ドイツ15%、フランス20%上昇の実質賃金…なぜ日本だけ取り残されたのか

ドイツ15%、フランス20%上昇の実質賃金…なぜ日本だけ取り残されたのか
「失われた30年」と言われるように長らく経済の停滞が続いた日本。
現在は、9月8日に日経平均株価の最高値が更新されるなど経済の好調も報じられる一方で、物価高など生活の苦しさも社会問題となっています。
日本が真の意味で成長を果たすために必要なものは何でしょうか?
超人気エコノミストの河野龍太郎氏が日本経済の“死角”を論じます。(全3回の3回)
※本稿は、河野龍太郎著『日本経済の死角——収奪的システムを解き明かす』(ちくま新書)の一部を抜粋・再編集したものです。
米国の実質賃金は25%上昇
それでは、他国(の生産性と実質賃金)はどうなっているのでしょうか。まず、米国を見ると、1998年末以降、2023年までに時間当たり労働生産性は50%程度上昇しました(図1-2)。時間当たり実質賃金は、一時、30%程度上がっていましたが、コロナ禍初期に一時目減りし、その後は徐々に取り戻して、1998年からの上昇は累計で25%程度に上ります。実質賃金は、生産性ほどには改善していませんが、日本に比べると大きく増えているということです。

ただし、このデータの裏側には、第7章でお話しするように、スキルの高い人々の実質賃金が大きく増え、一方で、スキルの乏しい人々の実質賃金は低迷を続け、所得格差が広がっているという事実が隠されていることを、認識しておく必要があります。米国では、イノベーションで生産性が上がっても、一部の人々に恩恵が集中するという、いわば収奪的な動きが政治の不安定性につながっているというのは、改めて論じたいと思います。
欧州は日本より生産性は低いが実質賃金は上昇
これらの数字を見て、読者はどう考えるでしょうか。米国と同程度に生産性を高めれば、日本も多少は実質賃金が上がるはずだから、成長戦略にもっと注力すべきと考える人もいらっしゃるかもしれません。ただ、そうした判断を下す前に、欧州のデータを見ていただきたいと思います。ここで持ち出すのは、経済運営がとても上手く行っているスウェーデンとかデンマークではありません。欧州の大国であり、日本と同様に経済運営に苦しむドイツとフランスです。
図1-3は、米国と日本に、ドイツとフランスを加えた4カ国の時間当たり生産性の推移を描いたものです。図1-4は、それらの4カ国の時間当たり実質賃金の推移を見たものです。

