日立やソニーは何が特別なのか。“高齢”日本企業が陥る「構造的イノベーションの罠」

企業にはイノベーションが求められている。
企業も、人間と同じように“老い”からは逃れられないのかもしれない。
組織が長く存続するほど、領域は固定化し、新しいアイデアは出にくくなる──。早稲田大学商学学術院の清水洋教授らが、そんな仮説をデータで裏付けた研究成果を公表した。
生成AIの登場、地政学やサプライチェーンの問題など不確実性が高まる環境の中で、どうすれば企業は将来の事業軸となり得る新規事業を生み出すことができるのか。組織の“老い”を克服できるのか。清水教授に話を聞いた。
高齢企業は研究開発の「硬直化」でイノベーション減

早稲田大学 商学学術院 清水洋教授。一橋大学大学院商学研究科修了。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスでPh.D.(経済史)取得。一橋大学大学院経営管理研究科・イノベーション研究センター教授などを経て、2019年より現職。著書に『野生化するイノベーション』(新潮選書)など。
清水教授らが発表した研究では、企業のイノベーションを評価するために、企業が取得した「特許情報」に注目。研究開発を伴う事業に取り組む企業を対象に、取得した特許の内容(燃料電池、ハイブリッドの技術といった技術の類型)や登録数、引用数を分析し、企業が研究開発してきた「領域」の変化を測定した。
「研究の結果、3つのことが分かりました。まず、企業年齢が上がるほど、研究開発の領域が変化せず硬直化する傾向にあるということ。そして、硬直的な企業は、質の高い(引用が多い)特許の登録数が減る一方、特許の登録件数は増えるということです。
これは、同じ分野で研究開発を継続することで新規のイノベーションを低下させることを意味します」
この傾向は、日本企業、アメリカ企業どちらにも共通していた。一方で、清水教授はアメリカ企業よりも、日本企業の方が、より早い段階で技術ポートフォリオが硬直化している状況にあると指摘する。

企業の研究開発領域の近似性の推移(左)と、産業領域ごとの「超過利益率」の水準ごとに見た研究開発領域の近似性(右)。超過利益率は、企業の総資産利益率(ROA)と産業平均の差を意味し、10は超過利益率がトップ、1は最下位、5は産業平均と同程度。
加えて、日米ではイノベーションにチャレンジする姿勢にも違いが見られるようだ。清水教授によると、アメリカでは利益率が低い企業ほど硬直化の程度が弱い、つまり新しい研究に挑戦する傾向が強かった。一方で、日本企業では業績の良し悪しにかかわらず、技術ポートフォリオが同じ程度硬直化していた。
もちろん、長期的な研究開発に注力したり、自社技術を守るディフェンシブな特許戦略を取っていたりする可能性もあるが、「既存の研究開発投資が聖域となってしまいリソースを減らせない、という見方もできます」と清水教授は言う。
高齢企業が事業領域の変革を起こすには

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研究開発や事業の領域を戦略的に変革した企業の成功例として、清水教授は日立やソニーを挙げる。日立は強みとしていた広い事業領域を整理して中核事業に資源を集中し、ソニーは高度な製品開発からサービスやエンターテイメントへ軸足を移した。
結果、両社ともに時価総額・収益ともに上がり「ある種成功したと捉えても違和感はない」(清水教授)という。
日本の高齢企業が事業ポートフォリオを再構築して、イノベーションを起こしていくためのポイントは何になるのか。重要なポイントの一つは「イノベーションの役割分担」という考え方だ。清水教授はアメリカを例にこう説明する。
「アメリカでは、産業・経済単位でイノベーションの分業がなされています。リスクが高い技術開発をスタートアップが行い、そこで競争力が出てきた事業を大企業が担う。そして、これらの技術開発の基盤となる基礎研究は、国が大学やスタートアップに資金を拠出して行われます。
これに対して、日本の産業におけるイノベーションは従来、大企業の研究開発部門が担ってきました。企業が自ら、基礎研究への投資や技術開発コストを負担しながら、事業を多角化してリスクを分散し、雇用を守ってきた経緯があります。このため、企業は事業ポートフォリオの再構築や新規事業開拓といった自己変革により、イノベーションに取り組む現状があります」

革新的な技術を開発するためには、基礎研究の積み上げが重要になる。日本では、大学や公的研究機関の予算が減る中、どこが基礎研究の主要な担い手となるかが課題であると、清水教授は指摘する。
イノベーションを議論する上では、基礎研究の担い手をセットに考えなければならない。最近、日本では「ディープテック」と呼ばれる研究開発型スタートアップが、大企業が担えないイノベーションの種を生み出す存在になり得ると期待されている。
こうしたスタートアップが増えていくことで、オープンイノベーションや日本の大企業との連携を通じて、新しい事業を生み出していく可能性は大いにある。ただ、清水教授は、「(スタートアップの数は)もっとあってもいい」と語った上で、
「事業の種はたくさんあると思いますが、それをビジネスにできる経営人材の不足がボトルネックになっている。現状、国内で成功例とされるスタートアップでも、プロの経営人材に任せれば、さらにグローバルなレベルまで事業が拡大できる可能性もあります」
とボトルネックを指摘する。

雇用流動化が低い日本においては、異なる研究分野の研究人材を獲得することが難しいことも技術ポートフォリオの硬直化を促す要因の一つとなっている。まったく新しい研究分野に挑戦しようにも、研究人材の専門性の高さや、雇用規制もあり、簡単に人的リソースを転換できない事情がある。
大企業がスタートアップと連携する上では、すぐに事業化につながるアイデア「以外」にもしっかりと目を向けておくことが必要だ。
「以前、スタートアップとの連携で急成長したアメリカの企業を取材した際、いかに良いアイデアの最初の相談窓口になるかが大事、と語っていました。自社に全く関係のないアイデアも含めて幅広く相談を受け続けることで、いざ自社事業と相性が良いアイデアが出てきたときに1番最初の相談窓口になれる可能性が高くなる。
こういったマインドセットは、日本企業がオープンイノベーションや、アクセラレーターに取り組む際の参考になるのではないでしょうか。」
また、仮に将来の事業のタネになり得る技術が見つかっても、技術開発には時間も資金もかかるものだ。企業が新規事業に十分な投資を進めるには、株主からの理解が欠かせないものの、清水教授は日本企業の研究開発投資は株主に評価されづらい現状があると指摘する。
「(日本では)投資家が企業の研究開発ガバナンスをあまり信頼していないように思います。研究開発の内容が分かりづらく、株主が『よく分からない領域、望むものとは異なる領域に投資されている』と感じてしまうのかもしれません
今後、企業は『投資しようとする技術がどういうもので、どのような市場や機会が生まれ、利益が見込まれるのか』という戦略を、投資家側にクリアに説明することが求められていくと思います」