ステランティス「4000億円赤字」「FCV撤退」という衝撃――欧州水素戦略の見直しを迫る構造的課題とは

燃料電池撤退の衝撃

 ステランティスは2025年7月21日、2025年1~6月期の最終損益が23億ユーロ(約4000億円)の赤字となる見通しを明らかにした。前年同期は56億ユーロ(約9740億円)の黒字であり、急激な業績悪化が浮き彫りとなった。

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 ステランティスは、2021年に誕生した多国籍自動車グループで、フランスのPSAグループ(プジョー、シトロエンなど)と米国のFCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)の経営統合によって設立された。欧米を中心に14ブランドを展開し、世界第5位の自動車メーカーとしてグローバル市場に大きな影響力を持つ。

 背景には、米国で導入された「トランプ関税」の影響がある。メキシコやカナダなどからの輸入車に高率関税が課され、販売減や減産を強いられた。ステランティスはこの影響による損失を3億ユーロ(約522億円)と試算している。

 同年第2四半期(2025年4~6月)の世界出荷台数は144万台となる見通しで、前年同期比で6%減少した。特に北米市場では25%減と大幅な落ち込みを記録した。2024年時点で米国における販売の約4割以上がメキシコ・カナダ製の輸入車であったことが、今回の打撃を大きくしている。

 ステランティスは2025年4月に、関税対応として北米への輸入車を減らす方針を示しており、それにともなう生産・雇用調整にも踏み切っている。

 同社が公表した2025年上期の暫定決算によると、税引き前損失は33億ユーロ(約5739億円)に達する。このなかには、大規模なリストラ施策の一環として、

・燃料電池車(FCV)開発計画の中止費用

・ハイブリッド車の需要増に対応するための製造プラットフォーム変更費用

などが含まれる。FCV事業からの撤退は、水素モビリティ戦略の再定義を迫る象徴的な動きでもある。

FCV構想の転換点

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エバーフューエルの水素ステーション(画像:エバーフューエル)

 ステランティスは7月16日、FCV事業からの撤退を正式に発表した。2025年中に予定していた商用FCVの発売計画も併せて中止した。撤退の主な理由として、同社は

・水素充填インフラの整備不足

・高額な資本投資の必要性

を挙げた。加えて、FCVの市場定着には政府による購入インセンティブの拡充が不可欠であるという判断も影響した。

 ステランティスはこれまで、仏ミシュランおよび同国自動車部品大手フォルビアと共同で、燃料電池開発企業シンビオに出資してきた。同社はシンビオの株式を33.3%保有しており、今後の対応についてはパートナー企業と代替策を協議中としている。

 今回の撤退は、単なる個社の判断にとどまらず、欧州が推進してきた水素社会構想にも影響を及ぼす可能性がある。水素エコシステムの実現に向けた前提条件が揺らぎ始めている。

 ステランティスが撤退に踏み切った最大の要因は、水素ステーションの整備が想定より大幅に遅れている点にある。欧州全体での稼働ステーション数は2024年末時点でわずか294か所にとどまり、その約6割がドイツとフランスに集中している。

 一方、電気自動車(EV)向け公共充電ポイントはすでに100万か所を突破し、水素インフラとの格差は年々拡大している。同社は

「2020年代末までに水素を動力とした小型商用車の普及拡大は見込めない」

と明言している。事業計画とインフラ整備スピードとの乖離が、もはや無視できないレベルに達したという認識である。

 FCVは、インフラという前提が整って初めて成立するビジネスモデルである。その前提が崩れた以上、撤退は必然といえる。水素モビリティの実現に向けた道筋は、改めて抜本的な見直しを迫られている。

シンビオ揺らす撤退劇

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シンビオ・ギガファクトリー(画像:シンビオ)

 ステランティスの撤退によって、最も大きな影響を受けるのが仏燃料電池開発企業シンビオである。ステランティスは同社の主要顧客であり、全取引の約8割を占めていた。そのため、今回の撤退はシンビオの事業モデルを根幹から揺るがしている。

