これだけ株高なのに「いくら頑張っても報われない」納得の理由

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国民が生活苦にあえいでいるが、いまだ賃金上昇が物価上昇に追いついていない。雇用主側も物価高騰で利益が圧迫されるため賃上げは難しいと言いがちだが、内部留保に目を向けると企業が余裕を失っているわけではないことがわかる。企業と家計の関係はこの30年でどう変わったのか?※本稿は、東京都立大学経済経営学部教授の脇田 成『いまどうするか日本経済』(筑摩書房)の一部を抜粋・編集したものです。
企業は儲かっているのに
家計は一向に豊かにならない
株価はアベノミクス期には4倍になりました。この高株価は実体のないバブルではなく、企業利潤と比例しています。この時期、賃金はさほど上昇しませんでしたが、労働供給は女性や高齢者の非正規労働を中心に増加しました。ただし将来不安から消費マインドは萎縮し、増えた賃金は貯蓄に回ってしまいました。
これらを考えただけでも、マクロ経済に何らかの欠落があるな、と思いますね。企業は儲かっているのに、家計には消費の余地がない。それならば企業の富を家計に移すことが必要でしょう。
マクロ経済循環に開いた大きな「穴」としての企業貯蓄は政策や分析の「失態」だと筆者は考えます。しかし改善余地という「希望」でもあるといえます。
企業貯蓄の解消手段は(a)配当(b)設備投資(c)賃上げです。
まず現時点では設備は充足しています。配当は海外に流出しています。賃上げは重要です。さらに議論は必要ですが(d)内部留保課税や企業預貯金のマイナス金利という強硬手段も考えられます。
筆者はコロナ禍後の財政引き締めが拙速であったと考えており、現時点で内部留保課税を本記事で主張しているわけではありません。今後の選択肢としての可能性を広く考えることを示唆しているだけです。
内部留保課税は税法上に規定がある同族会社に対して留保金課税として存在しており、国税庁HPには状況をまとめた統計(会社標本調査第8表)まであります。
米国(accumu-lated earnings tax)や韓国にも存在しており、日本で一般的な同族企業への課税という観点から考えることができるでしょう。
内部留保課税というと、何かとんでもなく非常識なことを言っていると、冷笑する人がいます。しかし既に現実にあるものなのですから、タブー視する必要はありません。気に入らない議論をタブー視して、何も分かっていないと皆ではやし立て、冷静に問題を考えないから、何事もうまくいかないのです。
富の海外流出を招く
上場日本企業の株主構成とは
さて配当増加は長期的にその必要性は大きく、近年のNISA拡充等は、筆者は適切な政策と考えてきました。また技術のトレンドが株式有利に動いていることもあります。
ただし現時点では配当増加や企業ガバナンス強化は即効性はないどころか、富の海外流出を招いてしまいます。その理由は上場日本企業の株主構成にあります。
2024年度の日本証券取引所の調査では金融機関(28.3%)と外国人(32.4%)で過半を占めており、他方、家計保有比率は17.3%にすぎません(1970年には37.7%)。企業や金融機関が保有している株式も外国人が3割、家計が2割保有していると順繰りに考えていくと、上場日本企業は究極的に3対2の比率で外国人と家計が保有しており、全てが外資企業と考えることすらできます。
この状況で配当を増やしても、外国人に回ってしまい、国内の最終需要増大にはつながりません(このところ日本の家計も海外株式を保有することが増えてきました。だからお互い様という側面はもちろんあります)。
株価時価総額上昇の果実は
外国人投資家に
アンケート調査によれば、多くの上場企業は安定株主5割を確保しており、この5割は株式持合など企業や金融機関の保有分を指していると考えられます。安定株主を確保すると、経営者はそれ以上の自社の株式保有構造の興味を持ちません(商事法務研究会『旬刊商事法務』の各年の株主総会白書参照、この数値はシンクタンク等が発表する持ち合い株式比率を大きく上回っています)。
しかし安定株主は文字どおり株式を売買せず保有したままなので、日本の株式市場は外国人(保有比率3割)と家計(2割弱)の二者のみが売買をするいびつな市場となっています。年間GDPに匹敵する500兆円もの株価時価総額上昇の果実は売買高7割を占める外国人投資家にいってしまいました。
このような安定株主を巡るアンケートが存在すること自体が、標準的なファイナンスを学んだ人にとって奇異に感じられるかもしれません。しかし我が国では資本自由化を怖れた企業が安定株主工作を行うことは必要悪と思われてきた経緯があります(奥村宏(1991)『法人資本主義』朝日文庫,p.124)。
故奥村宏氏は1980年代、90年代を通して、企業集団や株式持ち合いなどの日本企業の諸慣行を厳しく批判した研究者でしたが、当時のバブル的雰囲気では弊害がマクロ経済に顕在化することはありませんでした。
しかし外国人株主のみならず家計株主にも閉じた企業は余剰資金を運用して、地価株価バブルを起こす一方、アベノミクス期の株価上昇期には国民窮乏化を招きます。
企業の持合株を家計が
買えば丸くおさまる?
この家計の株式保有過少の問題は日本経済の停滞問題を深刻にしています。企業が利益を上げたとき、家計が株主となっておれば、概ね生産の果実を「労働者」として受け取るか「株主」として受け取るか、の問題にすぎないといえます。しかし日本の家計は株主ではないのだから、果実は外部に流出してしまっています。
そのため株主構成をそのままにしておいて、企業ガバナンスの強化は時期尚早といってよいでしょう。
2014年には自己資本利益率(ROE)8%を目標とするいわゆる伊藤レポートが経済産業省から出されました。この目標は株式投資家からみた「利益率」に関するものですが、会計用語を使って説明すれば自己資本の総資産に占める「自己資本比率」は内部留保増大につれて増大して、欧米より高くなっています。
資本回転率や財務レバレッジからみて全体の資本の「数量」は過剰なのに、それに加えて「利益率」も高くしなくてはならないのなら、目標利益の全体の分量がとめどもなく増大することになります。自己資本が過剰なのですから、自己資本を減らすことも考えるべきなのではないでしょうか。
生産の果実を
どう家計に分配すべきか
企業の生産の果実を家計へ分配するといっても、分配率の計算にはさまざまな方法が考えられます。ここでは旧来の労働分配率という用語を使わず
(1)賃金分配率(雇用者報酬/国内総生産)
(2)就業者分配率(雇用者だけでなく就業者全体の報酬を加えて分配を考える概念)
(3)家計分配率(労働だけでなく財産所得を加えて分配を考える概念)
と名付けて計算し、図1-6でグラフをプロットしてみました。

