元GAFAMエンジニアが、早すぎるFIREで「人生の正解」を選んだ――。リタイアを10年"前借り"するに至った5つの決断

第1の決断:FIREナンバーが見えた瞬間──「ゴールから逆算する」思考への転換, 第2の決断:55歳のリタイアを「前借り」する──10年後では遅すぎると気づいた瞬間, 第3の決断:完全リタイアではなく「実験」にする──65歳で強くてニューゲームするために, 第4の決断:資産を「気にしない」──Action Numberという心の安全装置, 第5の決断:「達成感」を手放す──梅の花が教えた、過程を楽しむ生き方, 「レールを外れた」のではなく「乗り換えた」──進行形の実験が示すもの

彼が問うたのは常に「何を最適化するか」ではなく「何を大切にするか」だった(※写真はイメージ)。

  • 元GAFAMエンジニアの「たきびさん」は、誰もが羨むエリート街道を歩みながら、40代で仕事を辞めた。
  • 当時の保有資産は年間支出の16倍。FIREの「4%ルール」(年間支出の25倍)には届かないが、それでも彼は踏み切った。
  • 多くのFIRE論が「いくらあれば」を問う。だが彼が問うたのは「いつ使うか」だった。

これは完全なリタイアではなく、リタイア実験なんです」。

東京大学から同大学院を経て、GAFAMのエンジニアとなった「たきびさん」(ハンドルネーム)は、40代で仕事を辞めた。資産は年間支出の16倍。一般的に安全とされる「4%ルール」(年間支出の25倍)にも届かない額である。それでも彼は踏み切った。

なぜ彼は、誰もが羨むエリート街道を歩みながら、40代で次のステージへ移ったのか。昇進を「ゲーム」と割り切った日、高校生の子を持つ知人との会話で気づいた「ポツンと座る未来」、資産を「気にしない」という境地、そして梅の花を見て感じた「高解像度の世界」──。

彼を突き動かした5つの決断を追った。

たきびさん(ハンドルネーム)

第1の決断:FIREナンバーが見えた瞬間──「ゴールから逆算する」思考への転換, 第2の決断:55歳のリタイアを「前借り」する──10年後では遅すぎると気づいた瞬間, 第3の決断:完全リタイアではなく「実験」にする──65歳で強くてニューゲームするために, 第4の決断:資産を「気にしない」──Action Numberという心の安全装置, 第5の決断:「達成感」を手放す──梅の花が教えた、過程を楽しむ生き方, 「レールを外れた」のではなく「乗り換えた」──進行形の実験が示すもの

たきびさん(ハンドルネーム)

2024年3月に40代でFIREを達成した元GAFAMエンジニア。東京大学から同大学院を経てGAFAMに入社。家を購入する際にライフプランを作成し、FIREナンバーに気づいたことが転機となる。年間支出の16倍という4%ルールには届かない資産額でFIREに踏み切ったが、現在は資産が年間支出の25倍に成長。3人の子供の育児を主目的に「リタイア実験」として早期退職を決断。資産チェックを止めて「心のFI」を追求する姿勢を貫く。現在は、note、X(旧Twitter)での発信の他に「FIRE後の教科書」 というスライド集を制作・発信中。

第1の決断:FIREナンバーが見えた瞬間──「ゴールから逆算する」思考への転換

転機は約10年前に訪れた。マイホームを購入する際、ローンの支払いが家計にどう影響するかを示すExcelを作成した。物件を比較するうち、ふと将来の収入欄をゼロにしてみた。その瞬間、彼は気づいた。「あれ、FIREできるぞ」。

多くの人は「今の給料でどう生きるか」を考える。だが彼はこの時から「いつリタイアできるか」から逆算するようになった。支出を時間に換算する思考法である。「1万円の支出は、FIREできるまでの日数を何日間後ろにずらすのか」

この換算式が見せたのは、3つの優先順位だった。第1に、細かい節約の効果は限定的だということ。第2に、住宅や車といった大きな支出の最適化が重要だということ。そして第3に、最も効率的なのは収入を上げること──具体的には昇進だということだ。

