2万円で何をしろと? それでも「カネを配る」ことにした石破茂首相 参院選、人気取りバトルはどこへ行く
参院選に向け、自民党は19日に発表した公約で、物価高対策として国民1人当たり2万円の給付を盛り込んだ。一方の野党が掲げるのは消費税減税。「給付のほうがはるかに効果的」「やっぱり配るんですか」と互いにけん制し合う。
物価高が続く中、いずれも財源や根拠が薄い減税やバラマキに対しては、効果を疑問視する声があるほか、ポピュリズム(大衆迎合主義)との批判も上がる。人気取りに終始する政治の行き着く先は?(太田理英子、西田直晃)
◆世論調査では過半数が反対
自民党が参院選公約に盛り込んだ、国民1人当たり2万円の現金給付案。石破茂首相は日本時間の18日、外遊先のカナダでの記者会見で「消費税減税には時間がかかる。今物価高に苦しんでいる人への対応として、給付金の方がはるかに効果的」と強調した。

6月19日、与野党党首会談で発言する石破首相(佐藤哲紀撮影)
給付額は年間の食費にかかる消費税負担額を念頭に算出され、財源は税収の上振れ分とする方針。18歳以下や低所得の住民税非課税世帯の大人には、それぞれ2万円を加算する内容だ。石破氏は「決して少なくない」というが…。
報道各社の世論調査では、給付に否定的な反応が目立つ。共同通信が14、15日に実施した世論調査では、反対は54.9%に上った。
◆党首討論では知らぬ顔だった
市民は何を思うか。19日午後、東京都北区の十条銀座商店街で聞いた。
「単なるバラマキですね」。埼玉県川口市のマンション管理人、丸井俊昭さん(66)はきっぱり口にした。物価高の中で賃金上昇が十分できていないとし、「最低賃金をもっと上げる必要がある」と注文する。ホテルの清掃を担当する東京都稲城市の女性(77)は「現金がもらえるのはうれしいけど2万円じゃ何もできない。がんばって働いて税金を納めている人には全然還元されてない」と、納得いかない表情だ。

6月11日、党首討論で対峙する石破首相と立民・野田代表(中央左)=潟沼義樹撮影
現金給付は4月にも自民党内で検討されたが、世論調査で不評だったこともあり、見送られた経緯がある。石破氏は今月11日の国会での党首討論では「政府として検討している事実はない」と答えていた。その2日後、党の公約に盛り込む方針が示された。
◆配る自治体「下請けじゃない」
現金給付が実施される場合、事務手続きを担うことになる自治体からは反発の声が相次ぐ。
「自治体を疲弊させる話にうんざり」とX(旧ツイッター)で苦言を呈したのは、千葉県の熊谷俊人知事。政府が一元的な給付の仕組みをつくらないまま提案しているとし、「本来、市民福祉等に充てるべき職員稼働、国民の税金が膨大に奪われる」と指摘した。兵庫県芦屋市の高島崚輔市長も「地方自治体は国の下請けではない」と批判した。

千葉県の熊谷俊人知事(資料写真)
不評でも、なぜ現金給付に踏み切るのか。ジャーナリストの鈴木哲夫氏は「参院選が近づき、減税を掲げる野党と闘うカードがないと党内から突き上げがあった」と説く。春ごろまで石破氏は減税も視野に入れていたとみるが、財政規律を重視する自民党の森山裕幹事長や財務省は減税に否定的だったという。「背景には石破氏の党内基盤の弱さがある。備蓄米放出で、随意契約への転換を認めた財務省の意向を否定できない事情もあった」とみる。
◆世代や所得「分断あおるだけ」
一方、ジャーナリストの鮫島浩氏は、世論の反発を「住民税非課税世帯への優遇ととれ、税や社会保障の負担が大きい現役世代の怒りを買っている」と指摘。その上で「今回の給付は世代間闘争、中間層と低所得者層の対立をあおり、亀裂を広げるだけ。経済政策の効果がないだけでなく、社会政策としても誤っている」と断じる。