同書より転載
最初の賃金分配率という用語は他でもたまに使われます。また通常の分析で労働分配率といわれるもので、景気に対するアップダウンをならしてみると、一定値であることが知られています。ただしこの賃金分配率が家計への分配を表す適当な比率かというと、必ずしもそうではありません。この比率は雇用者しか考えていないからです。
労働には雇用労働と自営業の2つがあり、合わせて就業者といいます。実は日本では自営業者は減少し続けるトレンドがあり、真の労働分配率を求めるためには、賃金分配率を補正しなくてはなりません。図1-6(a)では、雇用者報酬に(就業者数/雇用者数)を乗じて、就業者報酬、(b)では就業者分配率としています。
次に配当や利子などの財産所得も家計は受け取っています。国民経済計算上の家計受取の財産所得を加えた数値もプロットしましたが、それだけでは内部留保に回る分がカウントされませんので、企業の営業余剰に(家計株主保有比率/(家計株主保有比率+外国人株主保有比率))を乗じた数値を国民保有財産所得と名付けて家計分配率を作成しました。なお家計株主には投資信託・年金信託・生保・損保も加えています。
企業利益の分配率は
30年間右肩下がり
さて図1-6の結果をまとめて見てみましょう。まずレベルですが、実質雇用者報酬は2019年にピークを打ち、コロナ禍より回復していないことが分かります。実質家計受取財産所得を加えてもピークは変わりません。実質雇用者報酬に実質国民保有財産所得を加えた数値では実にピークは1996年になっています。
分配率で見れば(1)に比べて(2)、(2)に比べて(3)の方が低下傾向が強いことが分かります。つまり分配率の定義を拡大すると、昔の方が企業が家計へ戻す比率は高かったのです。
家計分配率では1994年で最大80%近くにもなるほどでした。それが現在では60%程度まで落ち込んでいるのです。つまり企業の生産の果実が家計に回っていないことが、いくら頑張っても報われない日本の経済循環構造の背後にあります。理論的な一国モデルでは、家計分配率は100%ですから、的はずれな政策提言が続くのは無理ありません。

『いまどうするか日本経済』 (脇田 成、筑摩書房)
結局、日本の家計は株式保有にまだ積極的でないわけですから、即効性のある解決策は企業から家計に資金を賃金で移すこと、つまり大幅な賃上げしかありません。
幸いなことに伝統的な中央集権的労使交渉メカニズムである春闘は、経済全体の賃金決定にかなりの影響力を持っています。コロナ禍までの良好な雇用情勢のもとでは、大企業から中小企業に賃上げは波及していき、好循環で労働市場がよりタイトになれば、法や規制では影響の及びにくい格差や労働問題もよい方向に動くことが期待されました。
賃上げで消費が増大すれば、地方のサービス業など非製造業にも直接的に恩恵が及びます。さらに好況になれば、財政支出増大の必要性が減り、政府の赤字までが減少する効果を持つと期待されたのです。
筆者は企業に賃上げ余力がある現状で、賃上げ継続は正当と考えています。その理由は賃金には過去の貢献の後払いであったり、協調的な労使関係のもとで労働者は企業利潤の分配を受ける権利があったりする側面があるからです。生産性上昇分に賃金は追いついておらず、本来の貢献分をもらっていなかったからです。