「松屋」が新宿の激戦区にラーメン店「松太郎」をオープン…牛丼チェーンの「多業態化」が進むワケ
「松屋」があらたにラーメン店をオープン
――大手牛丼チェーンの新たな挑戦は、はたして成功するのだろうか。
牛丼チェーン「松屋」を運営する松屋フーズホールディングス(以下「松屋HD」)は7月30日、東京・新宿に新業態であるラーメン専門店「松太郎」をオープンさせた。メニューには、醤油ラーメンや塩ラーメンのほか、冷やし中華や冷麺、そしてサイドメニューにはおにぎりやミニ丼ぶり、ビールなどのアルコール類まで揃っている。
ベーシックなラーメンは1杯680円、味玉とチャーシューが付いた一番高いものでも1080円で提供されており、ラーメン店としては比較的リーズナブルだ。しかし、気になるのが店舗の立地。第1号店となる松太郎の店舗は、人気や老舗のラーメン店がひしめく“ラーメン激戦区”として知られる新宿小滝通りにある。
立地の話題性も相まって、オープン早々SNS上では松太郎のラーメンを実食した感想が見られた。そこには、≪ラーメンもおにぎりも手作り感があります。資本系にここまでやられると、個人店は厳しいなぁ。≫や、≪ラーメン激戦地区の小滝橋通りにオープンした松屋の新業態、松太郎のラーメンを早速食べてきた!醤油と塩、冷やしに冷麺もある。安いし美味しかった≫といった高評価なコメントが並んでいる。

実はラーメンのほかにも……
そんな松屋HDはラーメン店だけでなく、近年は牛丼以外の業態に幅広く着手していることをご存じだろうか。
現在松屋HDは牛丼含む全11ブランドを展開しており、2005年に1号店がオープンしたとんかつ専門店「松のや」をはじめ、カレー専門店の「マイカリー食堂」、寿司チェーン店などを展開。ほかにも、去年1年間だけでステーキ定食がメインの「松牛」、石焼専門店の「トゥックントゥックン」、自家製生パスタ専門店の「麦のトリコ」など、一気に3業態増やしているのだ。

なぜ松屋は現在多業態化を積極的に推し進めているのか、そして今回新たに出店したラーメン業態は波に乗ることができるのだろうか。外食産業に詳しいフードアナリストの重盛高雄氏に話を伺った。(以下「」内は重盛氏のコメント)
“多業態化”は将来を見据えた新たな挑戦
近年、多業態化が目立っている松屋だが、その背景にはどんな意図、事情があるのか。重盛氏はこう分析する。
「牛丼というと一人客や男性客などが多く、ターゲットとなる属性が絞られてきますので、今後牛丼のみで勝負するのは難しくなってくるということが予想されます。そんななかで、幅広い属性の人々にリーチできる商品を見つけ出し、世代を超えたファン層を獲得していくことは各牛丼チェーンにとって課題となっているわけです。
松屋に関しては現在、“多年代を惹きつける商材”は何なのかを積極的に模索しているトライアルの段階であると言えるでしょう。去年スタートした生パスタ専門店の『麦のトリコ』を例に見てみると、野菜を多く使ったメニューが目立ちますが、これによって健康志向の女性をターゲットにしているとも考えられますし、自家製の生パスタというこだわりを見せることで、食への興味がある働き盛りの若めの男性客を取り込むことも考えられます。

ほかにもステーキや寿司など、家族連れでも行きやすい業態など、幅広い業態をトライアルしていくなかで、実際にはどんな客層が店舗へ足を運んでくれるのかをデータを取り、吟味しているのでしょう」(重盛氏)
ちなみに松屋以外の大手牛丼チェーンでも多業態化の流れは強まっている。吉野家ホールディングスは、うどん専門店の「はなまるうどん」に加え、最近では「せたが屋」や「がんくろ」といったラーメン店も運営しており、ラーメン事業を第3の収益源にしていく方針を示している。
他の牛丼チェーンも他業種化が進む
そして「すき家」を運営するゼンショーホールディングスは、ファミレス事業をはじめ、回転寿司チェーンの「はま寿司」、ハンバーガー専門店「ロッテリア」、イタリアンの「オリーブの丘」など計19ブランドを展開しており。いずれの業態もそれぞれの分野でブランド力と存在感を高めている。
こうした牛丼チェーンの多業態化の流れから、松屋も必然的に自らが生き残る道を模索し始めたのだと考えられる。
さらに重盛氏は、松屋ならではの強みについてこう語る。
「牛丼ブランドである『松屋』のなかで業態を広げるのではなく、業態ごとにブランドを確立し、それぞれの特色を出すようなマルチなブランド展開ができているのは強みでしょう。これにより、ブランド同士を掛け合わせて楽しめることができるので、幅広い客層を取り込むことができるのです。
さらに松屋の場合、メインの牛丼事業で仕入れる牛肉を幅広いチャネルを使って消費できるということも強みのひとつではないでしょうか。例えば牛丼では使わない部位を、ステーキ業態のブランドで消費するなど、無駄がなく柔軟性のある肉の仕入れができるのは松屋ならではと言えます」(重盛氏)
「松太郎」を実食してみると……
7月にオープンしたラーメン業態「松太郎」だが、商品にはどういった特徴があるのか。実際に新宿小滝通り店に訪れ、実食したという重盛氏に詳しく話を聞いてみた。
「ベーシックな醤油ラーメンを注文し、食べてみたのですが、麺はストレート麺でモチっとした食感、スープはあっさりしていて、全体的に非常にシンプルでクセのない味わいとなっています。男性客をメインターゲットにしている周辺のラーメン店に比べると、松太郎のラーメンは性別・世代問わない無難な仕上がりになっていると感じました。量もそこまで多くないので、女性でも食べやすいのではないかと思います」(重盛氏)