6月19日、与野党党首会談を終え、記者団の取材に応じる立憲民主党の野田代表(佐藤哲紀撮影)
自民党が現金給付を主張するのに対し、ほとんどの野党が消費税減税を掲げる。石破氏は5月19日の参院予算委員会で「財政状況はギリシャよりもよろしくない。減税の財源を国債で賄う考え方には賛同しかねる」と述べるなど減税に否定的な姿勢を見せる。「ギリシャ危機」を思わせる発言が波紋を広げた。
今月の参院決算委でも2023年に債務残高の対国内総生産(GDP)比が240%に達したことを根拠に「債務危機に陥ったギリシャよりも高い。日本の財政は厳しいという事実を申し上げた」と持論を再び展開した。
◆「首相がポピュリズムに走った」
石破氏が頼りにする自民党の森山幹事長も減税論をけん制し、5月18日の講演で「ポピュリズムの政治をしては国が持たない。つけは国民に全て返っていく」と重ねて強調した。
今月11日の党首討論で石破氏は、現金給付に触れた立憲民主党の野田佳彦代表の追及を、はぐらかす答弁でかわした。そこに来て表明された現金給付。国民民主党の玉木雄一郎代表はXで「やっぱり配るんですか」と苦言を呈した。

参院選公約で現金給付を盛り込んだことを表明した石破茂首相を批判する国民民主党・玉木雄一郎代表のXの投稿
現金給付はポピュリズムに当たらないのか。法政大の白鳥浩教授(現代政治分析)は「減税論に対抗するあまり、ポピュリズムに敗れたばかりか、首相自らその方向に走ったと言わざるを得ない」と厳しく指摘する。
◆高所得者には「後で課税したら」
与野党ともに「政権選択選挙に値する」と位置付ける参院選。争点が「給付か減税か」の二者択一に傾きがちな様相に対し、白鳥氏は「現状ではポピュリズム対ポピュリズムの選挙戦になりかねない。野党は先行きに不安を残した減税論に傾き、与党は現金給付やコメの価格下落を前面に出すだろう。『責任なき政治』が横行してしまう」と危機感を募らせる。
現金給付を巡り、与党内からは「低所得者に重きを置いた」との声も聞こえているが、元財務官僚で法政大の小黒一正教授(公共経済学)は「最後は政治判断だが、対象者が国民一律というのはやはり非効率ではないか」と疑問を呈す。「低所得者に絞った対策とするならば、いったん給付した上で来年度の税制改正で高所得者に課税することで、給付分を回収する手だてもある」と提言する。
◆割れそうな氷の上のジャンプ
さらに、目先の得票にとどまらない腰を据えた政策の必要性を説く。「現金給付はその場しのぎの対策に過ぎない。本当の物価高対策とは、労使のメカニズムを機能させ、物価上昇に追い付くような、持続的に実質賃金を上げる構造を実現させること。将来の費用負担の増大が見込まれる医療、介護などの社会保険料の抑制も必須だ」

財務省(資料写真)
給付と減税。いずれにも懐疑的な目を向けるのは、経済財政政策に詳しい明石順平弁護士だ。「財政再建が進まず、国債の金利は上がり続けている。今後は次元の違う深刻な円安を招きかねない。本来なら、安易な財政ポピュリズムに歯止めをかける必要がある」と指摘するが、大衆迎合的な空気の中では前途は見通しにくいという。「インフレは世界的に進行しており、債務増加は日本に限らない。少子高齢化が進む国々の共通の課題だ。割れそうな氷の上でジャンプしているような危機的状況だ」
国家財政だけではなく、政治の現場に漂うポピュリズムの雰囲気。「財務省解体」を叫ぶデモに賛同の声を寄せ、偏った歴史認識を臆面もなく披露する政治家もいる。前出の白鳥氏はこう苦言を呈する。「刹那的に物事を捉え、長期的な展望を欠く政策が前面に出がちなのがポピュリズム。短時間かつ、ワンフレーズの動画が飛び交うSNSと悪い意味で好相性と言える。耐性を持たない有権者は気を付けたほうがいい」
◆デスクメモ
2万円の根拠は、食費にかかる年間の消費税負担額だという。食費に年25万円かかる計算で、日額にすると約685円と現実離れしている。結局、理由は後付けなのだろう。必要なら選挙公約でなく、政府が政策として実施すべき問題。金が欲しければ自民に投票しろということか。(祐)

(写真はイメージです)
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