「住宅の高騰」が止まらない…日本に忍び寄る「住宅ナショナリズム」という危機
日本にも押し寄せた排外主義
2020年に始まったパンデミックを経て、近年日本では都市部を中心に住宅価格が急騰している。一部の大企業を除いて十分な賃上げが進まない中、物価高と合わせてダブルパンチを見舞われる現状に苦水を飲むような思いをしている読者も少なくないだろう。
そんな中、2025年の国政選挙では、突如として「外国人問題」 が争点になり、「日本人」と「外国人」との摩擦/共生に焦点が当てられ、外国人を脅威として扱う右派政党が躍進した。欧米の先進諸国では、先んじて2010年代に極右勢力の台頭を見たが、後発の移民国家である日本では、世界的な右傾化の潮流は時間差で押し寄せた。
20世紀までに多数の移民を受け入れた他の先進諸国とは異なり、日本の社会変化は時間圧縮的により急速に進行している。その結果、国土空間内における「外国」との接触機会の増加に少なからぬ人々が不適応を起こし始めている。
外国人問題には、雇用、犯罪、社会保障などの複数の論点が存在するが、近年では「土地・住宅」をめぐる議論も過熱している。
これまで外国人による「土地・住宅」をめぐる議論では、国防上重要とされる国境離島、水源地を含む森林などの土地購入に注目が集まっていたが、それに加えて読者の皆さんにとってより身近なマンションをはじめとする住宅の購入も問題視され始めた。

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国防というやや抽象的なスケールの脅威のみならず、日々の生活に密接な「住」をめぐる身近な経済的脅威 として外国人を捉える見方が広がりつつある。こうした状況下、外国人嫌悪(xenophobia)や排外主義(nativism)が一部で高揚している。
本稿では、住宅と外国人をめぐって、近年欧米で提起された「住宅ナショナリズム(housing nationalism)」に関する議論を提示しながら、日本の現状を見ていきたい。
世界中で広がる「住宅危機」
まずは、国内における住宅価格の現況を概観しよう。建築コストの変動の影響を直に受ける新築マンションはもとより、近年では、中古マンションも値上がりを続けている。
中古マンション市場(2025年8月時点)を見ると、東京都における平均マンション価格(70㎡)は9082万円で前年同月に比べて35.0%上昇し、4月から継続して前年同月比30%を上回った1。同様に、東京23区で38.3%(1億721万円)、大阪府でも26.7%(5300万円)に達した。
さらに、賃貸のファミリー向け(50〜70㎡)マンション市場を見ても、前年同月に比べて、平均家賃は東京23区で9.7%(24万7375円)、上昇率が最高の福岡市においては14.8%(12万6687円)も上がった2。住宅価格の高騰は賃貸市場にも着実に波及している。
住宅価格の高騰に直面し、都心から郊外またはより外方へ、そして新築物件から中古物件または賃貸物件へと、人々の国土空間および住宅市場における「周縁的移動」が生じている。
前年比30%ほどの住宅価格の上昇ペースとは、どの程度のものなのだろうか。
実は21世紀に入って先に住宅価格の高騰を経験した後述の欧米都市で「住宅危機(housing crisis)」が叫ばれ、そこから人種・民族間の軋轢をめぐる議論が惹起された当時と同等の極めて高い水準だ。日本においても、物価高が相まって家計が圧迫される中、厳しい経済的現状に対する「国民」の不満の矛先は「外国人」へと向かいつつある。

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住宅と人種・エスニシティに関する問題を解きほぐすためには、都市研究とエスニック研究の分野で近年提起された「住宅ナショナリズム」に関する議論が参考になる。
住宅ナショナリズムは、ブリティッシュコロンビア大学の社会学者ロウスターらにより、2010年代〜20年代初頭のカナダ・ヴァンクーヴァー市の状況をもとに提起された概念である3。
外国の富裕層・投資家による購入件数の増加に伴い生じた住宅問題に起因する、反動的ナショナリズムを意味する。彼らによれば、雇用、犯罪、社会保障などと並び、住宅の問題もまたナショナリズムや排外主義を引き起こす重要な領域だという。
ヴァンクーヴァーで起きた事例
バブル崩壊以降、日本が失われた30年を過ごしている間、欧米の都市では、国境を越えた投機的な住宅取引が増加し、新築/中古/賃貸のいずれの市場においても価格が高騰し、アフォーダブル住宅(=手頃な価格の住宅)が市場から消失した。結果として、現地で暮らす一般市民にとって住宅の確保が困難となった。
ヴァンクーヴァー市は特に深刻な事例として、都市研究者の間で盛んに取り上げられてきた。
毎年「住みやすい都市」ランキングの世界上位に入るこの都市だが、北米西海岸に特有の温暖な気候に加えてアジアへの近接性の高さから、バブル期には日本を中心に、近年では中国をはじめとする外国資本を引き付け、都心部のみならず郊外でも不動産購入が続発した。
投資家は転売時に高値での取引が期待される条件の良い住宅を好んで購入するため、相対的に購買力の弱い地元の一般市民は立地条件や設備などの面でより劣る住宅での居住を余儀なくされる。
特に2010年代に深刻化した、住宅アクセスが著しく低下した社会状況は「住宅危機」と呼ばれ、その改善をめぐるアジェンダが選挙の争点になるほどに大きな社会問題となった。
ロウスターらは、住宅危機の中で市民のフラストレーションが高まった結果、住宅ナショナリズムが勃興し、反アジア(特に反中国)主義への回帰が生じたと主張する。戦前の中国人への排斥や日系人の強制収容問題をはじめ、カナダはエスニック・マイノリティの処遇にかかる歴史的反省から、今日では総じて人種差別に否定的な社会風土を持つリベラルな国だが4、住宅危機に際しては、通常ではタブー視される社会動向が生じたとされる。