1998年以降、日本の時間当たり生産性は30%程度上昇し、50%上昇した米国には及ばないとはいえ、25%程度上昇したドイツや20%程度上昇したフランスに比べると高めであり、決して不出来とは言えません。一方で、日本の時間当たり実質賃金は、ドイツ、フランスに大きく劣後しています。生産性で劣るはずのフランスは、少なくともコロナ前までは、米国の実質賃金に匹敵する動きを見せており、累計では20%弱、ドイツの実質賃金は米仏には及ばないものの15%弱と、全く増えなかった日本と違って増加しています。
労働者の権利を重視する社会民主主義的な傾向の強いドイツやフランスでは、生産性が改善すると、それが実質賃金にも明確に反映されています。つまり、企業が新たに付加価値を生み出した際、株主がリスクテイクの対価として期待する資本収益率を上回る利益については、労働者にも分配するというレント・シェアリングの社会慣行が根付いているわけです。レントというのは、経済学の用語で、地代という意味もありますが、ここでは、株主が取ったリスクに見合う収益を超えた部分(超過リターン)を意味します。
1980年代以降、新自由主義が世界を席巻し、すっかり社会民主主義的な要素が失われてしまった米国では、確かに資本の取り分が大きく増えています。それでも、増えた付加価値の一部(超過リターンの一部)は、労働者の貢献として実質賃金に反映されています。しかし、日本ではそれが全く反映されていないのです。
日本は収奪的な社会に移行したのか
これらのデータで、筆者の主張の意味するところが、お分かりいただけたのではないでしょうか。日本の問題は、生産性が低いから実質賃金を引き上げることができない、ということではないのです。生産性が上がっても、実質賃金が全く引き上げられていない、というのが真実なのです。それゆえ、筆者は、生産性を上げることの重要性は否定しないものの、喫緊の課題は所得再分配であると長く訴えてきました。家計が収奪されているから、日本経済は長期停滞が続いているのではないでしょうか。
この問題を解く鍵が、2024年のノーベル経済学賞を受賞したダロン・アセモグル、ジェイムズ・A・ロビンソン、サイモン・ジョンソンらの論考にあります。この3人は本書に度々、登場しますが、まず、アセモグルとロビンソンの二人は、2012〜2013 年に世界的ベストセラーとなった『国家はなぜ衰退するのか――権力・繁栄・貧困の起源』において、様々な歴史的事例から、衰退する国家と繫栄する国家には、政治経済的な制度に大きな違いがあることを明らかにしました。
衰退する国家の制度は、収奪的であり、一部の社会エリートが富を独占します。繁栄する国家の制度は包摂的であり、幅広い人々が政治プロセスに参加し、権力が分散されて、自由競争と技術革新が奨励され、豊かさを分かち合うといいます。
アセモグルとロビンソンが懸念したのは、権威主義国家の中国の行く末だけではありませんでした。当時はまだ中国が二桁近い成長を続けていましたが、収奪的な社会システムのままでは、高成長は続かないというのは、経済の専門家の間では、コンセンサスになっていたと思われます。ただ、アセモグルとロビンソンの念頭にあったのは中国だけではなく、自由競争と技術革新が広く奨励されてきたはずの米国においても、イノベーションの果実である富が一部の人々に集中すると同時に、青天井の企業献金が容認され、金権政治がまかり通るようになっており、収奪的な社会へとシフトしているのではないかという問題が強く意識されていました。
なお、翻訳書が日本で出版された際、「収奪的(Extractive)」という言葉に対立する言葉として「包括的」という和訳が当てられていました。2024年のノーベル経済学賞の受賞関連のマスコミの記事でも日本では、「包括的」という言葉が使われているケースがあります。ただ、英語表記は「Inclusive」であり、本書では、「包摂的」という言葉を使 っています。アセモグルたちの真意は「包摂的」であり、その後の著作では「包摂的」が 訳語に当てられています。「包括的」と訳すると、「Comprehensive」と受け取られ、ちょ っと異なる意味になってしまいます。
さて、アセモグルとロビンソンが2020年に出版した『自由の命運――国家、社会、そして狭い回廊』でも、米国が収奪的な社会に向かっていくことがより明確に懸念されていました。ただ、これらの書籍が日本で話題になった際、皆が貧しくなっているとしても、わが日本では、目立った経済格差が広がっているわけではないとして、他人事だと考えられていました。
灯台下暗し。包摂的だったはずの日本の社会制度は、いつの間にか、収奪的な社会に向かっているのではないでしょうか。同時に、四半世紀にわたって実質賃金が横ばいで抑えられてきた結果、諸外国に比べて、日本は、経済的な豊かさが大きく劣後するようになっているのではないでしょうか。
日本経済の死角——収奪的システムを解き明かす

著者名 河野龍太郎
発行元 ちくま新書
価格 1034円(税込)
河野 龍太郎/BNPパリバ証券経済調査本部長・チーフエコノミスト・マネージングディレクター / 東京大学先端科学技術研究センター客員教授
1987年、横浜国立大学経済学部卒業。住友銀行、大和投資顧問、第一生命経済研究所を経て、2000年、BNPパリバ証券に移籍。23年より東京大学先端科学技術研究センター客員上級研究員を兼務、25年より同大客員教授。日経ヴェリタス「債券・為替アナリスト エコノミスト人気調査」で24年までに11回、首位に選出。著書に『成長の臨界』、『グローバルインフレーションの深層』(ともに慶應義塾大学出版会)、『日本経済の死角』(筑摩書房)など。