「パチンコに使っていい金は…」スズキ・鈴木修が説いた“ドケチ道”の真髄に、「そりゃ世界的企業になるわ」と納得!

ケチだけど、作業着は上質にしたワケ, 社員の尿も無駄にしない!, 語り継がれる「左のポケット」の話, 豊田章男氏にとっても「憧れのおやじさん」

Photo:Yamaguchi Haruyoshi/gettyimages

スズキを世界的な自動車メーカーに育てた鈴木修氏は、徹底した「ケチ」で知られていた。しかし、鈴木氏本人は、自身の度を越したケチっぷりを恥じるどころか誇りにしていたようである。軽自動車という小さな市場で勝ち抜き、インドという巨大市場でも成功を収めることができた理由は、彼の哲学にある。(イトモス研究所所長 小倉健一)

ケチだけど、作業着は上質にしたワケ

 鈴木修氏の「ドケチ道」は、工場の隅々にまで浸透していた。工場の蛍光灯は極力減らし、昼間は自然光を取り込んで照明代を浮かせる。部品を運ぶ際には、高低差を利用して重力で流す工夫を凝らした。

 わずかな効率化を積み重ねることで、全体として大きな節約につながると信じていたからである。常に「工場にはカネが落ちている」と語り、改善の余地がどこかにあるはずだと社員に探させた。この辺り、経営の神様、稲盛和夫とも通じるものがある。

 ものづくりメーカーにとって、コスト削減におけるゼロコンマ1円のレベルの切磋琢磨は当たり前のことなのであろう。

 鈴木氏のケチぶりは日常の細部にも表れたわけだが、単純なコストカットではなかったようだ。

 例えば、作業着だ。以前は地味で安っぽい作業着を社員に支給していたのだが、鈴木氏はあえて上質なものに変えた。

 一見するとぜいたくに思えるが狙いは違った。社員がその作業着を誇りに思い、自宅から着て出勤するようになったのだ。会社に着いてから着替える時間が不要になり、無駄が消えた。更衣室のロッカーも小さくて済み、スペースの節約にもつながった。

 見た目を整えることで時間とコストを削減したというわけである。

社員の尿も無駄にしない!

 他にも逸話(近岡裕「スズキ競争力の原点 鈴木修“新社長”時代に見た「ケチ」の極意」日経クロステック、2021年8月26日) があった。

 当時、スズキの工場の男性用トイレには、水洗を止めた便器の下にポリタンクが置かれていたという。社員の尿を集めて製薬会社に売り、しかもその会社に清掃までやらせていたというのである。

 捨てればただの廃棄物を売って収益に変え、掃除費用まで浮かせる。徹底した無駄排除の姿勢がここにも表れていた。

 こうした鈴木修のドケチ道は、軽自動車「アルト」の誕生に直結した。1979年、社長に就任した直後に発売された初代アルトは47万円という衝撃的な低価格で市場に投入された。当時の軽自動車は60万円台が当たり前だったから、安さに誰もが耳を疑った。

 秘密は徹底したコスト削減にあった。

 ヒーター以外はオプション扱い、後部座席にはベニヤ板を使い、見えない部分では部品を共通化した。無駄をとことん削り落とし、最低限の機能だけに絞り込んだ。結果、製造原価は35万円に抑えられた。

 価格が安いからこそ人々の暮らしにすぐに入り込み、アルトは大ヒットとなった。

「あると便利」という語呂合わせまで考え、宣伝に利用した。小さな遊び心すらも、商品をより多く売るための工夫に変えていた。スズキはこの成功で軽自動車市場のトップに躍り出て、ワゴンRなど後のヒット車種につながっていく。

 鈴木修の言うケチは単なる倹約ではない。無駄を省いて得た余力を、必要なところには思い切って投じた。取引先や顧客をもてなすためには、浜松の高級ホテル最上階を借り切ることもした。そこで契約をまとめ、会社を大きくするためには出費を惜しまなかった。

 要は「使うべきカネ」と「守るべきカネ」を徹底的に分けるという哲学だった。

 そんな鈴木氏は、経営の現場で「数字の人」と呼ばれていた。

 社員に常に問いかけたのは「それはいくらか」「何円か」という一点だった。漠然とした説明は一切許さず、必ず金額に置き換えさせた。彼にとって経営とは数字の積み上げにすぎず、情緒的な表現や抽象的な理屈を嫌ったのだ。

語り継がれる「左のポケット」の話

 晩年になってもその姿勢は崩れなかった。91歳で会長職を退いた際も「勘ピューターが働かなくなった」と冗談めかして語ったが、根底には数字で物事を見抜く力が衰えたと自覚した冷静な判断があった。