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しかし、住宅ナショナリズムは耳目を引きやすい語である一方、彼らの主張には論拠が不十分な点も多く、批判も投げかけられている。カナダを代表する人文地理学者のレイを含む研究グループは、即座にロウスターらの研究を批判する論考を発表した5。後者は、住宅危機の問題は排外主義とは無関連であり、市民の不満は移民の「文化」的態度などではなく、外国資本の流入により生じる「経済」的な問題に向かうものだと指摘した。
日本特有の危険な兆候
ここまでの欧米の事例を踏まえ、改めて日本の現状を見てみたい。
外国人による土地・住宅取得に制限を求める声を受け、2025年11月、国土交通省が公表した新築マンション取引に関する調査結果では6、同年1〜6月の期間、国外に住所がある者による取得割合は、東京都3.0%(2024年:1.5%)、23区3.5%(1.6%)、都心6区7.5%(3.2%)であり7、中心部へ向かうほどに顕著な上昇傾向が見られた。
大阪府と京都府では、それぞれ2.6%(3.9%)と2.3%(3.1%)で府全体としては減少傾向が認められたが、両府内の特定地域では増加傾向があったという。
地方四市の中では、札幌市が最も高く2.0%(0.7%)で、福岡市が1.9%(2.0%)でそれに続いた。なお、東京23区で新築マンションを取得した、国外に住所がある者の登記件数(全308件)を国・地域別に並べると、上から台湾(192件)、中国(30件)、シンガポール(21件)となった。
同調査では、住宅価格の高騰に資する投機的売買の実態を明らかにするため、購入後1年以内の短期売買の動向も検討された。
東京23区では、国内に住所がある者のうち9.4%(1,273件)、国外に住所がある者のうち7.0%(17件)が、それぞれ短期売買を行なった。
国土交通省による当該のデータは、登記情報の制約から、国内に住所がある外国(籍)の企業・個人を国内扱いするなど、不完全かつ断片的であったものの、住宅価格の変動とその要因についての一端を示したことも事実である。
それは、国内外の出自を問わず投資家による投機的な住宅取引が見過ごせない規模で実在している点、そして外国の投資家は価格高騰の専らの要因というより、その傾向を助長する存在と見られる点である。すなわち、投機的な住宅購入は外国人に限った話ではなく、日本人の富裕層・投資家にも認められる。
件の住宅ナショナリズムの議論に立ち返るならば、一般市民の手に届かない価格帯にまで高騰した住宅の問題は、国籍や人種・エスニシティよりも、グローバル資本主義や社会経済格差に深く根ざすものである。そこには国境を越えた格差も存在するが、同時に日本国内の格差も内包される。
事実、2020年時点において、日本のジニ係数(経済格差を示す指標)はG7諸国の中で米国、英国に次ぐ第3位であった。パンデミック前後の国際情勢の変化を理由に物価上昇が叫ばれる一方、国際貿易や建設事業に携わる大手の商社・ゼネコンは過去最高益をあげてきた。家庭で弾かれる算盤とは乖離した大手企業の収支は何を物語るのだろうか。

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レイを含む研究グループは、カナダにおける住宅ナショナリズムの台頭を否定したが、日本の場合には異なる地平が見えてきそうだ。
移民国家としての歴史の浅い日本では、前述の2つの研究はいずれも重要な示唆を与える。すなわち、在留外国人口の急速な増加を経験する中、住宅を含む広範な要素が、排外主義や右派ナショナリズムと容易に結びつきやすい社会的土壌があることを否定できない。
他方で、住宅を含む種々の問題の根源を専ら外国人(特に非欧米圏の人々)に帰するかのような日本版の「物語」を構築し、国内の社会経済的な格差問題から目を逸らしたり、既得権益者の保護が行われるなど、国の「外」ではなく「内」側に横たわる根深い問題を不可視化する企てが行われることも予見される。
我々市民には、真しやかに流布される物語をナイーブに受け入れず、論点のすり替えや視点の偏在性など、いかなるミスリードな実践が展開されるかについて、批判的な視点の涵養が求められている。投資家をはじめとする非居住者のためではない、地元市民が文化的に暮らすための都市・まちを守り抜くためにも。
1)東京カンテイ(2025)市況レポート:70㎡換算価格推移.
https://www.kantei.ne.jp/wp-content/uploads/c202508.pdf
2)アットホーム(2025)2025年8月全国主要都市の「賃貸マンション・アパート」募集家賃動向.https://athome-inc.jp/news/data/market/chintai-yachin-202508/
3)Lauster, N. and J. Von Bergmann. (2023) The rise of housing nationalism in Canada and transnational property ownership patterns. Journal of Ethnic and Migration Studies: 1–28.
4)髙橋昂輝(2025)『多文化都市トロントにおける移民街の揺動:ジェントリフィケーション・私的政府BIA・ローカル政治』明石書店.
5)Gordon, J. C., Ley, D. and Yan, A. (2025) Crafting the narrative: wealth migration, growth machines and the politics of housing affordability in Vancouver, Canada. Journal of Ethnic and Migration Studies: Online available.
6)国土交通省(2025)不動産登記情報を活用した新築マンションの取引実態の調査・分析について.https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001970011.pdf
7)都心6区とは、千代田区、中央区、港区、新宿区、文京区、渋谷区を示す。