トランプ自動車関税が基幹産業直撃、賃金・物価の好循環にブレーキか

(ブルームバーグ): トランプ米大統領の関税政策が日本の基幹産業の自動車業界に打撃を与え、ようやく見えてきた持続的な経済への転換にブレーキをかける恐れがある。

  米国が導入した輸入自動車と同部品に対する25%関税の影響で、トヨタ自動車やホンダ、マツダ、SUBARU(スバル)など国内の主要自動車メーカーは2026年3月期の1年だけで合計190億ドル(約2兆7000億円)を超える利益が削られる可能性がある。さらにその痛みは大手企業だけにとどまらない。

  スバルの本工場がある群馬県では先行きへの不安が高まっている。同社のサプライヤーである正田製作所の中島義行社長は、すでに原材料のコスト上昇で収益が圧迫されている中、さらに米関税の悪影響が顕在化すれば、「利益を削って受け入れざるを得ないということになる」とし、最後の手段としては人員削減もあり得ると語った。

  こうした懸念は、全国各地にある製造業が盛んな地域に広がっている。群馬やトヨタで知られる愛知県では、中小規模のサプライヤーが緊密なネットワークを形成し、雇用と投資を支える国内最大の輸出源である自動車産業の屋台骨を支えている。日本の労働人口の約66%が従業員1000人未満の企業に勤め、その多くが直接または間接的に同産業に関わっている。

Trump痴 Auto Tariffs Put Japan痴 Policy Normalization at Risk

  賃金と物価の好循環の兆しが出始めた矢先、日本はトランプ関税ショックに見舞われた。政策当局者は、賃金の上昇が消費を喚起し、物価を押し上げるという流れが、長年続いた経済停滞からの脱却を後押しすると期待している。だが、関税により自動車メーカーの賃上げや成長計画に暗雲が立ち込め始め、日本がようやく築きつつあった回復の勢いは失速するリスクに直面している。

  米国の関税発動前から、正田製作所のような企業は、世界的な電気自動車(EV)への移行で対応に苦慮していた。中島社長によれば、中国にある2つの工場で人員削減を余儀なくされたほか、新規設備投資も凍結。現時点で来年の従業員約200人の賃上げが可能かどうかは分からないという。そうした状況に米関税が追い打ちをかけ、先行きは一層厳しさが増している。

  中島氏は、「現状のままのビジネスの延長の先に明るい未来はないというのは、私も常日ごろ、社内でも言っている」と語った。

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  日本政府は影響の拡大を抑えようと対応に追われている。7月に参院選を控え、石破茂首相にとっては関税交渉で国益を守ることが急務だ。交渉を担当する赤沢亮正経済再生担当相は、15日からカナダで開かれる主要7カ国首脳会議(G7サミット)前に一致点を見いだすため、6回目の訪米を行う見通し。サミットでは石破首相とトランプ大統領が直接会談する可能性がある。

  関税交渉における日本側の最良シナリオは、自動車関税を10%まで引き下げることだとアナリストらはみている。ただ、影響は和らぐものの、完全に消えるわけではない。

  ブルームバーグ・インテリジェンス(BI)の自動車担当シニアアナリスト、吉田達生氏によると、通常は関税のコストは分散され、サプライヤーと自動車メーカー、消費者それぞれが約3分の1ずつ負担することになるという。同氏の試算によると、10%の関税率であれば、年間2-3%程度の段階的な価格引き上げとモデルチェンジによる購買意欲の維持により、時間をかけて対応可能だという。ただし、さらに高ければ負担はいっそう重くなる。

  日本自動車工業会によると、自動車産業は国内の労働力の約8.3%に当たる558万人を雇用し、国内総生産(GDP)の約10%を占めている。賃金のトレンド形成に大きな影響力を持ち、貿易においても重要な役割を担う。米国は日本にとって最大の輸出先で、自動車および同部品は日本の対米輸出の3分の1を占め、対米貿易黒字の最大の要因ともなっている。トランプ氏は長年にわたりこの貿易不均衡の是正を訴えてきた。

US Is a Huge Market for Japanese Carmakers | Car sales by market in 2024

  日本国内の自動車生産は年間約900万台で、そのうち150万台を米国に輸出している。BIによると、中でもスバルは米国への依存度が高く、世界販売台数の約7割を米国が占めている。

  スバルは、米関税に対して何も対策を講じなければ、26年3月期の営業利益が約25億ドル(約3600億円)程度押し下げられるとの試算を示した。選択肢の一つとして、米国内への生産の一部移管が考えられるが、それは日本国内での生産に依存する多くの部品サプライヤーにとって打撃となる。

