廃止か、国の関与か?JR北海道「赤字900km」と上下分離が突きつける制度の限界

黄8線区の全体像

 JR北海道は2026年4月15日、単独での維持が難しい赤字の8区間(いわゆる黄8線区)について、考え方を公表した。対象区間の総延長は約900kmに及び、同社の営業距離の4割強を占める。2024年度は147億円の赤字を計上しており、経営への影響は大きい。JR北海道は、これらの区間について「上下分離方式」などを含む複数の選択肢を示し、地域関係者との話し合いを進める方針だ。

【画像】「えぇぇぇぇ!」 これが51年前の「旭川駅」です!(8枚)

 ここで、JR北海道の2026年度事業計画を見ておく。旅客運輸収入は、訪日客の取り込みや観光需要の掘り起こしにより、過去最高の825億円を見込む。一方で、鉄道事業の営業費は1513億円とほぼ倍に達する見通しで、全事業の営業損益は579億円の赤字となる見込みだ。経営安定基金の運用益358億円で赤字を補うものの、経常利益は約200億円の赤字となる見通しである。

 経営安定基金は、国鉄改革時に、いわゆる三島会社の営業収支を支えるために設けられたが、現在は十分とはいいがたい。国は2021年に「国鉄清算事業団の債務等の処理に関する法律」を改め、鉄道施設などの整備に対する助成金を出して支えているのが実情だ。今後も人口減少や自家用車の普及により、地方鉄道の需要は長い目で見て縮小が続くとみられる。

 こうしたなかで、JR北海道の黄8線区をめぐる議論は、国鉄改革時に整えられた仕組みが時代に合わなくなってきたとも受け取れる。そこで、国鉄改革時の制度と現在の鉄道政策を、歴史の流れのなかで確かめていきたい。

筆者の意見

2026年4月15日発表「黄8線区を維持する仕組みの構築に向けた当社の考えについて」(画像:JR北海道)

 JR北海道の赤字路線の問題は、突発的な危機ではなく、国鉄改革のときに組まれたしくみにもとからあった問題が表に出てきたものといえる。当時、北海道・四国・九州の三島会社は、採算の面で厳しい条件に置かれていた。JR九州は新幹線の開業や事業の広がりなどにより、2016(平成28)年に株式上場を果たしたが、JR北海道とJR四国の二島会社は、今もなお制度による支えに頼らざるを得ない状況が続いている。

 経営安定基金や助成金などの追加支援に頼る現状は、実質的に補助金に支えられた経営であり、このまま見直しを行わずに続けてよいのか疑問が残る。今回、JR北海道が示した上下分離方式は、有力な選択肢のひとつではあるが、すべてを解決するものではない。上下分離は、鉄道の施設を公の主体が持ち、運行を民間の事業者が担うしくみである。運行会社の負担を軽くする効果はあるものの、利用者が少ない路線では施設を担う側の収入は限られ、結局は公的な資金による支えが欠かせない。

 すなわち、上下分離によってJR北海道は経営の負担が軽くなる可能性はあるが、もとの問題は解決されない。いまの議論が「路線を残すか廃止するか」という個別の判断に終始している点も見過ごせない。本来問うべきは、

「国としてどのような交通網を保つべきか」

という広い視点である。国鉄の民営化に先んじた英国では、鉄道の施設を再び国の手に戻すなど、公共性を重んじた方針への転換が進んでいる。物流や地球温暖化への対応、さらには国防といった面から、鉄道網の維持を国の戦略に位置付ける動きは珍しくない。日本でも、北海道の鉄道網を国として守る決断を下し、施設部分を国が一体で持つ形に改める必要がある。

 そのうえで、北海道新幹線は切り離し、札幌までをJR東日本が担う。在来線の運行部門には欧州で広がる開放型の参入方式を取り入れ、JR北海道やJR貨物に限らず多様な事業者の参入を促す。各社が魅力ある列車を走らせることで、北海道の鉄道の活性化や観光需要の掘り起こしにつながるはずだ。いまのように補助金に頼って延命を図るだけでは、問題を先送りするにとどまる。

