なぜ福岡市に世界の旅する起業家が集うのか 長期滞在のデジタルノマド 経済効果とお金以上の価値

■新しい冒険をしたい, ■「きっかけはコロナ禍」, ■スタートアップ都市, ■経済効果は1.1億円

「ノマド(遊牧民)」のように旅をしながら仕事をする「デジタルノマド」。その誘致に力を入れているのが、福岡市だ。いったいなぜなのか。AERA 2026年2月2日号より。

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「昨年はまず、ニューヨークに行きました。その後、コロンビアでバックパッカーとして2カ月過ごし、続いて友人とペルーに1カ月半ほど滞在。フランス、ベルギー、スペインを回り、8月には日本に行って3カ月ほど過ごし、クリスマス頃にはタイへ。そこからフランスに帰国したという1年でしたね」

 こう話すのは、フランス出身で、さまざまな分野におけるプロダクトデザイナーとして活動するエイドリアン・グロレアスさん(32)。休暇で世界一周旅行をしていたわけではない。ホテル・宿泊事業者向けのDXサービスなどを展開する起業家で、超多忙な日々。ただエイドリアンさんがユニークなのは、IT技術を活用し、国内外を問わず場所に縛られず、「ノマド(遊牧民)」のように旅をしながら仕事をする「デジタルノマド」と呼ばれるライフスタイルを選択していることだ。

■新しい冒険をしたい

 パリの大手デザインコンサルティング会社に勤務していたエイドリアンさん。やりがいはあるものの強いプレッシャーの中での仕事に疑問を感じ、2021年からいまのスタイルにしたのだという。

「最も大きな理由は、新しいカルチャーに出合い、新しい冒険をしてみたかったということ。滞在先では仕事だけじゃなく週末に観光やスポーツも楽しみます。地平線から朝日が昇る。そのとき、同じ朝日でも国が違えば一つとして同じ朝日はない。そんな体験が、自分の中の新しい感性に出合うきっかけになる。私にとって重要なことです」

 このデジタルノマド、世界的に増加傾向にあるようだ。観光庁が昨年5月に発表した「国際的なリモートワーカー(デジタルノマド)に関する調査報告書」は、米国のデジタルノマド人口が2019年の7万3千人から、2024年には18万1千人に増加したという調査結果を紹介している。日本でも政府は24年4月、「年収が1千万円以上」などを条件に最長で6カ月間の滞在を認める「デジタルノマドビザ」を開始。外国人技能実習生などとは違い、日本に知識や技術を蓄積するのが狙いだとされる。

 いったい何が起きているのか。山梨大学教授で観光学が専門の田中敦さんは、「デジタルノマドの存在が、観光とビジネスの境界を溶かしている」と表現する。

■新しい冒険をしたい, ■「きっかけはコロナ禍」, ■スタートアップ都市, ■経済効果は1.1億円

「コロナ禍でリモートワークが一気に普及したことで、『働き方と場所の関係』の境界線がなくなってきたことが前提として大きい。その流れの中で現れたデジタルノマドという選択によって、その土地で『仕事をすること』と『生活者であること』との垣根がなくなり、未知の環境での生活における新しい出会いや交流が次のビジネスチャンスを生むこともあれば、観光や自分の生活を豊かにすることもある──そんなことがデジタルノマドたちの中で現実に起きているのだと思います」

■「きっかけはコロナ禍」

 出会いの中での、ビジネスチャンス。まさにエイドリアンさんはいま、欧州を中心に展開する自らのホテル向けブッキングエンジンを、日本やアジアでもビジネス展開したいと模索を始めている。実はそのきっかけとなったのが、昨年訪れた福岡市だ。

 同市は23年から毎年10月の1カ月間、地域と交流しながらビジネスやライフスタイルを共創する滞在型プログラム「Colive Fukuoka(コリブ・フクオカ)」を開催、デジタルノマドを積極的に誘致している。昨年初めて参加したエイドリアンさん、そこでの出会いを契機に新しいビジネスへと動き出したのだ。