  愛知県に拠点を置く大同特殊鋼(従業員約1万2000人)でも、懸念が高まっている。ハイブリッド車(HV)のエンジンに使われる磁石などを製造する同社は米国に直接輸出していないが、ホンダに加え、国内主要自動車メーカー全てに部品を間接的に供給しており、トランプ関税の影響は大きいとみられる。

  同社の岸幹根執行役員(経営企画部長)は、自動車メーカーが「どういう動きをされるかといったところがすごく大きなポイントになってきた」と指摘。「もう日本で作らない、もしくは自動車の総数が減っていくようなことになると、非常に大きな影響をわれわれは受ける」と語った。

  一部の自動車メーカーは対応に着手している。ホンダはカナダでのEVサプライチェーン構築計画を延期したほか、日本で生産している「シビック」のHVの一部モデルを米国での生産に切り替える方針だ。スバルは、EV開発を含む全ての投資計画を見直している。日産自動車は、メキシコで生産しているスポーツ用多目的車(SUV)の米国向け受注を停止。マツダは、トヨタと合弁で運営する米アラバマ工場で生産するカナダ向け車両の輸出を停止する方針を明らかにした。

  一方、現時点では生産移管を行っていないトヨタの佐藤恒治社長は、中長期的には米国での生産体制拡充を検討する考えを示している。

The Impact on Japan's Auto Industry Could Have Global Effect | Japanese automakers' overseas plants

  事業戦略の前提は大企業と小規模企業とでは事情が異なる。従業員約50人の長谷川有機(群馬県)の長谷川矩之社長は、関税率が15%以上で残れば経営への悪影響は大きくなるとみている。

  ホンダとスバル、日産向けにプラスチック部品を製造する同社は、ホンダが米アラバマ州に生産を一部移管したことで、すでに取引の5%を失ったという。長谷川氏は、日本にはおそらく「弾がない」とし、関税交渉には「期待してない」と語った。 

  長谷川氏は、プラスチック製収納家具などの新たな分野で収益を伸ばすことを模索している。自動車関連ビジネスが打撃を受けるのは確実であり、損失を補うために「自動車以外にあと一つか二つの柱」が必要になるだろうとも述べた。

  他の企業にとっても、今後の戦略は会社の浮沈を左右しかねない。スバルとホンダ、日産向けにプラスチック部品を製造するオガミの尾上弘晃社長は、設備投資には慎重にならざるを得ず、不透明感の高い中、来年の賃上げの見通しも甘くはないという。規模の大きい企業であれば、海外事業を拡大して難局を乗り切る余地があるかもしれないが、オガミのような中小企業は、そうした機動的な資本力や労働力を備えていない。

  同社はフィリピンに工場を持つが、そこでも米関税は適用される。尾上氏は、関税により、10%に満たない薄い利益率がさらに削られかねないと考えている。

  日本銀行は状況を注視している。日銀は安定的な経済成長と持続的なインフレの実現には着実な賃金上昇が必要との立場を示してきた。つまり、2%の物価安定目標を達成するには、おおむね3%の賃金上昇が必要であることを意味している。日銀は10年余り、国債やその他資産を経済規模を超える規模で買い入れる異次元の金融緩和で、この目標の達成を試みてきた。

  消費者物価指数(生鮮食品を除くコアCPI)は3年にわたり2%を上回る水準で推移し、日銀の金融政策の正常化を後押ししてる。 もっとも、日銀は慎重なスタンスを崩していない。所得環境に改善が見られるものの個人消費がなお力強さを欠く中で、日本経済は1-3月期にマイナス成長となった。4-6月期もマイナスとなれば、テクニカル上のリセッション(景気後退)に陥ることになる。

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  日銀の政策委員は懸念を明確に示している。4月30日と5月1日に開催された金融政策決定会合における「主な意見」では、関税に関する言及が多かったことが確認された。ある委員は、サプライチェーン(供給網)の混乱や経済成長の鈍化、賃金への悪影響に警鐘を鳴らした。

  石破首相は今週、40年に平均所得を現在より5割以上引き上げる目標を7月の参院選の「1番目の公約」に掲げるよう自民党幹部に指示した。これは年率で約2.75%の賃金上昇に相当するが、トランプ関税がこのまま続けば達成は容易ではない。

  自動車関連業界の多くの経営者と同様に、尾上氏も米関税を巡る動向を注視している。保護主義の新たな潮流がトランプ政権後も続くのかといった疑問が頭に浮かぶという。

  「4年我慢すればいいという話でもない」という尾上氏。「このままいったら駄目になってしまうので何かしらを考える」と語った。

原題:Trump’s Auto Tariffs Strike at the Heart of Japan’s Economy(抜粋)

--取材協力:Yasufumi Saito、Shadab Nazmi.

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