雑談を「世間話で終わらせる人」と「学びに変える人」の決定的な違い

写真はイメージです Photo:PIXTA

ビジネスの世界では、雑談は「本題に入る前の時間」と考えられがちだ。しかし、ケンブリッジ大学工学部で教鞭を執る筆者によると、同大学の先生たちの間ではその認識がまったく異なるという。一体どういうことか?※本稿は、ロボット工学者の飯田史也『あなたの一生を支える 世界最高峰の学び』(日経BP)の一部を抜粋・編集したものです。

ケンブリッジ大学では

雑談から議論が始まる

 ケンブリッジの先生たちは、よく「今日は暑いですね」といった天気の話から会話を始めます。食事中ならおいしいおかずの話題から、味の好みをきっかけに議論が盛り上がることもあります。

 こうした導入の後に大切なのが、相手との相性や共通の関心事を見つけることです。昨日のニュース、今日の仕事、週末に出会ったおもしろい人の話など、少し掘り下げて話せそうなトピックを試してみましょう。

 もちろん、相手から話題を振られることもあります。そのときは、こちらからも一歩踏み込んだコメントや質問をしてみると、会話がより深まります。

 この段階では、「学び」を意識しすぎず、あくまでコミュニケーションの練習だと考えてください。無理に話を続ける必要はありませんし、すぐに役立つ情報や特別な知識である必要もありません。大切なのは、「学びを深めるためのコミュニケーションの練習」として取り組むことです。

 相手の話がよくわからなければ、遠慮せずに質問してみましょう。わかったつもりの内容も、あえて聞き返してみることで、自分の理解の曖昧さや、相手との認識の違いに気づくことができます。

 こうした会話を通じて、自分の理解が少しでも深まったと感じられたなら、それはすでに「学びのためのコミュニケーション」の第一歩を踏み出したことになります。

他愛のない会話をきっかけに

深い「学びの循環」が生まれる

「そんな他愛のない会話に、いったい何の意味があるのか?」

 そう疑問に思う人もいるかもしれません。しかし、実はその何気ないやりとりの中に多くの、「深い学び」への入り口が隠れています。

 もちろん、ただ雑談を続けるだけで学びが深まるわけではありません。しかし、会話の中で「相手はどんなことに興味を持っているのか」「次はどんな話題に広げられるか」と考えること自体が、すでに「学びの循環」の始まりです。

同書より転載

 会話には、驚くほど多くの学びの要素が詰まっています。

・相手に声をかけるきっかけをつくる力

・相手の様子に気を配る観察力

・話題を準備し、選び、会話を展開する構成力

・相手の話を聞き、理解し、共感する姿勢

・タイミングや難易度を考えた質問力

・話の内容をもとに自分の理解を深め、言葉にして伝える表現力

・相手との関係性を築くコミュニケーション力

 これらすべては、深い学びの土台となる力です。短い会話でも、自分にとってはあたりまえのことが、相手にはまったく違う意味で受け取られてしまうこともあります。だからこそ、「どうすれば伝わるのか」を考える練習として、こうした何気ない会話は絶好の機会になります。

 さらに、自分の思いがうまく伝わらなかったときにも、そこには学びがあります。

 自分にとっては大ニュースなのに、相手にはその重要性が伝わらず、もどかしさを感じることもあるでしょう。そんなときはチャンスです。「あたりまえ」と思っていたことを改めて言語化することで、理解が深まり、伝える力も磨かれていきます。

会話が学びにつながらないのは

自分の言葉で話せていないから

 ここまで紹介してきたように、ちょっとした会話を始めることは、比較的簡単にできる第一歩です。

 しかし、やがて誰もが直面する「最初の壁」があります。それは「会話が学びにつながらない」という壁です。何人もの人と話してみても、内容はいつも同じような雑談で終わってしまうかもしれません。そこからより興味深い対話や、深い学びにつながるやりとりへ発展しない、そんな経験をして立ちどまってしまう人も多いでしょう。

 ですが、ここで「やっぱり会話なんて意味がない」と結論づけてしまってはいけません。実は、その先に「最高峰の学び」へとつながる本当の扉が待っています。その扉を開くためには、会話の技術を磨き、意識的に一歩踏み出す必要があります。

 ここからは、その扉を開くために、どのようにして会話を学びへとつなげていくかを考えてみましょう。

 まず、一番ハードルの低い学びのコミュニケーションから始めてみましょう。それは、「自分自身」と対話をしてみることです。どのようなトピックでもいいので、今日聞いたり、学んだりしたことを、自分の言葉で文章に書き表してみます。

