"敵失"でドル全面安、なのにこの程度の円高にしかならない残念な円、「円相場の地力」が可視化された上半期を総括

トランプ関税に端を発したドル全面安の中で円の上昇は限定的だった(写真:UPI/アフロ)
(唐鎌 大輔:みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト)
「裏の主役」だった欧州
2025年も上半期を終えた。予想通り、第二次トランプ政権の一挙手一投足に振り回される期間だったが、「どうせ関税政策はブラフ(はったり)」という大方の予想に照らせば、想定外の事態に陥っているとの評価で差し支えないだろう。
米国が予想以上に孤立主義へ旋回したことで、金融市場では「ドル離れ」が一大テーマとなり、もとより存在した第二次プラザ合意やマールアラーゴ合意といったレジームチェンジへの期待がにわかに高まった。
この点、筆者は米国債離れの背中を押し、基軸通貨性の毀損にもつながりかねないドル安誘導はトランプ政権の望むところではなく、「米国主導のドル安相場」という思惑はあくまでメディアのナラティブと考えてきた。現時点で入手可能な続報を踏まえる限り、この考え方はおおむね正しかったと考えている。
なお、トランプ政権が相場の主役となることは事前に予想されていた展開だが、その余波で、意外にも上半期に注目度を高めたのが欧州だった。
トランプ政権の孤立主義が安全保障面における欧州の戦略的自律を促したという事実が歴史的には特筆されそうだが、為替市場でも欧州の相対的な高評価が際立った期間であった。
その意味で「表の主役」は予想通りトランプ政権だったが、「裏の主役」は欧州だったというのが2025年上半期の注目点と言えそうである。
例えば、G10通貨の動きを具体的に見てみよう(次ページ図表①)。
ドルに対して軒並み二桁以上の上昇率を示した欧州通貨
上半期の対ドル変化率を見ると、上位陣はスイスフランが+14.4%、ユーロが+13.8%、英ポンドが+9.7%といった主要欧州通貨が並ぶ。これら3通貨以外でもスウェーデンクローナが+17.0%、デンマーククローネが+13.8%、ノルウェークローネが+12.9%と軒並み二桁上昇率を実現している。
G10通貨最大の上昇率を示したスウェーデンクローナは、地政学リスクの高まりを背景として同国の軍事産業に特需を期待するようなムードもあり、しばしば金融市場でも名前が挙がっている。この点は下半期も持続しそうな材料だろう。
【図表①】

このような値動きだけを踏まえれば、相互関税が公表された「解放の日」以降からくすぶる「ドルから欧州通貨へのローテーション」への期待はどうしても膨らむところだろう。
実際、次回以降のコラムで詳しく論じるが、4月時点の対米証券投資統計(TICデータ)では米国からユーロ圏への資金純流出が確認されているため、今後も検証を要する論点と筆者は考えている。
とはいえ、4月時点のTICデータに限れば、ユーロ圏の資金引き揚げは目立ったものの、政府年金基金による米国からの資金引き揚げが話題になったノルウェーは純流出が限定的であったし、英国から米国に至っては大きな純流入が確認されていた。
為替市場の実勢が示すほど「ドルから欧州通貨へのローテーション」を裏付けるハードデータが揃っているわけではない。「そうかもしれないし、そうではないかもしれない」程度の認識にとどめるべきである。
欧州へのローテーション期待については現時点で半信半疑という姿勢を保ちつつ、「構造的な欧州買い」が始まっている可能性は当面、留意しておいた方がいい。
その上で米国が能動的にドル相場を下げることはないが、金融市場が欧州の相対的優位を評価し、受け身的にドル相場が下がる展開は十分あり得るため、今後の見通し策定においても考慮すべき論点と考える。
「この局面でも円はこれしか買われなかった」
こうした中、円も対ドルで+9.3%と近年では例外的に大きな上昇幅を実現しているが、欧州通貨には劣後している。為替市場は常に「相手がある話」だ。ドル全面安が発生すれば、その裏側で誰かが通貨高の按分を引き受けることになる。
既に述べたように、その多くは欧州が引き受け、日本、オセアニア、カナダには回ってきていないという印象が強い。
既報の通り、2025年上半期のドル相場はプラザ合意時に匹敵するほどの下落に直面しており、その中で非ドル通貨がまとまった幅で押し上げられるのは必然である。それは構造的な脆弱性が指摘されてきた円も例外ではない。
問題はその程度だ。過去3年間の下落幅を踏まえれば、そして日銀の金融政策が主要国の中で唯一利上げ方向にあることも考慮すれば、円の上昇幅はむしろ限定的だった。
図表②は2022年以降の主要通貨(G20)について、各年の騰落率を積み上げて比較したものだ。2025年初来の円の上昇率をもってしても2024年の下落率(▲11.3%)を相殺しきれているわけではない。
【図表②】

2023年以前の下落局面も踏まえれば、この程度の円高では全く帳尻が合わない。ドルの基軸通貨性にまで疑義が及んだ2025年上半期は円を含めた非ドル通貨が買い戻される最大の好機であったはずであるから、「この局面でもこれしか買われなかった」という評価が実態に近いのではないだろうか。
可視化された「円相場の地力」
さらに言えば、方々で繰り返し論じられているように、IMM通貨先物取引に象徴される「投機の円買い」は歴史的な高水準まで積み上げられているが、そこまでポジションが傾斜してもこの半年間程度の円高だったという認識も持ちたいところである。
2025年上半期はドルの(大幅な)敵失によって構造的な脆弱性が認知されつつある円が浮揚できる貴重な期間だったように思えるし、言い換えれば「円相場の地力」が可視化された期間だった。
もちろん、下半期以降もトランプ政権の挙動は不透明感が大きく、敵失によるさらなる円高も期待できるところだが、上半期の挙動から判断する限り、ドル/円相場の下値余地はさほど大きくないと考えておくのが妥当ではないかと思われる。
パウエル体制下でのFRBの連続利下げ、日銀の連続利上げ、相互関税の当初案通りの発動などが重なることで140円割れも視野に入る可能性はあるが、少なくともメインシナリオではあるまい。
※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です。また、2025年7月2日時点の分析です
唐鎌大輔(からかま・だいすけ) みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト 2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(2022年、日経BP 日本経済新聞出版)。