「リッター20円安」で地場ガソリンスタンド壊滅――コストコが暴いた“地域給油網”崩壊の真因とは
「164円ガソリン」の衝撃
2025年4月、山梨県の西部に位置する南アルプス市で会員制量販店「コストコ」が開業し、会員向けにリッター164円(全国平均より20円ほど安い)という破格のガソリン価格を打ち出した。その結果、市内の地場給油所3か所が早々に閉鎖された。日本経済新聞が5月22日、報じた。
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この事例は氷山の一角にすぎない。いま日本の燃料流通網は、消費構造の変化、事業モデルの多様化、そして量販店の経済設計の前に根本的な再設計を迫られている。
本稿では、燃料価格の構造に注目し、既存給油所とコストコ型モデルの利潤構造を徹底的に分析する。そのうえで、地域社会における燃料インフラの再編を、単なる価格競争ではなく、持続可能性の視点から評価し、政策と民間投資がとるべき方向を提起する。
利益率1%の限界構造

廃業したガソリンスタンドのイメージ(画像:写真AC)
まず、現行の給油所の採算構造を見ておきたい。
全国石油商業組合連合会(全石連)によれば、2023年度における一般的な給油所の営業利益率は約1%にとどまる(2023年度決算ベース)。燃料そのもののマージンは薄く、実際には
・洗車
・車検
・整備
などの付帯サービスで収益を補っている。この構造は、販売単価の下落に極めて脆弱である。価格に1円でも差が出れば顧客が流出し、薄利のビジネスはたちまち破綻する。
・人口減少
・ハイブリッド車、電気自動車(EV)の普及
によって燃料需要が年々減少するなかで、全国の給油所は2013年の3万4000か所から2023年末には2万7400か所へと2割減少した。これは決して一過性の現象ではなく、構造的な縮小だ。
系列外調達による価格競争力

廃業したガソリンスタンドのイメージ(画像:写真AC)
一方、コストコの戦略は根本的に異なる。コストコはガソリンを利益源ではなく
「集客装置」
として位置づける。その収益の中心は
・年会費
・店舗での高回転商品による利幅の大きい売上
にある。つまり、ガソリン単体ではなく、会員制ビジネス全体のなかに燃料供給を組み込んでいる。ここでの価格政策は、損益分岐点をガソリン価格の外に置くことによって成立する。
加えて、調達先の多様化も特筆すべき点だ。従来の給油所は石油元売り大手の系列に属し、仕入れ価格や販売価格に制約を受ける。コストコはこの系列構造を回避し、商社などから割安調達で単価を引き下げているという(同紙)。これは従来の業界が形成してきた系列ネットワーク型価格体系の脆弱性を明確に示している。
業界団体が主張する「災害時の地域インフラ」としての給油所の価値は一定の説得力を持つ。しかし現実には、その機能は限定的であり、地域内での設備維持に関わるコストとリターンが釣り合っていないのが実情だ。
実際、地方自治体が非常時対応を給油所に依存する際の契約率は高くなく、緊急燃料備蓄体制や移動型給油設備(モバイルステーション)などを活用した代替システムの方が、費用対効果に優れる可能性もある。
仮に災害対応機能が重要ならば、それに見合った公的補助を制度設計として組み込むべきであり、既存ビジネスをそのまま維持する口実として用いるのは合理的ではない。
EV時代の拠点再設計

廃業したガソリンスタンドのイメージ(画像:写真AC)
今後の課題は、既存の小規模給油所をいかに再設計していくかにある。ガソリンという単一商品への依存から脱却し、地域交通全体に対する統合的サービス拠点――例えば、
・カーシェア
・EV充電
・小型車整備
・移動販売拠点
などへと転換できるかどうかがカギだ。
もはや、燃料単価だけでは勝負にならない。交通モードの変容、特にEVシフトの進展によりエネルギーを供給する拠点は多機能化が求められる。セブン-イレブンやイオンのように、交通と生活を結びつける拠点としての再定義が求められている。
現在の議論は、コストコを
「破壊者」
として糾弾する方向に傾いている。しかし、価格競争に晒されているのは、もともと需給バランスが崩れた構造的弱者である。コストコのような存在は、その構造のほころびを明確にしたに過ぎない。
むしろ本質的に問われるべきは、いかにして地方の燃料・交通サービスを、需要縮小のなかでも持続可能な形に再編するかである。農協が運営するような地場の給油所が、本当に地域インフラであるならば、自治体や住民と一体となった運営モデルを構築すべきである。協同組合モデルのアップデートなしに、ただ補助金や同情によって延命させても、それは次の破綻を先送りするだけだ。
短期安値と長期崩壊

廃業したガソリンスタンドのイメージ(画像:写真AC)
結論として、
・ガソリン価格の低下がもたらす短期的なメリット
・地域における燃料供給網の崩壊という長期的リスク
は、両立し得ない緊張関係にある。これは規制や補助金で片方だけを守るような問題ではない。
政府・自治体・業界団体・民間企業それぞれが、自らの利益構造を開示し、共同でサービスインフラとしての再構築を進める必要がある。地方の給油網を、無理に延命させるのではなく、
「生活の変化に即した機能的拠点」
として再配置し直すこと。これこそが、コストコという外部からの圧力が突きつけた、社会全体への問いではないか。
議論の焦点は価格競争の善悪ではない。時代の変化に耐えうる事業構造の再設計がなされるか否か。その分水嶺に、私たちは立たされている。