Z世代の4人は、いかにしてFIREを成し遂げたのか?

コディ・バーマン氏(左)、ジュビリー・ボッシュ氏(中央)、アンバー・スミス氏(右)は皆、FIRE(経済的自立・早期リタイア)における多くの原則に従っている。
- アメリカの多くのZ世代は、積極的にお金のことを学んで早期の退職を目指している。
- 若いアメリカ人は上の世代よりも多くの投資をしており、3分の2は早期退職を目標に貯蓄をしている。
- 本記事で紹介するZ世代4人は、支出の削減や収入源の分散といったFIREの原則を取り入れていると語る。
Z世代はお金に関する知識を増やしており、多くは早期退職のためにあらゆる手を尽くしている。
トランスアメリカ退職研究センター(Transamerica Center for Retirement Studies)によると、20代前半~半ばの若いアメリカ人は親世代に比べて多くの投資をしており、Z世代の3分の2はすでに退職後のための貯蓄を始めている。
今回Business Insiderが話を聞いた4人のZ世代のアメリカ人は、FIRE(経済的自立・早期リタイア)の原則に従い、30歳の誕生日を迎える前に多くの純資産を築いた。その原則には、支出の削減、インデックスファンドや不動産への投資、副業によるパッシブ収入、早いうちに年金口座に限度額まで拠出することなどが含まれる。
「早期リタイア」の部分には従わず、好きなことをしながらお金も稼いでいきたいと言う人もいた。
彼らのバックグラウンドは、連続起業家、ボーイング社のエンジニア、海軍の下士官などさまざまだ。それでも4人全員が、人生の早い段階で犠牲とリスクを受け入れることがその後の経済的安定のカギになりうると強調する。
起業家、自称「パッシブ収入の専門家」

コディ・バーマン氏は25歳で経済的自立を果たし、現在も他の人々の経済的目標達成を支援している。
現在28歳のコディ・バーマン氏は25歳で経済的自由を手に入れたが、早期リタイアの予定はない。彼は大学時代にいくつか事業を立ち上げ、なかには失敗に終わったものもあったが、ディスクゴルフ用製品の製造で成功を収めた。
「かつては『お金持ち』といえば、1時間に200ドル(約3万円、1ドル=150円換算:以下同)や300ドル(約4万5000円)の大金を稼ぐ医者や弁護士などを思い浮かべていた」とバーマン氏は言う。「でもやがて、必ずしも直線的な関係で自分の時間とお金とを交換しなくてもいいんだと気付いた。自分の時間、労力、お金を捧げて、永遠の収入源になるものと交換することもできるのだ。もちろん、そこには受動的な収入も含まれる」
彼は事業用不動産賃貸会社に勤めながら、毎日朝晩と副業にも取り組み、1日15時間働くこともあった。会社は7カ月で辞めてフリーランス業に従事し、デジタル製品の開発、ブログ執筆、ポッドキャスト番組の配信をした。
25歳のときに副業の年収がおよそ40万ドル(約6000万円)に達し、経済的に自立したと考えた。収入の約90%を貯蓄し、そのほとんどをインデックスファンドと11の賃貸物件に投資した。
「私はFIREのうちRE(早期リタイア)の部分は取り入れていない」とバーマン氏は言う。「事業を構築するのが大好きなのだ」
彼の純資産額は280万ドル(約4億2000万円)に上るが、走行距離10万マイルに迫る2015年型日産トラックにいまだ乗っている。彼と妻は寝室1つの物件に住み、寝室4つの隣の物件を賃貸に出している。住居費を削減することで、旅行、食事、コンサートなどに毎月1万ドル(約150万円)近くを使うことができている。
バーマン氏はゴールドシティベンチャーズ(Gold City Ventures)を共同設立し、ワークショップや講座を通じて、エッツィ(Etsy)で印刷可能な商品を販売する事業の立ち上げ方法を教えている。会社勤めを辞めてオンライン販売で収入を大幅に増やす人たちを見届けてきたとバーマン氏は言う。
長期休暇予定のエンジニア

ジュビリー・ボッシュ氏は長期休暇の取得を計画しているエンジニアだ。
26歳のジュビリー・ボッシュ氏は、大学卒業以来セントルイスでエンジニアとして働いてきた。しかし、純資産が19万ドル(約2850万円)以上ある今、長期の休暇を取ることにした。
ボッシュ氏はカリフォルニアの下位中流階級の家庭に生まれ、母親は専業主婦、軍人の父親はハウスクリーニング事業を始めるまで3つの仕事を掛け持ちしていた。倹約するように育てられたが、投資のやり方を学んだことはなかった。
コミュニティ・カレッジと4年制大学に通って機械工学の学位を取得し、給付型奨学金と大学時代の仕事と両親からのいくらかの援助のおかげで、借金ゼロの状態で卒業した。
インターンシップを経てボーイング(Boeing)に正社員として採用され、年収6万4000ドル(約960万円)を稼いだ。社会人生活になかなかなじめず心身ともに疲れ果てたが、それでも昇進を続け、年収9万5000ドル(約1425万円)への昇給も交渉した。この頃、彼女は経済的自立を達成するための戦略を研究し、友人たちの拠出年金口座開設を手伝いながら自分の投資額も増やしていた。
支出は年間2万2000ドル(約330万円)程度に抑え、貯蓄のほとんどは運用に回した。パートナーと一緒に狭い部屋に引っ越し、計画を立てて自炊し、旅行向けのクレジットカードを作って飛行機代の負担を減らした。
「自分が従来的なキャリアを望んでいないことは気付きはじめていたし、これからの人生で定職に就かない空白期間もあるはずなので、そのときの税負担を減らせるようにしている」とボッシュ氏は言う。
彼女には1年間仕事を休めるだけの運用資産と貯蓄があったので、投資を減らして現金の蓄えを築いた。今はもう「超倹約」をする必要はなく、自分にとって大切なことにはお金を使えるとわかった。現在の彼女は複数のキャリアパスの可能性を考えているので、リタイアの年齢は45歳から55歳の間と見積もっている。
「自分が喜びを得られるものにお金をもっと使うようになった。暮らしをいくらか贅沢にすることにはちゃんと価値があって、結局それによる収支の変化はわずかなのだと気づいた」
オンライン再販売業者兼コンテンツクリエイター