筆者への反対意見

2026年4月15日発表「黄8線区を維持する仕組みの構築に向けた当社の考えについて」(画像:JR北海道)

 一方で、赤字路線の問題は、人口減少など外の環境の変化が主な要因であり、制度に欠けがあると断じることはできない。

 大量輸送機関である鉄道の強みを生かせなくなった状況で、路線を保ち続けることが最適な選択といえるのか。もともと採算の取れない路線の廃止は、国鉄分割民営化の前から行われてきた。上下分離は、近年では近江鉄道や只見線の例があるが、沿線の自治体が実際の輸送量に加え、地域の経済への影響などを踏まえて総合的に判断した結果である。地域の交通政策は、バスへの転換も含めて、その地域の自治体や住民が考えるべきものであり、一民間企業であるJR北海道が抱え込むこと自体が問題といえる。

 そこに、国の交通政策や制度に問題があるとの指摘もあるが、そもそも国鉄を分割民営化した時点で、国が鉄道網を維持する責任を手放したともいえる。したがって、民営化によってJR各社が経営の責任を負う現在、その判断は企業として自然なものでもある。また、北海道では高速道路の整備が進み、道路の延長は国鉄分割民営化の1987(昭和62)年には200km弱だったものが、今では1000kmを超えている。人口減少が続くなかで、鉄道と道路のふたつの基盤をともに維持することの妥当性にも疑問が残る。代わりの手段がない場合は鉄道を残す必要があるかもしれないが、そうでなければ廃線も選択肢となる。

 さらに、インフラを公が一体で持つ形や国有化に戻す案は、他の地域との公平の面から、納税者の理解を得るのがきわめて難しい。特定の地域の赤字を国が長く肩代わりし続ければ、自ら交通網の見直しを迫られている他の自治体の納税者とのつり合いを大きく欠くおそれがある。

 また、欧州で広がる開放型の参入方式についても、厳しい冬の自然環境のもとで維持管理と運行の責任をわけると、責任の所在があいまいになり、日本の鉄道を支えてきた安全管理を損なうおそれがある。安易に公的支援を強めれば、企業の自助努力を弱めるモラルハザードを招き、将来の国民負担がふくらみ続ける懸念もある。

 いずれにせよ、国が過度に関わることは財政負担を広げるだけでなく、地域が自ら交通のあり方を選ぶ機会を奪うことにもつながりかねない。

二島会社の限界露呈

日本の鉄道網と維持への展望。

 今回のJR北海道の動きは、二島会社が直面している限界が表に出てきたことを示すものだ。いわば転機の到来を知らせる動きである。国鉄改革は経営の効率化という点で大きな成果を上げたが、その一方で「維持が難しい路線の費用を誰がどの段階で負担するのか」という問いを、基金という期限のあるしくみで覆い隠してきた。

 いま起きている事態は、地方路線の採算の問題にとどまらない。筆者(ウォン・ライ、モビリティ経済ジャーナリスト)が示す「国の戦略としてのインフラの立て直し」という考えと、反対意見が示す「納税者の公平と安全を重んじる現実的な考え」という、相いれないふたつの立場が正面からぶつかっている状況である。

 この対立を解くには、助成金を増やすだけでも、機械的に廃線を進めるだけでも足りない。「移動の権利を支える費用を、誰がどの範囲で受け取り、負担するのか」という新たな社会の取り決めをつくり直すことが欠かせない。

 いま問われているのは「鉄道をどう残すか」という技術の問題ではないだろう。国鉄改革から40年がたち、民営化という考えの限界を認めたうえで、国による広い範囲での支えと地域による暮らしに合った最適化を対立としてではなく、組み合わせてどうまとめるかである。この転機は、日本の国土のあり方を見直すうえで避けて通れない出発点となるだろう。