トヨタは「新車依存」を捨てた? 既販1.5億台から収益2兆円の「バリューチェーン戦略」、自動車産業の何が変わるのか

バリューチェーンビジネスの台頭

 2025年6月12日、愛知県豊田市のトヨタ自動車本社で株主総会が開かれた。6752人の株主が出席し、同社公式メディア「トヨタイムズ」によると、株主から将来戦略に関する質問が寄せられた。これに対し、宮崎洋一副社長は2025年5月に公表した決算内容を踏まえ、トヨタがこれまでに販売した1億5000万台のユーザーを新たな財務基盤として位置づける方針を明らかにした。

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 以下は、2025年6月20日付け「トヨタイムズ」からの宮崎副社長の発言である。

「新たな財務基盤の柱として如実になってきているのがバリューチェーンでの収益です。新車をつくってお届けするだけではなく、グローバルで1.5億台の保有がある既存のお客様とのお付き合いをより長く、太くすることにより、バリューチェーン収益を今日まで、徐々に徐々に、地道にですが積み上げてきております。近年では、年間でおよそ1500億円プラスの収益貢献ができるようになっています。今期で言えば、バリューチェーン収益を2兆円台まで伸ばすことができてきています。ご案内の通り我々は、電動化、知能化等々、新たなクルマづくりを続けており、先日発表したRAV4には「Arene」を搭載し、Software Defined Vehicle(ソフトウェア・ディファインド・ビークル)という形で、新しいバリューチェーン領域の可能性も広げることができていると思っております。こうした取り組みを通じ、トヨタが新たにモビリティカンパニーに変わっていけるという実感を、株主の皆さま、投資家の皆さまに感じていただければ、株価も上がっていくと信じて進めております」

 バリューチェーンとは、企業が製品やサービスを生み出し顧客に届けるまでの一連の活動やプロセスを指す。具体的には原材料調達から製造、物流、販売、アフターサービスまでのすべての工程を含む。これらを効率化・最適化することで付加価値を高め、競争力を強化するのが目的だ。企業はバリューチェーン全体を戦略的に管理し、収益拡大やコスト削減を図ることが重要となる。

 ソフトウェア・ディファインド・ビークル(SDV)とは、車両の機能や性能を主にソフトウェアで制御・定義する自動車を指す。従来のハードウェア中心の設計から進化し、ソフトウェアのアップデートや追加により新機能導入や性能改善が可能になる。購入後も遠隔で機能拡張や修正ができるため、ユーザー体験の向上や車両の長期的価値維持が期待される。たとえば、運転支援機能の強化や新しいインフォテインメントの追加がソフトウェア更新で実現可能だ。

 トヨタが収益の軸をバリューチェーンへ移すのは、収益構造の変化にとどまらない。トヨタ車所有者との関係性を再定義する試みである。年間約1000万台の新車を売り切る従来モデルから、ユーザーがトヨタ車を長期間使い続けることを前提としたビジネスモデルへと変貌しつつある。

用品・補給品収益の急伸

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トヨタ自動車の2025年3月期決算発表資料より(画像:トヨタ自動車)

 トヨタはこれまで、利益の大半を新車販売に依存してきた。自動車メーカーの本業として当然のこととされてきた。しかし、トヨタは今後、新車販売への依存を減らし、利益構造の転換を目指す方針を示している。

 2025年3月期の決算説明会資料には、2020年3月期以降の営業利益推移が示されている。注目すべきは「新車ほか」と「用品・補給品」の営業利益の比較だ。2026年3月期には、「用品・補給品」や「その他(中古車・コネクテッドサービス)」の利益が「新車ほか」を上回る見込みとなっている。特に「用品・補給品」は右肩上がりで伸びており、トヨタがこの領域に注力していることが明らかだ。

