を国民年金(基礎年金)にあてがうことで受け取り分の底上げを図ろうとしました。ところが、夏に参議院選挙を行うことから、政府・与党は年金改正法案から『基礎年金の底上げ』を見送る判断をした。就職氷河期世代を見捨てたと言っても過言ではありません」
当初はこの法案を早期に成立させて、「短時間労働者への被用者保険の適用を拡大する」としていた。ところが、基礎年金の底上げをめぐっては厚生年金の積立金を財源としていたので、厚生年金の受給額が一時的に少なくなるとして自民党内から批判的な声が上がり、法案から削除して国会に提出した経緯がある。

次の年金改正は5年先。問題を先延ばししているうちに就職氷河期世代は定年退職を迎えてしまう。このまま就職氷河期世代が高齢期に達するとどのような影響があるのか。
「低収入・非正規雇用が多い世代は、老後に十分な貯蓄がないまま高齢期を迎えることになります。持ち家率が低いので家賃の支払いが困難になり、今まで以上に生活保護受給者が増えてくるでしょう。そうなると給付水準が下がってしまう恐れがあります」(荻原さん)
政府は19 年から 24 年 までの5年間で、「就職氷河期世代の正規雇用は 11 万人、役員は 20 万人増加し、合計で 31 万人の処遇改善が実現した」と、就職氷河期世代の支援の成果を強調しているが、非正規雇用で働く人は24 年時点で 35 万人存在するほか、家族の介護を行う有業者が 10 年前の同年代と比較して 25 万人も増加している。
■就職に結びつくとは限らない
問題なのは、政府がハローワークで就職先を探すように促していることだ。あくまでも「賃金が上昇する転職・処遇改善に資する公的職業訓練等の情報を提供」というスタンスで、資格やスキルを取得する「リスキリング」で転職に結びつけようと促している。
ただ、AI(人工知能)の普及などにより、日本企業は一部の職種で採用を控え始めている。特に事務職の求人が大幅に減少し、大手企業も人員削減に取り組んでいるという。資格を取得したとしても即、就職に結びつくとは限らない。
「50代にさしかかってから正社員で働くという就労モデルは時代にそぐわなくなってきています。親の介護などでフルタイムでの勤務が難しくなる人も増えてくる世代です。正規雇用化・処遇改善するための情報を提供するだけでなく、実際に企業とマッチングするところまでサポートしてくれるのか。私個人の考えでは、リスキリングは不要だと思っています。リスキリングで就労支援をするのであれば、就職をあっせんするように最後まで面倒を見るべき。企業とのマッチングをするということまでやらなければ、資格を取ったとしても宝の持ち腐れになってしまいます」(同)

また、そのほかの政府の支援策として、親の介護に直面したとしても柔軟な働き方で離職しないで済むように、新たな産業や雇用を生む「ベンチャー企業」を政府は育てるべきだと荻原さんは言う。
「低賃金は改善されないまま物価は上昇するので、生活困窮者は増えるでしょう。日本人が海外に出稼ぎに行くようになれば、ますます国力を失います。負のスパイラルに陥らないためにも、ベンチャー企業とそこで働く人材を育成、支援して新たな産業を起こさなければ、日本はいつまでたっても〝失われた30年〟のままでしょう」(同)
大企業は利益(利益剰余金)や資産を蓄積したが、それを設備投資や従業員の給与アップに十分に回そうとしない。25年の世界の名目GDPランキングでは、インドに抜かれて日本は5位に後退すると予測される。
国力を上げるためには非正規雇用者の処遇を改善させて、少子高齢化に歯止めをかけなければならない。就職氷河期世代が抱える問題を解決するのは、政治の責任である。
(ライター・村田くみ、AERA編集部・古寺雄大)
【特集:就職氷河期世代 不遇からのリベンジ】