“ボーナスの給与化”に惑わされるな!初任給30万円時代に求められる「会社の見分け方」

賞与を廃止し、月給に上乗せする企業が増えている(写真はイメージ、umaruchan4678/Shutterstock.com)
(川上 敬太郎:ワークスタイル研究家)
初任給30万円ブームの到来
ソニーグループがボーナスの一部を廃止し、その分を月給に上乗せする形で給与体系を見直したことが話題となっています。他にもバンダイや大和ハウス工業といった名だたる会社が同様の取り組みを進めていると報道されており、一つの潮流を形成しつつあるようです。
このような動きは「賞与の給与化」と呼ばれていますが、賞与も臨時に支払われる給与の一種であることを考えると、「賞与の月給化」と言い換えた方が実態をイメージしやすいかもしれません。
この賞与の月給化に対する受け止めはさまざまです。「生計が立てやすくなる」と歓迎する声もあれば、「ボーナスという楽しみがなくなるのは寂しい」と残念がる声も見られます。
ただ、賞与の月給化だけでなく、会社が年俸制を導入したり、退職金を前払いする形で月給に上乗せしたりといった取り組みは以前からあったことです。いま改めて注目を集める要因の一つは、月給引き上げの動きが“初任給30万円ブーム”と連動していることにあります。
新卒採用市場における競争が激化する中で、各社は初任給の大幅な引き上げを打ち出し、月給30万円を超えるケースがいくつも見られるようになってきました。社会人経験のない新卒学生が求人を探す際に、月給の高い会社に目が向くのは自然なことです。では、賞与の月給化は、社員たちにとって望ましい取り組みと受け止めて良いのでしょうか。
月給額の数字は大きいほどインパクトがあり、目を奪われるものです。しかしながら、月給が高くなっても社員が不利益を被る可能性があるケースが少なくとも3つあります。分かりやすくなるよう、ポイントを強調したモデルを用いながら説明したいと思います。

新卒採用市場で初任給の大幅な引き上げ競争が起きている(写真はイメージ、Ustyle/Shutterstock.com)
月給が上がっても「年収」「生涯賃金」が下がるケースも
まず1つ目は、月給が高くなっても年収は低くなってしまうケースです。例えば、月給22万円で賞与が6カ月支給される場合。多くの会社は月給の大半を占める基本給をベースにして賞与を支給しますが、ここではシンプルに月給=基本給として考えてみます。月給22万円×12カ月で264万円。さらに、賞与として22万円×6カ月分の132万円が加わるので、年収は合計396万円となります。
それに対し、月給は8万円高い30万円で、賞与が1カ月分支給される場合と比較するとどうでしょうか。月給30万円×12カ月で360万円。さらに、賞与として30万円×1カ月分を上乗せすると年収は390万円となります。月給だけ見れば30万円の方が高くなりますが、このケースだと年収では6万円低くなってしまうのです。
次に、生涯年収が下がるケースです。多くの会社では年功賃金の名残もあって、月給額は50代後半をピークに年齢とともに上がっていき、定年を迎えながら下降する「逆L字型」のカーブを描く構造になっています。もし月給が高くなったとしても、この賃金カーブの上昇幅が低く平坦に近づけば、定年までに受け取る生涯年収が下がることがあり得ます。
上昇幅が最も平坦な例として、年齢が上がっても給与が一切変わらないモデルを考えてみます。この場合、賃金カーブは逆L字を描かずに横一線のIの字になります。初任給が月給35万円と高額であったとしても、定年後まで変わらず賃金カーブがI字型であれば、生涯の平均月給はそのまま35万円です。
一方、20代のうちはそれより13万円低い月給22万円を受けとり、30代、40代と月給が10万円ずつ上昇して定年後は35万円に下がる逆L字型のモデルを考えてみます。I字型モデルと比較したグラフが以下です。