アンバー・スミス氏は保険業界の仕事を辞め、かつての副業にフルタイムで従事している。
27歳のアンバー・スミス氏の純資産額はおよそ25万ドル(約3750万円)で、副業にフルタイムで従事するため今年に技術職を辞めた。
ウェスト・デモインに住むスミス氏は、小遣い稼ぎにイーベイ(eBay)で物を売る両親から副業の重要性を説かれたという。大学では全額奨学金を得て、ファイナンシャルプランニングのインターンシップに参加した。ファイナンス関連のブログを読み、上司からも他の人および自分自身を未来に向けて備えさせる方法を教わった。
「初めて会社での本格的な仕事を経験して、あと40年こういう仕事を続けるか、今積極的に貯蓄をして、働く期間をはるかに短縮するかのどちらかだと思った」とスミス氏は言う。
卒業後は地方自治体と銀行で契約に携わる仕事をした。大学卒業から2年後には新興企業に就職して年収7万8000ドル(約1170万円)を稼ぎ、その後に就職したフィンテック企業での年収は約10万ドル(約1500万円)だった。しかし、これら2つの会社からはいずれも解雇され、その後、保険の仕事に就いたときにはストレスを感じながら方向性を見失っていた。
スミス氏は保険の仕事を辞め、副業を成長させることにした。数年間は会社勤めをせずに済むほどの貯蓄はあった。リクルーターからの面接の依頼を断り、有料コンテンツの制作と古着の転売に集中した。
会社勤めのときも副業としての転売で年間3~5万ドル(約450万~750万円)を稼いでいた。ブランドとの提携とインフルエンサーとしての活動により、2024年は最初の5カ月で2023年全体よりも多くの収入を得た。コンテンツ制作による収入はそれよりも不安定ではあるが、ブランドとの契約で一度に2800ドル(約42万円)を得たこともあれば、1000ドル(約15万円)以上を稼いだ取引は複数あった。
会社を辞めて収入が減り、今年は貯蓄額が減ったが、賢く投資をしているおかげで純資産は増えつづけている。そのため、さほど心配していないとスミス氏は言う。
「生活費を賄う手段は欲しいが、ストレスのない方法でやっていきたい。たとえ保険の仕事をしていたときより収入が減っても、心の平穏はとても大切だ」
ファイナンシャルプランナーを目指す海軍下士官
27歳のコーリー・サーキシャン氏は、8年前から海軍の下士官水兵として働き、その間に37万5000ドル(約5625万円)を貯蓄・運用してきた。彼と妻と2人の子供は6年前から単一収入世帯であり、サンディエゴ、ハワイ、コネチカットに移り住んできた。
サーキシャン氏には海軍に入隊する前に1万ドル(約150万円)の貯蓄があり、入隊後3年間は食費と住居費の心配がなかったので、稼ぎのほとんどを貯蓄に回すことができた。2016年に4年落ちのホンダのシビックを現金で購入し、今もそれに乗っている。
2018年、サーキシャン氏は官舎を出て結婚した。階級で定められた月2700ドル(約40万5000円)の住宅手当が支給されたが、妻と一緒に家賃月1700ドル(約25万5000円)のアパートを見つけて残りを貯蓄に回した。軍に所属している限りは医療費もずっと無料だ。
2020年、彼は拠出年金口座と連邦公務員向け確定拠出型年金スリフト・セービング・プラン(Thrift Savings plan)を通じてインデックスファンドへの投資を始め、妻とともに分譲アパートを購入し、10%の頭金を支払って残りは金利1.75%の15年ローンを組んだ。2年後にはコネチカット州に引っ越さざるを得なくなったが、アパートは購入額よりも7万ドル(約1050万円)高く売れたので、子供たちの学資積み立て口座529プランを開設し、中古車を購入し、証券口座にも資金を投入した。
一家は現在、拠出年金口座に18万ドル(約2700万円)、課税後証券口座に12万5000ドル(約1875万円)、普通預金口座に4万5000ドル(約650万円)、529プランに2万1000ドル(約315万円)を入れている。貯蓄でハワイ4島とニュージーランドに旅行もした。サーキシャン氏は海軍を辞めた後はファイナンシャルプランナーの道に進みたいと言う。
「我慢して倹約しているとは感じていない」とサーキシャン氏は言う。「初めのころはいくらか我慢したかもしれませんが、今はかなり良いバランスを見つけられたと思う」