 なぜ、福岡市はデジタルノマド誘致に力を入れるのか。同市観光産業課課長の原口智雄さんは、「きっかけはコロナ禍だった」と話す。

「観光客が減少する中、仕事と休暇を組み合わせた新しいライフスタイル『ワーケーション』を国内で推進し、宿泊需要を回復していこうと考えたのがそもそもの始まりでした。そんな中で次に着目したのが、長期滞在で福岡市内での観光消費額が見込めるデジタルノマドという存在。彼らにターゲットを絞って誘客していこうと、令和5年度から取り組み始めたんです」

■スタートアップ都市

 その年の10月に開催した「Colive Fukuoka」には、1カ月で23の国と地域から49人のデジタルノマドが福岡市を訪れた。そして昨年開催した3回目は57の国と地域から496人。リピーターも多く、規模は拡大。「『デジタルノマド受け入れの福岡市』という認知度は高まっている」と原口さんは手ごたえを語る。

「コワーキングスペースなどのビジネス環境が豊富なことや公共交通機関が充実していること。コンパクトシティであり、空港や博多などの都心部から少し足を延ばせば風光明媚な自然が楽しめる観光の魅力もあることが、誘致の強みの一つだと考えています」

 一方で福岡市と言えば、2012年に「スタートアップ都市宣言」を行うなど、スタートアップ企業の設立も促進してきた。この姿勢とデジタルノマド誘致には、相乗効果が期待できるのだと言う。

■新しい冒険をしたい, ■「きっかけはコロナ禍」, ■スタートアップ都市, ■経済効果は1.1億円

■経済効果は1.1億円

「デジタルノマドは職業としてIT系やエンジニアの方々が多い。自らのサービスや商品でビジネスにチャレンジしたいという意図を持って福岡に来られる方も多数いると認識しています。そんなデジタルノマドの方と、福岡市でスタートアップをされている方々をつなげ、マッチングしていくこと。そこにも大きな意義があると考えています」

 もちろん「経済効果」も意義として大きい。2024年の「Colive Fukuoka」はその事業予算約2千万円に対し、地域にもたらした経済効果は1.1億円と推定された。事業を福岡市と官民連携で実施した株式会社遊行代表の大瀬良亮さんは、こう分析する。

「一般的なインバウンドよりも消費力の高い方々が、しかも1カ月という長期で滞在する。数泊のクルーズ観光と1カ月間に及ぶ滞在では、消費の質も変わってくるんです。初めは外食だった人がスーパーに行って地域の食材で料理を始めるようになり、地域の人と一緒にご飯を食べるようになり、ネイルやヘアカットやジムにも行くようになる。外国人観光客に対する風当たりが強いこのご時世だからこそ、『なぜ行政がインバウンドに対して事業をたてるのか』という点においても、非常に意味のあるものになっていると思います」

 ただその一方で、「お金を落としてもらう」だけがデジタルノマド誘致の意義ではない、とも大瀬良さんは言う。

「昨年の『Colive Fukuoka』のオープニングでは、いま海外でも広がりつつある『Ikigai(生きがい)』というキーワードで、働いて生きがいを得ている75歳以上のおばあちゃんたちに基調講演をしてもらいました。そこで、デジタルノマドの人たちにとっては福岡の食べ物や観光の魅力だけではなく、日本人が持ちあわせて大切にしている精神や価値観が非常に関心の高いポイントだと気づいたんです。本当の意味での日本の美しさを世界中の人たちにメッセージとして届ける、そんな『日本を伝える場所』であることが、『Colive Fukuoka』がさらに成長していくためのヒントであり、将来の新しい地方創生のあり方にもつながっていくのではないかと考えています」

(編集部・小長光哲郎)

※AERA 2026年2月2日号

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