【詳報】南海トラフ「確率水増し」を追及した記者も驚いた…80%計算モデル提唱者が自ら「間違いの可能性」
「30年以内に80%」とする政府の南海トラフ地震の発生確率。
この根拠となる計算モデルの提唱者である島崎邦彦・東京大学名誉教授が26日、千葉市での講演で、自ら提唱した仮説に誤りがある可能性を示唆した。
もし、その計算モデルが誤っているとなれば、「80%」は根拠を失う。
東京新聞の報道を受け、政府が南海トラフ地震の確率変更の検討を進める中での提唱者の「方針転換」。それは、南海トラフ地震の確率が水増しされていると追及してきた私にとって、驚くべきものだった。(小沢慧一)
※記事の後半では、島崎氏の講演内容や報道陣との主なやりとりも紹介しています。

発表後に報道陣の取材に応じる島崎邦彦東大名誉教授=26日、千葉市の幕張メッセで
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日本地球惑星科学連合大会で発表する島崎東大名誉教授=千葉市で
◆頑として自説を曲げなかったのに…
まさか提唱した本人が、時間予測モデルが間違っている可能性を言い出すとは。
私は、これまで取材の成果をもとに、島崎氏が提唱したモデルの矛盾点を指摘してきた。
それでも島崎氏は「時間予測モデルは揺るがない」と、間違いの可能性を認めなかった。昨年末には、私と共同研究した橋本学・京都大学名誉教授が発表した室津港の調査に関する論文(昨年2月発表)に、反論する論文を発表している。

南海トラフ地震の想定震源域と、時間予測モデルの基データとなっている室津港の位置。
島崎氏が、今回講演した「日本地球惑星科学連合大会」は、地震学会の春の学会発表の意味合いもあり、ここで発表することは研究者への影響力が大きい。
この大きな舞台で、改めて、自分が提唱した時間予測モデルがいかに正しいかを述べる――。そう思って、私は身構えて講演を傍聴した。
ところが、島崎氏はこう述べたのだ。「2030年を数年過ぎでも南海トラフ地震が起きなければ、時間予測モデルは間違っていると言える」
◆突然の表明、講演後に明かした本音
提唱者であり、地震学の権威であり続けた島崎氏自身がそう認めたのである。
会場は騒然とした。研究者から何人も質問の挙手が上がり、発表後は報道陣の囲み取材が発生した。
島崎氏自身も、もともと時間予測モデルで正確に地震が予測できるとは思っていなかったようだ。取材後の報道陣への取材で、こう本音を漏らした。
「あんな単純なもの(計算モデル)がそのまま入る(当たる)とは思えない。ただこれまで(宝永、安政、昭和南海地震)のが当てはまってしまっていた」
◆背景に政府の確率見直しの動き?
驚きと同時に、ずっと間違いの可能性を否定してきた島崎氏が、ついに計算モデルの誤りの可能性に言及したことに、問題を追及してきた記者としては一定の手応えも感じた。
またタイミング的に、この発表は政府の南海トラフ地震の確率見直しに影響するのではないか、とも感じた。

日本地球惑星科学連合大会で発表する島崎東大名誉教授=千葉市で
実は、地震確率を発表する政府の地震調査委員会が、現在、南海トラフ地震の確率の見直しに向けて準備を進めている。
関係者によると、政府は、橋本名誉教授らの論文が発表されたことを受け、2024年から見直し検討を開始。会議には、橋本名誉教授らの論文だけでなく、それに反対する島崎氏らの論文も検討材料として、議論しているという。
議論は詰めの段階に差し掛かっており、80%の確率表記に変更が加えられるとみられる。
26日の島崎氏の講演は、地震調査委員会の関係者らも聞いている。島崎氏はそうした状況を意識していたのだろうか。
講演後、島崎氏に「政府は確率変更に向けて検討しているらしい」と水を向けてみたが、「そうなんですか」と知らない素振りだった。

南海トラフ地震の予測地図
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◆「あとは余生を楽しみたい」
囲み取材が終わり、私は改めて島崎氏に「社会にインパクトを与えた論文の生みの親。それを『間違っているかもしれない』というのは、覚悟が必要だったのではないか」と問うた。

日本地球惑星科学連合大会で発表する島崎東大名誉教授=千葉市で
島崎氏はその理由をこう答えた。
「私は今年80歳になる。最近やせてきたし、これから新しく勉強しようという気持ちにはならない。家にある論文も処分して、これからは余生を楽しみたい。そんな気分なんです」
南海トラフ地震は20年以上前に時間予測が使われるようになってから、常に高い発生確率が示されてきた。今回の発表は、提唱者として最後に担うべき仕事だと思ったのだろうか。
私の質問に、島崎氏は否定した上で、こう答えた。「私はとっくに引退している。そんな気持ちです」
時間予測モデル 過去の地震の時期と規模から、次の地震の発生を予測する確率計算式。地震により地面が大きく隆起すれば、それだけ地震のエネルギーが多く放出され、次の地震のエネルギーを蓄えるため長く時間がかかるという仮説に基づく。江戸時代に高知県・室津港を襲った地震を記録した古文書を根拠に、1980年に東京大学の島崎邦彦名誉教授が提唱した。このモデルを基に、政府は、南海トラフ地震の発生確率を「30年以内に80%」としている。
◆「地震起きなければ予測モデルの間違いが分かる」
【島崎名誉教授の講演の概要】
時間予測モデルとは、大きな地震が発生した後は次の地震まで時間がかかり、小さいと短い時間で発生するとしたもの。
室津港は、3回の南海トラフ地震(宝永、安政、昭和南海)での隆起量の記録が残って居るおそらく唯一の港。この記録を基に、次の地震を予測できる。