 経営に感傷を持ち込まず、数字を基準に退き際まで決断した姿勢は、多くの経営者にとって重い教訓となった。

 鈴木氏の経営哲学を象徴する逸話として、多くの人が語り継ぐのが「左のポケット」である。

 若くして営業本部長を務めていた頃、鈴木氏は販売店に対して繰り返し次のように説いた(永井隆『軽自動車を作った男 知られざる評伝 鈴木修』プレジデント社)。

《「八百屋のオヤジさんは、二つポケットのあるエプロンをしていた。市場で朝10万円分を仕入れたなら、店を開けて売り上げが10万円になるまでは、右のポケットにだけお金を入れておく。10万円を超えたらはじめて、超えた分を左のポケットに入れるようにする。左のポケットのお金は、パチンコでも何でも自由に使っていい」》

《左のポケットは利益。10万円を超えないのに、何かに使ってしまったなら、翌朝の仕入れができなくなってしまう。売り上げと利益とを、混同してはいけないという戒めである。》

 同書には、この比喩が経営者や販売現場に深く印象を残したと記されている。八百屋の日常を例に挙げることで、資金繰りの基本と利益の重みを、複雑な言葉を使わず直感的に理解させる力があった。

 単なる節約論ではなく、事業を続けるために何を守り、何を自由に使ってよいかを明確に示したのが「ポケット経営」の核心であった。

 これと比較されるのが、稲盛和夫の「アメーバ経営」である。アメーバ経営は組織を細かい単位に分け、それぞれに独立採算を課す方式で、管理会計を駆使して収益や付加価値を数字で把握する。

 従業員に経営意識を持たせる狙いが強く、大企業の管理手法として完成度が高い。

 だが、制度としては複雑であり、システムや会計知識を前提にしているため、実務に落とし込むには一定のハードルがあろう。

豊田章男氏にとっても「憧れのおやじさん」

 これに対し、鈴木氏の「ポケット経営」は数字の専門知識を持たない人にも即座に理解できる。右と左のポケットというイメージを通じて、売り上げと利益を混同してはならないという根本を体で覚えさせる。

ケチだけど、作業着は上質にしたワケ, 社員の尿も無駄にしない!, 語り継がれる「左のポケット」の話, 豊田章男氏にとっても「憧れのおやじさん」

Photo:SANKEI

 シンプルであるがゆえに、小さな商店主から大企業の幹部に至るまで同じルールで共有できる普遍性を持っていた。

「ポケット経営」の本質は、資金の流れを単純明快に示すことで無駄な出費や資金繰りの失敗を防ぐ点にある。売り上げはまず仕入れや必要経費をまかなうために存在する。そこからはみ出した分が初めて利益であり、どう使うかは自由だ。

 だからこそ鈴木氏は「パチンコでもいい」と冗談めかして語った。冗談の体裁を取りながらも、実際には利益を自由に活用できる境界線を鮮やかに示していた。

 要はどちらのポケットに手を入れているかを常に意識することで、経営が安定するという考えであった。

 この教えは中小企業や個人商店に限られず、大企業の意思決定にも反映された。低価格戦略で大ヒットした初代アルトの開発でも、まず右のポケットを守る姿勢が貫かれた。

 不要な装備を省き、コストを徹底的に削ぎ落とし、原価を確実に回収する。残った左のポケット、すなわち利益を市場開拓や技術導入に投じることで、軽自動車市場に新しい需要を生み出した。

 インド進出の挑戦も同じ発想の延長にあった。守るべき資金を守り抜いたうえで、余剰の力を未知の市場に注ぎ込む。単純なルールを徹底したからこそ、スズキは規模で勝る大手メーカーと世界で渡り合えた。

 稲盛和夫のアメーバ経営が数字を基盤とした管理会計の体系であるのに対し、鈴木氏のポケット経営は直感的な現金感覚に根ざしている。

 どちらも収益を守り抜くという目的は共通しているが、表現方法と浸透力に違いがある。アメーバ経営は組織を動かす制度として優れており、ポケット経営は人の心に残る教訓として力を発揮した。

 鈴木氏が94歳で亡くなったとき、トヨタの豊田章男会長は「憧れのおやじさん」と語って追悼した。自らを「中小企業のおやじ」と呼び続けた鈴木氏の姿勢は、無駄を嫌い、利益を守るという現場感覚を生涯にわたって体現していた。

 ケチであることを恥じず、誇りとした経営者は少ない。左のポケットに利益を積み上げ続けた人生が、スズキを世界的企業へ押し上げた。ケチ道の権化と呼ばれた所以である彼の教えは今も経営の基本を問い直す力を持ち続けている。

ケチだけど、作業着は上質にしたワケ, 社員の尿も無駄にしない!, 語り継がれる「左のポケット」の話, 豊田章男氏にとっても「憧れのおやじさん」