新宿小滝通り周辺には「蒙古タンメン中本」や「ラーメン二郎」、「麺屋武蔵」といった“こってり系”の店が立ち並び、男性客からの人気が高い。“ラーメン激戦区”ともいえるこの場所に出店した松屋HDの意図も気になるところだ。
「あえて人気のラーメン店がひしめく街に出店することで、話題性を狙ったことが理由のひとつとして考えられます。牛丼チェーンとして有名な松屋のラーメン店が、ラーメン激戦区にわざわざ出店するとなると、話題性は抜群ですし、こうして注目を集めることで、まずは松太郎目当てで来店する客を確保する意図があったのではないでしょうか。
そしてもうひとつ、幅広い商品ラインナップを展開することで、どれほどの集客が見込めるのかを試す場として、このエリアを選んだとも考えられます。松太郎では、醬油ラーメンのほか、塩ラーメンや冷やし麵なども提供されています。周辺のラーメン店が看板メニューで勝負するなか、幅広い商品ラインナップに加え、周囲とは違う系統の味わいのラーメンを提供することで、どういった客層が集まるのかを試しているのでしょう。今回の出店は実験的な意味合いが非常に大きいなのではないかと考えられます」(重盛氏)
そして松太郎の客層について、重盛氏はこう予想する。
「店舗周辺には専門学校や予備校などがあり、学生が多いという特徴があります。松太郎は比較的リーズナブルな価格設定ですので、こうした若年層の客をうまく取り込んでいける可能性は充分あります。
ただ、周辺の人気店は外国人観光客などからも認知されていて、連日行列ができることも珍しくないのですが、私が松太郎の店舗を訪れた際は、ほとんど待ち時間もなくスムーズに入店することができました。まだまだプロモーションが足りていないということは課題ですが、喧騒から離れて静かにゆったりとラーメンを楽しみたい人たちからの需要も見込めるかもしれません。あの立地でどれほどリピーターを増やせるかが、今後のカギとなるでしょう」(重盛氏)

松屋が大切にする姿勢
今回の松太郎をはじめ、松屋の新規業態は今後も増え続けていくのだろうか。
「松屋にとっての現段階の課題は、性別問わず全年齢層から松屋ブランドが認知されていくことです。そのためにはグループ全体のファンを獲得していく必要があるため、今後も多業態化の流れは止めず、進めていくでしょう」(重盛氏)
そして、多業態化するなかでも松屋が大切にする姿勢について、重盛氏はこう続ける。
「松屋は新規ブランドを立ち上げて、実験的に出店してから、長期間にわたって粘り強く客層を観察し、じっくりデータを集めていく印象があります。そこで客のニーズを理解し、反映させるのです。
一方で、ファミレス『ガスト』などを運営するすかいらーくグループも多業態化を進めていますが、新ブランドを出店して一定期間売り上げが見込めないと、すぐにその店舗を閉めて、別の新たなブランドに乗り換えるという出店の特徴があるんです。こうしてしまうと、せっかく獲得した顧客を失うことになり、ブランド全体の新規ファンが一向につきません。
松屋の多業態化の方針からは、“なじみの店は潰さずそのままに、新たなものも試してほしい”という想いが読み取れます。実験的に出店した一店舗に時間をかけて、じっくり人気を獲得していくスタイルで、今後松屋独自の多業態化の展開を見せていくのではないでしょうか」(重盛氏)
――松屋HDの展開するとんかつ業態「松のや」は最近、とんかつチェーンで首位を独走していた「かつや」を抜き、出店を年100店ペースに加速するほどの好調ぶりを見せている。ほかの松屋の新業態も良い波に乗れるのか、今後に注目していきたい。
(取材・文=瑠璃光丸凪/A4studio)
(写真はすべて重盛氏提供)