現代の高知県・室津港
だが、実は土佐藩では港を浚せつ工事していたことが分かったので、これまでの記録を使ったやり方では問題がある。
そのため今回、新たにきちんと調べた別の記録で再検討してみると、時間予測モデルに適合した。この結果が正しいとすると、次の地震は2030年ごろと、これまで(2034年)より早く来ることになる。
しかし、2030年を数年超えても南海トラフ地震が起きなければ、時間予測モデルは間違っていたことがはっきり分かる。
間違いが分かることにも意義はあり、「科学の一歩」とまではいかないが、0.1歩くらいの歩みになる。
島崎邦彦(しまざき・くにひこ) 1946年生まれ。専門は地震学。南海トラフ80%予測をはじき出す「時間予測モデル」の提唱者。時間予測モデルを用いて、政府が南海トラフ地震の発生確率を発表した2001年当時、地震調査委員会で長期評価部会長という要職を務めていた。東京大地震研究所教授、日本地震学会会長、政府の地震予知連絡会会長などを歴任。2012年の原子力規制委員会発足時に委員となり、2014年まで委員長代理を務めた。
◆時間予測モデル「私も疑っている」
【島崎名誉教授と報道陣との主なやりとり】
講演後、島崎氏と報道陣との主なやりとりは、次の通り。
記者 「今日の発表は要するに2030年(プラスマイナス3年程度)までで地震が起きなければ、時間予測モデルが間違っていることがはっきりするかもしれないということか?」
島崎氏 「その通りです。要するに間違っていることが、はっきり分かった方がいいので」

発表後、報道陣の囲み取材に応じる島崎東大名誉教授=千葉市で
記者 「これまでも、間違っているかもしれないと考えていた?」
島崎氏 「地震の大きさを1個1個調べて、それを時系列に並べたら(時間予測モデルが成り立っているように)見える。だから正しいかどうかは分からない」 「ある意味私も疑っている。良ければ(=成り立っていたら)それでいいし、悪いこと(=成り立っていないこと)が分かれば、それでもいい。それでも0.1歩進んだことになる」
◆「間違っていたら政府も使わない方がいい」
記者 「政府の地震調査委員会の時間予測モデルを基に、『30年以内80%』という確率を出している。時間予測モデルが間違っていたとしたら、政府は確率計算に、このモデルを使わないほうがいいと考えるか」
島崎氏 「もちろん。それは誰が考えても使わない方がいいと思いますよ」
記者 「間違っているかもしれないという気持ちは強いか?」
島崎氏 「それは、間違っている可能性があるから言っているわけで。でも物事そんな単純ではない」

室津港で江戸時代から保管されてきた古文書。ここに記された記録が時間予測モデルの基データとなった
記者 「時間予測モデルが正しい場合、南海トラフ地震発生まであと5年しかない」
島崎氏 「ただ、たまたま当たる場合もあるわけで、その場合でもさらに調べていく必要がある。一度当てたから『皆さんこうですよ』(=予測通りに地震が起きますよ)とは言えない」
◆「いつ地震が起きてもいいように対策を」
記者 「今回の発表による防災上の影響はどう考える」
島崎氏 「聞くところによると、政府は『いつ起きてもおかしくない』としている。一方、時間予測モデルはピンポイント(=2030年に地震が起きる)で見ている。結果として『そろそろ起きてもおかしくない』となる」
「結局、対策をするとか、備えるとかなると、ある意味同じ。そういう意味で、こうだからこうした方がいいというのは、既に皆さんに伝えていること」
「(時間予測モデルは)単純なモデルで、ああやっぱりそうじゃなかったと分かれば、それはそれで一歩前進。政府の言っているように、いつ起きてもいいように地震の対策をすべきだ」
記者 「時間予測モデルは1980年に論文で発表した。当時も単純なモデルという前提で出していた?」
島崎氏 「あのときは、いろんな量(データ)がしっかり評価できなかった。それで(今回は)見直した」
◆自ら提唱の予測モデルを「あんな単純なもの」
記者 「出席していた研究者から質問もありましたが、時間予測モデルは地震の複雑な現象を省いたモデル。私はこれで予測が当たっていたら驚きだと思うが、どう思うか」
島崎氏 「驚きですね。あんな単純なものが、そのまま入る(=当たる)とは思えない。ただこれまで(宝永、安政、昭和南海地震)のが当てはまっちゃっているんで」

南海トラフ地震にだけ使われている時間予測モデルと、そのほかの全国で使われている単純平均モデルの図
記者 「もし次の地震の予測が当たったら、そこからさらに研究していく必要があると?」
島崎氏 「本当に時間予測モデルが正しく合っているのか、偶然の可能性もある。『当てはまったらいいな』とは思うが、当たったからといって、その先もこれでいこうとは、すぐにはならない」
記者 「何回当たればいい?」
島崎氏 「やってみないと分からない」
◆「あまり信用しない方がいいかも」
記者 「2030年から数年たっても地震が起きなかったら、このモデルはやめましょうねと?」
島崎氏 「もちろんそう。やっぱりそんな単純なことではいけない」
記者 「新たに2030年に起きるかもしれないと予測したが、それもまるで地震予知みたいで想定エリアの人たちは心配するのでは?」
島崎氏 「いつ起きてもおかしくないから、きっちり対策をやりましょうねと。それ以上のことではない」
記者 「これまで政府が防災上呼びかけていたことと、大きくは変わらないと?」
島崎氏 「そう。あまり時間予測モデルを信用しない方がいいかもしれないし、要するに時間予測モデルがいいか悪いか、2030年から数年で分かるので『ちょっと見ていてくださいね』ということ」
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