 ここでは、聞いたり、体験したりした内容を、自分の言葉で掘り下げた形で書き表すことを目指します。聞いた内容を、そのまま文字に起こすことは、比較的簡単にできるかもしれませんが、自分の言葉にしようと思った瞬間に、難しくなることに気づくはずです。

 この難しさこそが、言葉から得られた情報の欠落に直面する瞬間です。言葉ではわかっているのに、肌感覚としてわからないのは、その言葉が自分のものになっていない証拠です。

 このような状況を打破するためには、さまざまなトリックを使う必要があります。

 まず、頭に浮かんだ疑問点を書き出してみることから始めましょう。疑問点を書き出すことで、どのような情報が欠落しており、またその逆に、どこまで自分はわかっているのかということも明らかになります。

 このような疑問を洗いだすことが、この次に自分自身ではなく誰かと対話をする場合でも、役に立ちます。

学びを生む対話には

「話題の引き出し」が必要

 次のステップは、だれかを相手に「学びのコミュニケーション」に挑戦することです。頭の中で考えたり、ひとりで情報を整理するのとは違い、他者とのやりとりには、思った以上に高いハードルがあります。それでも、このステップを踏むことが学びを深めるうえで欠かせません。

 友人や同僚に疑問を投げかけても、うまく聞いてもらえなかったり、期待した答えが返ってこないこともあります。先生や先輩など、知識のある人に尋ねても、納得できる説明が得られるとは限りません。こうした経験から、「人との対話って難しい」と感じることもあるでしょう。

 日常的に多くの人と会話していても、「学び」を意識した対話は意外と少ないものです。学校の先生とのやりとりでさえ、一方通行になってしまうこともあります。

 その難しさの背景には、私たち自身も、そして相手も、「学びのためのコミュニケーション技術」を十分に持っていないという現実があります。

 そんな状況を避けるために「学びのコミュニケーション」では、ただ情報を交換するだけではなく、相手が興味を持てる話題を選び、伝わる方法で話してみましょう。

 たとえば、まず「話題の引き出し」を持っているかどうかは重要です。

 どんな人と、どんな場面で出会うかわからない中で、会話の糸口を見つける力が求められます。ケンブリッジの先生たちが天気や食べ物の話をよくするのは、それが誰にとっても話しやすい共通の話題だからです。

 また、自分の勉強や仕事について話すときも、専門的な内容にかたよらず、誰にでも理解しやすい例を用意しておくことが大切です。

 こうした工夫をすることで、コミュニケーションは単なる会話から、互いに学び合う豊かな時間へと変わっていきます。最初は難しく感じるかもしれませんが、その分、得られる学びは深く、実りあるものになります。

 そしてもし可能であれば、会話を一歩先へと展開させる技術にも挑戦してみましょう。そこで大切なのは、対話が楽しく、印象に残り、「また話したい」と思えるような雰囲気をつくることです。

能動的なコミュニケーションは

自分の「理想の家庭教師」になる

 誰かと会話を交わし、質問をし、ときにはアドバイスをしたり、されたりしながら学ぶ、という学び方は、たしかに難しく、時間がかかり、非効率に見えるかもしれません。思いどおりに話が進まず、誤解やすれ違いが起こることもあります。

 それでも私たちが対話を重視する理由はただひとつです。それは、人との関係の中にこそ、学びの本質があるからです。

 我々の学びはそのほとんどが「言葉」を通じて行われますが、その言葉は万能ではありません。使い方によっては、大きな誤解や、決定的な判断ミスにつながってしまうこともあります。

 その一方で、もし言葉を上手に使いこなすことができれば、その威力は絶大です。

 単に学びの速度や効率が格段に上がるだけではなく、想像をはるかに超えたところまで行くこともできます。

『 あなたの一生を支える 世界最高峰の学び 』(飯田史也、日経BP)

 そして、言葉を上手に使うということは、ただ多くの本を読んだり、たくさんの授業を受けるだけではなく、受け手の立場を超えた、能動的なコミュニケーションを実現するということです。

 これは、あなたのことを深く理解し、必要な知識を最適なタイミングで教えてくれる「理想の家庭教師」がそばにいてくれることに似ているかもしれません。

 もしそのような家庭教師がいたとしたら、それはどんな参考書よりも心強い存在になるでしょう。

 もちろん、現実にはそんな理想の存在が常に身近にいるわけではありません。しかし、言葉とコミュニケーションをうまく活用することで、自分の学びの環境を、理想の家庭教師のような存在にしていくことができます。