ここから彼のキャリア戦略は明確になった。「昇進をゲームだと捉えるようになると、いろいろ攻略しがいがあるゲームだと感じるようになりました」。どのプロジェクトが評価につながるか、誰と組むべきかを嗅覚的に判断し、「キャリアを上げる最短路を探していた」。

ゲームとしての楽しさはあった。しかし同時に、仕事本来の楽しみは失われていった。「自分が楽しいかよりも、この仕事は評価されがいがあるか、で考えるようになります。何かを最適化するたびに楽しみや余裕は消えていく感じです」

そして昇進を重ねるうち、先の世界とその限界が見えてきた。お金は増える。多くの人を束ねてプロジェクトを動かすスキルも身につく。しかし彼は自問した。「65歳になって『自分はこれだけの人を束ねてきたんだぞ、すごいだろ』とは感じないだろうな」。それは自分が本当に欲しいスキルではなく、誇れることとも感じなかった。

ゴールから逆算する思考は、FIREへの最短路を示した。同時にそれは、もう一つの問いを突きつけていた。65歳の自分は、何を誇りに思うのか。その答えを探す旅が、次の決断へと彼を導いていく。

第2の決断:55歳のリタイアを「前借り」する──10年後では遅すぎると気づいた瞬間

FIREの道筋が見えた彼にとって、次の問いは「いつリタイアするか」だった。その答えを決定づけたのは、高校生の子を持つ知人との何気ない会話である。

「高校生なんてどうせ親となんか喋らないんだから」。その時、彼も自信の高校時代を思い出し「ですよね〜」と返した。しかしこの言葉は、後になって心に残り続けた。

当時、彼には3人の子供がいた。幼稚園から小学生まで。仮に10年後、資産が積み上がってから55歳でリタイアしたとする。その時、子供たちは全員高校生以上だ。「頑張って働いてリタイアした後に机にポツンといるような感じになるかもしれません」

ここで彼の思考は転換した。多くの人は「いつまで働くか」を考える。彼は「どの10年を使うか」と考えた。55歳から65歳の10年間も、今から10年間も、同じ10年である。ならば前者より後者の方が、子供と過ごせる時間は圧倒的に長い。

同じ10年仕事から離れるなら、55歳からではなくて子供が小さい今からだろう」。これが彼の出した答えだった。

第1の決断:FIREナンバーが見えた瞬間──「ゴールから逆算する」思考への転換, 第2の決断:55歳のリタイアを「前借り」する──10年後では遅すぎると気づいた瞬間, 第3の決断:完全リタイアではなく「実験」にする──65歳で強くてニューゲームするために, 第4の決断:資産を「気にしない」──Action Numberという心の安全装置, 第5の決断:「達成感」を手放す──梅の花が教えた、過程を楽しむ生き方, 「レールを外れた」のではなく「乗り換えた」──進行形の実験が示すもの

3人の子どもが相手をしてくれるうちに、引退の時間を前借りした(※写真はイメージ)。

この判断には、もうひとつの要素が重なっていた。第1の決断で見えた「仕事生活の先の世界」である。昇進の先に待つのは、自分が本当に誇りたいものではなかった。ならば今、レールを乗り換えるべきではないか。

彼はこの決断を「前借り」と表現する。リタイア生活を一生続けるわけではない。55歳から65歳にもらうはずだった10年間の自由を、今もらうだけだ。この発想が、年支出の16倍という資産での決断を可能にした。

多くのFIRE論が「いくらあれば」を問う。だが彼が問うたのは「いつ使うか」だった。時間という資産の配分を、彼は自分で決めたのである。

第3の決断:完全リタイアではなく「実験」にする──65歳で強くてニューゲームするために

多くの人は65歳付近で初めてリタイア生活を経験する。その時に「この生活は合わない」と気づいても、取り返しはつきにくい。40代なら違う。「幸運なことに自分はそれを先に経験できるわけです」