 シンビオは従業員約650人を抱え、2023年にはフランス東部にギガファクトリーを開設したほか、米国カリフォルニアにも新拠点を設立していた。急拡大の最中にあった企業にとって、最大顧客の撤退は極めて大きな痛手である。燃料電池事業は、

・水素インフラの整備

・FCスタック(燃料電池セル)の生産

・各種部品やシステムの供給網

・車両統合設計

など、複雑で広範なサプライチェーンによって成り立つ。いずれも多額の初期投資を要するが、それに見合う需要と収益が追いついていない。

 資本回収には10年以上かかるとされ、短期的な収益を求めるビジネスモデルとは整合しづらい構造的課題を抱える。この非効率性が、FCV事業に対する投資判断を慎重にさせている要因のひとつでもある。

 さらに、環境面での評価もFCVにとって逆風となっている。国際クリーン交通委員会(ICCT)が発行した2025年版リポートによると、FCVの走行1kmあたりのCO2排出量は175gとされている。これはガソリン車やディーゼル車より約26%少ないが、バッテリー式電気自動車(BEV)の排出量63gを大きく上回る。

 ICCTは、水素の大半が依然として天然ガス由来である点を問題視している。実際、2023年時点で世界の水素生産の約9割が天然ガス由来であり、「グリーン水素」と呼ばれる再生可能エネルギー由来の水素は、わずか0.4%未満に過ぎない。

 一方、グリーン水素を用いた場合、FCVのCO2排出量は1kmあたり50g程度にまで低減するという分析もある。ただし、現時点ではグリーン水素の供給体制は極めて限定的であり、理想論にとどまっている。

 道路貨物輸送センター(SRF)も同様の懸念を示している。2024年7月、パリ五輪直前に、IOCのトーマス・バッハ会長や大会組織委員会に宛てて公開書簡を発表し、水素自動車の使用に反対を表明した。

 SRFはこのなかで、FCVはBEVの3倍の電力を消費し、CO2排出量も多くなると指摘。トヨタが提供した水素車の使用撤回を求めた。こうした指摘は、FCVが必ずしも持続可能なモビリティとは言えないとの印象を市場に与えている。

このように、技術・経済・環境のいずれの面においても、FCVには根深い課題が残されており、その普及は依然として厳しい状況にある。

水素車投資の縮小連

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現代自動車・NEXO(画像:ヒョンデジャパン)

 FCV関連事業の縮小や撤退が、各社で相次いでいる。

 ホンダは、栃木県真岡市に2027年度の稼働を予定していた次世代燃料電池(FC)モジュール専用工場の計画を見直した。グローバルな水素市場の環境変化を受け、生産能力を引き下げ、稼働時期も延期する。年産能力は当初計画の3万基から、2万基を下回る水準に縮小する見通しだ。

 一方、ホンダは米GMとの合弁会社「Fuel Cell System Manufacturing(FCSM)」で共同開発したFCシステムの生産を、2024年1月から開始している。今後は、北米市場を中心とした商用分野での協業動向が注目される。

 ルノーも動きを見せた。水素燃料電池技術を手がける米プラグ・パワーとの合弁会社「HYVIA(ハイビア)」を、2025年2月に清算する。欧州での水素モビリティの成長遅れと、イノベーションにともなう高コストが要因とされる。

 トヨタは、2020年に燃料電池車「MIRAI」を6年ぶりにフルモデルチェンジし、現在も販売を継続している。新型モデルの開発も進行中とされるが、2025年の国内販売は月10台程度にとどまる見通しで、依然として市場の広がりは乏しい。

 国内における水素ステーション整備も、普及の足かせとなっている。全国に設置されたステーションは151か所にとどまり、その6割が関東・中部に偏在する。政府は、標準的な供給能力を持つステーション(300Nm3/h換算)を、2030年までに約1000か所設置する目標を掲げているが、進捗は鈍い。