逆L字の方は定年前まで月給が32万円、42万円、52万円と段階的に上昇していくので、定年までに支払われる月給22万~52万円を平均すると37万円。35万円を上回ります。定年後は月給が35万円へと下がりますがI字型と同じ額なので、このケースの生涯年収は逆L字型の方がI字型よりも高いことになります。
それでもI字型モデルの月給が35万円ではなく40万円であれば、逆L字型よりも生涯年収が高くなります。生涯年収の多寡を判別するには、初任給の高さだけでも賃金カーブの形だけでも情報として不十分で、モデルごとに試算する必要があるということです。
会社にとっては人件費の上昇幅を抑えられる「合理的な選択肢」
最後3つ目は、総人件費が下がるケースです。ある年から初任給を大きく引き上げれば、その年代の社員は恩恵を受けます。しかし、他年代の社員について賃金カーブの上昇幅を低くしてI字型に近づければ、会社としてはむしろ総人件費を下げることも可能である一方、他年代の社員は不利益を被ることになります。
あるいは、他年代層の賃金カーブを維持したとしても、採用を絞って社員数を減らせばやはり総人件費を抑えることが可能です。しかしその場合、会社全体の業務をより少人数で担うことになるため、AIなどのツールを用いて自動化を進めるなどして業務の効率化を図らない限り、社員一人一人の仕事の負荷が増すことになります。
採用は競争です。優秀な人材は会社間で取り合いになりますし、人口減少によって若年層の数が減る中、人材の希少価値はますます高まっています。こうした状況下での賞与の月給化現象は、会社が月給を引き上げることで求職者の目を引き、熾烈な採用競争を勝ち抜こうとする人事戦略の一環だと見ることができます。
年々出生数が減り続ける中で、最も希少価値が高くなるのは社会人における最低年齢層である新卒社員です。会社としては特に、初任給の引き上げに躍起にならざるを得ません。すでに、初任給40万円を超える事例も登場しています。
今後も初任給を引き上げる会社が増え、引き上げ額の高さを競い合う機運がさらに高くなっていけば、並行して賞与の月給化に取り組む会社も増える可能性があります。その方が月給を引き上げやすくなるからです。
例えば、3カ月分の賞与を支給している会社が月給を5万円引き上げた場合。年間で5万円×12カ月=60万円の人件費が増えるだけでなく、賞与分として5万円×3カ月=15万円も上乗せされることになります。
しかし、もし完全年俸制を導入して賞与をなくせば、15万円の上乗せ分は丸々カットできます。人件費の上昇幅を抑える上で、会社にとっては合理的な選択肢です。ただし、賞与の月給化は会社にとってリスクもあります。
目先の金額にばかり目を奪われる“月給マニア”に足りない情報収集力
賞与は基本的に臨時的な給与であるため、業績が悪い年には支給を見送ることが可能です。しかし、それを月給に組み込むと、業績が悪化したからといって安易にカットすることはできません。社員に対する一方的な不利益変更だと見なされる可能性があるためです。
会社にとって賞与の月給化は、固定された給与として支払い続ける金額を増やすことを意味します。そのため、いざとなればカットしやすかったはずの臨時給与というのりしろを放棄するリスクを背負うことになるのです。
そんなリスクを回避し、かつ思い切った金銭報酬を提示するのであれば、業績に応じて賞与を大胆に増額する仕組みの方が導入しやすくインパクトも出しやすいかもしれません。最近では、第一生命ホールディングスが株式報酬と合わせ臨時給与を最大で800万円程度支給することを検討していると報じられました。これもまた、合理的な選択肢と言えます。
それでも、採用競争という市場原理が働くことを踏まえると、初任給など求職者の目を引きやすい月給の引き上げ機運は今後も高まっていきそうです。就職活動中の学生さんをはじめ、求職者にとってこうした動きは魅力的に映るかもしれません。
しかし前述の通り、月給額の多寡だけでなく、年収や生涯年収といった観点も踏まえて慎重に見極める必要があります。また、会社の良さを判断するには数多の検討要素があり、金銭報酬はあくまでその一部に過ぎません。
例えば、職務内容や将来的な役職経験の可能性など、自分が望むキャリアを実現できる会社かどうかという観点も重要です。さらには有給休暇が取得しやすい環境か、育児休業や介護休業などの制度が整備され、職場文化的に取得が可能かどうか、テレワークできる環境が備わっているか──などといった要素は、入社後の働きやすさを左右します。
他にも、一緒に働く人たちが醸し出す職場の雰囲気や財務状況の健全性、事業の将来性なども大切でしょう。会社を選ぶ際には、自身の現在だけでなく将来像も思い描きながら、必要な条件がそろっているかどうかを総合的に判断する情報収集力が求められます。
一方で会社側も、月給の引き上げにばかり腐心するのではなく、年収や生涯年収なども含めた給与体系、さらにはキャリア形成支援や働きやすい環境の整備といった総合的報酬を設計して働き手に提示する必要があります。
これらの情報は、月給額のようにインパクトのある数字だけで示されるものではなく、求職者が全体像を把握するのは容易ではないかもしれません。しかし、多くの会社が採用したいと考えるのは目先の金額にばかり目を奪われてしまう“月給マニア”ではなく、綿密に情報収集した上で自社を選んでくれる求職者なのではないでしょうか。
【川上 敬太郎(かわかみ・けいたろう)】 ワークスタイル研究家。1973年三重県津市生まれ。愛知大学文学部卒業。大手人材サービス企業の事業責任者、業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員、調査機関『しゅふJOB総合研究所』所長のほか、広報・マーケティング・経営企画・人事部門等で役員・管理職を歴任し厚生労働省委託事業検討会委員等も務める。雇用労働分野に20年以上携わり、仕事と家庭の両立を希望する主婦・主夫層を中心に5万人以上の声を調査・分析したレポートは300本を超える。NHK「あさイチ」「クローズアップ現代」、テレビ朝日「ビートたけしのTVタックル」等メディア出演、寄稿多数。現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構株式会社 非常勤監査役のほか、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等の活動に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む、2男2女4児の父で兼業主夫。