ここから彼の3つ目の決断が生まれた。これは完全なリタイアではなく、「リタイア実験」だと位置づけることである。

実験には検証すべき仮説がある。彼が設定したのは3つだった。第1に、単調すぎて飽きてしまわないか。第2に、社会と断絶してしまわないか。第3に、思考力が低下しないか。「40代の今ならまだ取り返しがつく」という前提での検証である。

さらに彼は、実験期間を3年間と区切った。理由は子供に最も手がかかる時期がこの3年間だからだ。期間を決めたことで、もうひとつの効果が生まれた。「人はリタイアすると新しい環境に適応するために徐々に変わっていきますが、その変化は結構ゆっくり」。1年後にようやく自分の変化を感じた。固い意志で3年間は復職しないと決めているからこそ、「残りの自分の変化もじっくり待てる」。

彼はこの発想を「65歳で強くてニューゲームする」と表現する。「強くてニューゲーム」とは、ゲームを一度クリアした後、強い状態で最初からプレイできるシステムのこと。65歳の段階で、65歳特有の問題は経験済み──2周目だから今までの経験を活かしてもっとよくできる。そんな状態を目指していた。

第1の決断:FIREナンバーが見えた瞬間──「ゴールから逆算する」思考への転換, 第2の決断:55歳のリタイアを「前借り」する──10年後では遅すぎると気づいた瞬間, 第3の決断:完全リタイアではなく「実験」にする──65歳で強くてニューゲームするために, 第4の決断:資産を「気にしない」──Action Numberという心の安全装置, 第5の決断:「達成感」を手放す──梅の花が教えた、過程を楽しむ生き方, 「レールを外れた」のではなく「乗り換えた」──進行形の実験が示すもの

65歳の段階で引退生活に慣れていたら、「強くてニューゲーム」状態と言える(※写真はイメージ)。

多くのFIRE論が「成功」か「失敗」かの二択で語られる。しかし彼の設計は違う。「リタイア後の生活が身体に合っていても合わなかったとしても、得られるものはあるので実験としては成功です」。どちらに転んでも学びがある。それが「実験」という安全装置の本質である。

第4の決断:資産を「気にしない」──Action Numberという心の安全装置

FIRE前、彼には習慣があった。毎日、家計簿アプリの「マネーフォワード」を起動し、資産をトラッキングする。「FIREできるまであと何日」とチェックするのが日課だった。FIRE後も、その癖は続いていた。

転機は2024年8月、1週間ほどの旅行中に訪れた。その旅行は、電波が繋がりにくい場所が目的地で、強制的にデジタルデトックスする状況になった。しかし、旅行にはとても集中できた。帰宅後、市場の動きを確認したところ、年間支出の4倍ほどが暴落で消えていた。

しかし、心は穏やかだった。「あーなんか落ちたな、でもまぁまた戻るだろうな」程度。毎日チェックしていたら、もっと不安を溜め込んでいただろう。

ここで気づいた。「3年間は絶対に会社員には復帰しないし、その分の額は余裕である。何かとても困ったら絶対自分はアクションを起こすとわかっているのに、なんで毎日資産をチェックして一喜一憂していたんだろう」。一喜一憂は自分の役に立っていない。

FIREのFIは経済的自立という意味ですけど、自立って依存しないという意味ですよね。FIしたのに自分はまだ気持ちがお金に依存していた」。これは良くないと思い、そこから気にしなくなった。気にしなくなると本当に気にならなくなっていった。

では資産管理を放棄したのか。そうではない。彼は「Action Number」を設定した。総資産がこの水準を下回ったら何かアクションを取る、という基準である。これは、年支出の10倍に設定している。

FIRE時の資産は年支出の16倍。4%ルールには届かない額だった。現在は年支出の25倍に増えている。Action Numberまではまだ余裕がある。「この数字の本質は『アクションを起こさなくてはいけなくなるまで、資産の話は心から忘れる』という効果にあります」。アラートを設定することで、それまでのモニタリングから解放されるというわけだ。