 一方、韓国では水素価格が日本の半分程度に抑えられ、国家主導での支援が強化されている。とはいえ、十分なスケールメリットが得られなければ、FCV単体での事業継続は厳しい状況にある。

 現代自動車は2025年4月、主力FCV「NEXO(ネッソ)」をフルモデルチェンジした。NEXOは2018年の初代モデル発売以来、累計で世界4万台超を販売し、FCV市場のベストセラーとしての地位を確立している。今後の市場動向においても、現代の戦略が焦点となりそうだ。

EV台頭と補完技術論

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セルセントリックの燃料電池システム(画像:セルセントリック)

 欧州委員会は、2035年までに新車販売の100%をゼロエミッション車(ZEV)とする目標を掲げている。この方針のもと、各国はEV向けの購入補助金や税制優遇を拡充し、ZEV普及を加速させている。

 その一方で、バッテリー価格の下落がEVの価格競争力を押し上げている。2024年のリチウムイオンバッテリーパックの平均価格は前年比で約20%下落し、1kWhあたり115ドルとなった。すでに一部のEV用バッテリーは1kWhあたり100ドルを下回っており、EVのコスト優位性はさらに強まる見通しだ。

 これに対して、FCVに必要な水素タンクやFCスタックなどの主要部品は、依然として高コスト構造にある。大量生産によるスケールメリットが働く規模には至っておらず、EVとの価格差は依然大きい。

 こうしたなかで、FCVが一定の競争力を発揮できるとされるのが商用領域である。長距離輸送、冷凍車による物流、送電網の未整備地域における定置型電源など、ニッチかつ高稼働率が求められる用途に限定される。

 欧州では、ダイムラートラックとボルボグループが2021年に合弁会社「cellcentric(セルセントリック)」を設立し、2025年の燃料電池システム量産を目指す。日本国内でも、トヨタと日野自動車、ホンダといすゞがそれぞれ連携し、FC大型トラックの開発に取り組む。

 またトヨタは、FCスタック技術を応用し、定置型電源ユニットの展開も進めている。非常用電源や無停電電源(UPS)として、災害時の電力確保などに実装が進みつつある。現状の制度設計ではEVが主軸となるが、今後はエネルギー源と

「車両用途を切り分ける政策転換」

が必要だ。FCVはEVの代替ではなく、用途補完の役割として再定義すべきである。特に運輸分野のなかでも再電化が困難な領域において、水素の活用は有効性を持つ。補助制度も、車両タイプによる一律支援ではなく、

・CO2削減効果

・総保有コスト(TCO)

に基づく合理的な設計が求められる。水素は万能ではないが、最適な領域に特化すれば、カーボンニュートラル戦略の中で一定の役割を担いうる。

FCV撤退が示す構造問題

 ステランティスのFCV事業からの撤退は、水素モビリティに対する過剰な期待と現実との乖離を改めて浮き彫りにした。市場ニーズと技術開発のギャップ、さらには制度設計の不備が絡み合い、構造的な歪みを生んでいる。水素を“どこで・どう使うか”という基本設計が、いまだに固まっていない現実がある。

 今回の撤退は、FCVの終わりではない。むしろ、水素の「適材適所」な活用を再定義するタイミングが到来したといえる。今後の焦点は、

・輸送や産業用途など、水素が本来の強みを発揮できる領域への集中

・その前提となる産業政策・市場設計の迅速な立て直し

にある。グローバルに見ても、燃料電池関連事業は大きな転換点を迎えている。水素は、もしかすると“間違った場所”で使われてきたのかもしれない。いま一度原点に立ち返り、「どこで」「どう使うか」を見極めるフェーズにある。

 企業がこれからどのように潮目を読み、事業ポートフォリオを再構築していくのか。その判断が、水素経済の命運を左右する。