「とりえずビール」の時代は終わった? 苦み、香り、コク…大手メーカーも参入する“とがった味”のビールが「新定番」になる日

 5月に入って気温も上がり、ビールがおいしい季節になってきた。一般的にビールといえば、「とりあえずビール」に象徴されるように、乾杯の一杯目として“クセのない味”が好まれてきた。しかし最近、明らかに「個性が強い」ビールが市場に投入され、売れ行きを伸ばしている。ビールに対する日本人の意識に変化があったのか。メーカーや専門家に取材し背景を探った。

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 ビール評論家で日本ビアジャーナリスト協会代表の藤原ヒロユキさんは、最近のビール市場の変化についてこう話す。

「これまでの大手各社の定番ビールはどれも、飲みやすい、悪く言えば個性の薄い商品でした。専門的な訓練を受けた人やよほどのビール好きでなければ、目隠しで飲み比べて銘柄を当てることは難しいでしょう。ただ、最近は大手各社も個性の強いビールを発売し、売り上げを伸ばしています」

 藤原さんが言うように、国内ではこれまでクリアな味で飲みやすいビールが人気だった。喉の渇きを潤し、居酒屋料理の脂っこさやピリ辛さを洗い流す役割を持っていて、「とりあえずビール」文化のなかで「乾杯酒」として親しまれてきた。特に居酒屋などでは銘柄にこだわらずに消費されるシーンも多い。ただ、その潮流がここへきて大きく変わりつつある。

 その象徴ともいえるのが、アサヒビールが昨年4月に発売した「Asahi THE BITTER-IST(ザ・ビタリスト)」だ。一見すると見慣れたビールだが、泡とともに口に含み、流し込むと、クリアな香りに続いて強い苦みがのどの奥に広がる。真っ黒の缶には印字されているのは、「苦みを愛する大人の味わい」の文字。まさに深い苦みを前面に押し出した、これまでにないビールになっている。

 ザ・ビタリストは同社のスタンダードビールとしては7年ぶりの新ブランドだ。開発を担当したマーケティング本部の山田佑(たすく)さんは言う。

「目指したのはビール好きのお客さまに選んでいただける商品です。ビール好きの方が指名で選ぶのはどんな商品か突き詰めたとき、『苦み』へのニーズがかなりあることがわかってきたのです」

■閉塞感を吹き飛ばすようなビール

 狙いは当たり、発売3カ月半後の昨年8月には販売量が130万ケース(1ケースは大瓶633ミリ×20本換算、以下同じ)を突破したとして、年間販売目標を200万ケースから280万ケースへ約4割引き上げている。昨年9月以降はサイバー攻撃によるシステム障害で出荷が混乱したものの、「社内の予想を大きく超えるヒット」(山田さん)という。

 同社の看板商品であるアサヒ・スーパードライはキレとすっきりしたのどごしで、社会現象となるほどの大ヒットを記録した。発泡酒や新ジャンル(第3のビール)の台頭、ビール市場全体の落ち込みなどでピーク時からは大きく減らしているものの、銘柄別で販売数量首位をひた走る。そんな「定番の味」を持つなかで、あえて「とがった味」を出す狙いはどこにあるのか。

「国内でもクラフトビールの広がりなどがあり、ビールの味わいはどんどん豊かになっています。好きな味を選んで楽しむ流れがあるなかでブランド全体のポートフォリオを考えたとき、個性の強い味が求められると考えています。ややターゲットを絞る商品かも知れませんが、その分深く愛されるビールだと思いますし、アサヒビールのもう一つの看板に育てていきたいですね」(山田さん)

 ザ・ビタリストと競うように、昨年10月にはキリンビールも個性が際立つ新商品を発売した。明るいオレンジ色の缶のプルタブを引いてグラスに注ぐと、爽やかなかんきつ系の香りがふわりと広がる。口に含むと軽やかなコクが感じられ、やさしい甘みと苦味が続く。キリン「GOOD ALE(グッドエール)」だ。「キリンの次世代定番ビール」を掲げ、350ミリ缶で同社の一番搾りなどより10円ほど高いものの、手の届きやすい価格帯のビールだ。

 商品名にある「エール」はやや高めの温度で発酵させることからフルーティーな香りやコクを出しやすい。日本の大手メーカーではすっきりした味わいのラガーが主流で、エールタイプを「定番ビール」として投入するのは珍しい。

 同社マーケティング部でグッドエールを担当する立野唯花さんは言う。

「世の中に何となく漂う閉塞(へいそく)感を吹き飛ばすような、陽気で明るいビールをつくることが開発のコンセプトでした。エールの香りや、口に入れた瞬間の華やかさはそれにぴったりだったと思います。正直、既存のビールもどれもおいしいです。ただ、各社似たような味が定番になっていることへの課題感は私たちも持っていて、これまでとは違う『新定番』へのチャレンジ、という意味もありました」

■クラフトビールの市場を喰う?

 ただし、コアなファンだけを狙った味ではないという。立野さんは続ける。

「幅広くビールを飲んでいるお客さまに対して、一番搾り・晴れ風に並ぶもう一つの定番としてお届けしたいと思っています。例えば、仕事終わりなどデイリーに飲む一番搾りや晴れ風と、ちょっと気分を上げたい休日に飲むグッドエール、のような。とりあえずの乾杯というよりも、自分の時間を満たしてくれるビールだと思います」

 こちらも、初速は同社の予想を上回るものになっている。去年10月の発売から3カ月の累計出荷数は130万ケースを突破。また、購入者数は推計650万人(10~12月)で、同社の製品としては最も多くの人が飲んだ商品になるという。

 苦みを強調したザ・ビタリストと、爽やかなかんきつ系エールのグッドエール。方向性は異なるものの、ビール市場の「2強」が相次いで個性の強いビールを「新定番」として投入してきたことは時代の変化を感じさせる。

 国内では1994年の酒税法改正で全国各地にクラフトビール(地ビール)メーカーが誕生し、競って個性ある味を打ち出してきた。アサヒ、キリンの両商品はクラフトビールではないが、その味わいは「クラフトビール的」とも評される。あるクラフトビールメーカーの関係者は大手の個性派ビールについて、「我々の市場を喰われる脅威が半分、個性豊かなビールの市場を広げる間口となってくれる期待が半分」だと話す。

先出のビール評論家、藤原さんは言う。

「クラフトビール誕生から30年たち、長い時間をかけてビールにはさまざまな味わいがあることが社会に根付きました。また、東日本大震災や新型コロナ禍といった危機を経て価値観やライフスタイルがパーソナルになってきた。それぞれが価値を感じるものを素直に選べる時代になったことで、ビール市場でも個性ある味が評価されているのだと思います。実は30年くらい前から大手メーカーの開発者は海外のカンファレンスや見本市にもよく参加していました。ずっと個性ある味の研究は続けていて、いま、まさに満を持して出してきたなと感じています」

 キレや飲みやすさだけではなく、個性で選ぶ。新たなビールの時代の本格的な幕開けを感じる。

(AERA編集部・川口穣)

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