 自動車メーカーの収益構造は、新車への買い替え促進を軸に成り立ってきた。早期に廃車となることが収益の源泉となっている。この戦略はマーケティング用語で

「計画的陳腐化」

と呼ばれる。製品のライフサイクルを短く設定し、買い替え需要を促す製品計画だ。自動車メーカーは定期的なモデルチェンジを繰り返し、継続的に収益を上げてきた。

 しかし現在の自動車市場は成熟期に入り、モデルチェンジによる需要喚起は難しくなっている。日本では人口減少に加え、若年層の自動車所有意欲も低下しているため、需要は頭打ちに近い。さらに、品質向上により製品寿命は延び、計画的陳腐化のサイクルは長期化している。こうした状況から、買い替え需要を主な収益源とするビジネスモデルの持続性は根本から揺らいでいる。

 加えて、CO2削減を目指す環境規制の強化や自動車に対する価値観の変化により、長期保有を前提としたビジネスモデルへの転換を促す環境も整いつつある。

旧車熱で稼ぐ部品供給網

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GRヘリテージパーツ(画像:トヨタガズーレーシング)

 トヨタが新たに掲げるバリューチェーン収益は、

・メンテナンスサービスの拡充

・コネクティッド技術の活用

・中古車・用品事業の拡大

の三本柱で構成されている。グローバルで約1億5000万台に及ぶ既販車ユーザーとの関係を深め、継続的な収益源として位置づけている。

 宮崎副社長によると、バリューチェーン収益は年間で1500億円以上押し上げる効果を持ち、2025年度には2兆円台に達した。トヨタ自動車の2025年3月期決算では、自動車事業の営業収益が約43兆円、金融事業が約4.4兆円であり、バリューチェーン収益は金融事業の半数近くに迫る規模となっている。

 この三本柱のなかで最も注目されるのは中古車・用品事業だ。トヨタは旧車人気の高まりを受け、2020年1月に「GRヘリテージパーツプロジェクト」を立ち上げた。A70/A80スープラの補給部品の復刻・再販を開始し、スープラやランドクルーザー、ソアラ、セリカなど250品目近いパーツを各販売店やオンラインストアで展開している。この事業はトヨタブランドのロイヤリティ向上に寄与する象徴的な取り組みとなっている。

 バリューチェーン収益のもうひとつの柱は、コネクティッド技術である。車両のライフサイクルにおいて、ソフトウェアの定期的なアップデートが前提となり、それに対応するSDVの開発が進展している。今後は、SDVを中心とした先進技術の普及により、ソフトウェア課金が収益の主要な柱となり、拡大が見込まれている。

 トヨタは2025年度内に発売予定の新型RAV4に、車載OS「アリーン」プラットフォームを搭載すると発表した。アリーンの主な機能は、

・先進運転支援システム

・ユーザーインタラクション(車両とドライバー・乗員が直感的に操作・コミュニケーションできる仕組み。音声認識やタッチ操作、スマホ連携などを含む)

・インフォテインメントシステム(ナビゲーションや音楽・動画再生、スマホ連携、インターネット接続などを提供し、快適で豊かな車内体験を実現するサービス)

の三つである。OTA(無線通信を通じてソフトウェアの更新や修正を遠隔で行う技術)によるソフトウェアアップデートで、ユーザーの要望に応じた性能や機能の向上が可能となる。

 このようにトヨタは、バリューチェーン収益の拡大を着実に進めている。新車販売に代わり、ソフトウェア更新やコネクテッドサービスの継続提供が収益の柱となる。この動きは、自動車が単なる製品から、

「利用されるサービス」

へと変貌する過程を象徴している。EVへのシフトや知能化の進展がもたらした成果であり、ソフトウェア技術の革新が起こした転換点である。

「心のつながり」を軸に据えた成長戦略

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日本自動車会議所の会合であいさつするトヨタ自動車の豊田章男会長=2025年6月10日日午後、東京都千代田区(画像:時事)

 日本自動車会議所の2025年度定期総会が、6月10日に開催された。新会長に就任した豊田章男氏は、「クルマをニッポンの文化に!」をスローガンとして掲げた。就任スピーチでは、「「日本の自慢はなんといってもクルマです」と答えるようにしていきたい」と語ったうえで、自動車会議所は人々の心を動かす団体であるとの考えを示した。