第5の決断:「達成感」を手放す──梅の花が教えた、過程を楽しむ生き方

ある日の散歩で、彼の価値観は変わった。2月、梅の花が綺麗に咲いていた。会社員時代もそこを通っていたが、単に通り過ぎるだけだった。今は時間がある。じっくり観察した。花や木のディテール、活動する虫──今まで全く見えていなかったものが見えるようになった。「急に高解像度の画像を見たような感覚でした。今までの自分の解像度が低かったなと気づいた瞬間でした」

第1の決断:FIREナンバーが見えた瞬間──「ゴールから逆算する」思考への転換, 第2の決断:55歳のリタイアを「前借り」する──10年後では遅すぎると気づいた瞬間, 第3の決断:完全リタイアではなく「実験」にする──65歳で強くてニューゲームするために, 第4の決断:資産を「気にしない」──Action Numberという心の安全装置, 第5の決断:「達成感」を手放す──梅の花が教えた、過程を楽しむ生き方, 「レールを外れた」のではなく「乗り換えた」──進行形の実験が示すもの

梅の花を間近で観察できる生活は、引退してからのものかもしれない(※写真はイメージ)。

会社員時代、彼はプロジェクトを率いて山の頂上へ駆け上がる意識で働いていた。頂上を見通す力、最短路で向かうスキルは上達した。しかし山道に咲く花は全て無視するような人間になっていた。

FIRE後、ポジティブ心理学を勉強する中で学んだのが、短期的満足と長期的幸福の違いだ。プロジェクトの成功、評価、昇進──環境や他人から与えられるものは一瞬嬉しいが、2週間もすれば気持ちはなくなる。「達成感」も同じだ。目標にたどり着いた時の喜びは大きいが、長続きしない。

一方、長期的幸福は、自分の内側から湧き出る興味や熱中すること、誰かのために何かしてあげること、繋がりを感じること。そして大事なのは「過程を楽しむこと」。過程が楽しめれば目標が成功しても失敗しても十分満足できる。

仕事の世界では『目標が成功しても失敗してもよい』とは言えないですよね。でも個人の生き方であれば問題ありません

多くのFIRE論が「いくら貯めるか」「どう増やすか」を問う。しかし彼が問うたのは「どう生きるか、どう暮らすか」だった。達成感から距離を置き、過程を楽しむ。それが彼の辿り着いた、5つ目の決断である。

「レールを外れた」のではなく「乗り換えた」──進行形の実験が示すもの

FIRE開始から1年半。彼はまだ答えを出していない。「まだ判断するには早い」。価値観のアップデートは今も続いている。

「エリート街道から落ちた」「レールを外れた」──そんな捉え方を彼はしていない。むしろ「やりたいことを十分やってひと段落した」という感覚だ。理由は3つある。「人生の中休み」が必要だということ。会社を通じて社会貢献もそれなりにしてきたということ。そして何より、「レールを乗り換えた」のだということ。

彼の生き方のベースは「後5年で死ぬとしたら何をしたい?」と考えることだ。今の答えは「子供といる時間を増やす」だった。このまま仕事熱心に5年間続けて急死したら、死の間際に「子供ともう少し時間を作っておけばなぁ」と思う。それは嫌だった。

3年後、リタイア実験を続けるのか、復職するのか、全く新しい道を選ぶのか。それは「その時考えます」。ただ現段階では過去と同じような働き方はしにくい。「お金のために働いたり、他人の評価を気にしながら働くのはしんどいなと思うようになってきました。理想論ということはわかっていますが、自分の興味が一番ですね

5つの決断を振り返ると、ひとつの共通点が見えてくる。彼が問うたのは常に「何を最適化するか」ではなく「何を大切にするか」だった。FIREナンバーから逆算する思考、時間の前借り、実験という安全装置、心のFI、過程を楽しむ生き方──いずれも「正しい答え」ではなく「自分の答え」を探す営みだった。

彼の実験はまだ続いている。その先に何が待っているのかは、彼自身もまだ知らない。ただ一つ確かなのは、65歳で初めてリタイア生活を経験する人とは違い、彼は既に「強くてニューゲーム」の準備を始めているということだ。