 この発言は、トヨタが進めるバリューチェーン戦略とも通底する。人とクルマの共生のあり方を再定義する試みであり、単なる製品ではない価値を提示しようとしている。

 クルマを長く使い続けられる環境を整えるには、オーナーとの関係性の強化が欠かせない。これは、クルマを所有や消費の対象から解放し、記憶や誇り、時間、体験を共有する存在へと昇華させるプロセスでもある。

 GRヘリテージパーツ事業はその象徴だ。旧車の文化的価値を高めつつ、収益化も図る好例となっている。自動車メーカーがユーザーとの「心のつながり」を深めることで、ブランド価値を高め、持続可能な収益基盤を築く。この発想こそ、成熟産業が次の成長ステージに進むための起点となる。

旧車延命に潜む環境リスク

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トヨタ自動車の2025年3月期決算発表資料より(画像:トヨタ自動車)

 トヨタが収益の中核に据えるバリューチェーンの拡充は、売上の安定化にとどまらず、産業構造そのものの再定義を含んでいるといえる。販売台数の変動や地政学リスクに左右されず、サービスを通じた継続的な収益を得る仕組みが形成されつつある。このモデルは、一時的な収益のブレを平準化し、財務の予見可能性を高める効果を持つ。

 さらに、既存ユーザーとの長期的な接点を通じて、契約更新やサービス追加による利益の蓄積が可能となる。こうした累積的な利益は将来の収益を押し上げる。従来の買われた時点で関係が終わるモデルから、「使い続ける限り関係が続く」モデルへの転換が進んでいる。製品の価値は、単体の機能ではなく、時間を通じて積み上げられる価値として評価されるようになりつつある。

 ただし、この変化は新たなリスクもともなう。収益の重心を製造からサービスに移すことで、技術開発や運用面で膨大なリソースが必要となる。特にソフトウェア領域では、技術力に加え、更新頻度、セキュリティ、そして多様な利用環境への柔軟な対応が求められる。完成品を一括で提供する従来型から、未完成品を継続的に改善し続ける運営体制への移行が不可欠となる。これは組織設計、外部パートナーシップ、品質保証まで広範な領域に影響を及ぼす。

 加えて、車両保有の長期化を前提とするこのモデルには、環境政策との潜在的な齟齬もある。性能の劣る車両の延命が、結果として排出総量を増やす懸念がある。中古車や旧車市場の成長が見込まれる一方で、環境基準への適合をいかに確保するか。また、アップデート可能な車両とそうでない車両のあいだに生じる技術格差や地域格差をどのように制御するか。これらは依然として未解決の課題である。SDGsや各国の規制との整合性を考慮すれば、企業はより積極的に環境対応や技術選別に関与する必要がある。

 要するに、トヨタの戦略は「モノから関係へ」という構造転換にほかならないだろう。販売から関係維持へ、所有から接続へ、消費から継続使用へと重心を移す動きである。その先に問われるのは、技術革新に企業の組織能力と社会的責任が追いつけるかどうかという点だ。この問いに正面から向き合えるかどうかが、日本の自動車産業が再び世界の先頭に立てるかを決定づける。

共生社会を見据えた成長路線

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トヨタ自動車の本社(画像:AFP=時事)

 トヨタが新たに掲げたバリューチェーン戦略は、顧客との関係性を深めることで、自動車産業の価値観を刷新しようとする試みである。収益見通しはその一端に過ぎず、本質的な意義はクルマと人との関わり方を根本から見直す点にある。

 この戦略は、自動車産業が100年に一度の大変革期と呼ばれる転換期を迎えるなか、社会や技術の変化に応答する新たな文化創造への挑戦でもある。

 日本の自動車産業が、誇りある未来像を描くうえで欠かせない視座となる。トヨタのバリューチェーン戦略は、クルマと共に生きる共生社会の実現に向け、着実に歩みを進めている。