パウエルFRB議長の最後の闘い

FRBのパウエル議長
米連邦準備制度理事会(FRB)が17日に利下げを決めた時、それは通常の金融政策のように見えた。市場はほとんど反応せず、FRBのジェローム・パウエル議長は、前例のない政治的対立が続く中での決定について激しい反対意見をほぼ回避することができた。
この利下げで始まった政策転換は、ドナルド・トランプ米大統領の優先事項に沿ったFRB高官らが影響力を強める前に、独立機関であるFRBが複雑な逆風に対処できることを証明する、パウエル氏の最後の闘いとなるかもしれない。パウエル氏の議長としての任期は来春に終了する。
パウエル氏は、景気後退が差し迫っているように見えるからではなく、それを防ぐために利下げするという繊細な作業に取り組んでおり、これは自身の任期で3度目のことだ。2019年の取り組みは新型コロナウイルス禍という「邪魔」が入ったため、その効果を判断できなかった。昨年、労働市場自体は安定していたが、インフレ率の低下は今年に入り停滞している。その背景には、トランプ氏による大幅な関税引き上げの影響が出ているとみられる物価上昇がある。
要するに、今回の判断はよりリスクの高いものとなっている。FRBは、他の局面では複雑化しなかった経済成長の鈍化と根強いインフレに加え、FRBの伝統的な独立性に対する異例の挑戦への対処を迫られている。

フェデラルファンド金利(FF金利)の 誘導目標
歴史を振り返ると、パウエル氏の賭けは三つの結果のいずれかが出る可能性がある。FRBは1990年代半ば、それまでの利上げを巻き戻し、インフレを引き起こすことなく景気拡大期を引き延ばすことで「ソフトランディング(軟着陸)」を実現させた。これはFRB議長なら誰もが目指す至高の目標だ。
1967年には、時期尚早な利下げが70年代の根強い物価上昇圧力を引き起こす一因となった。この物価高は政治的圧力と経済状況の「誤診」によって悪化した。そして90年、2001年、07年は、利下げしても景気後退を防げなかった。
17日に発表された、連邦公開市場委員会(FOMC)参加者の経済成長率・インフレ率・失業率に関する見通しは、6月時点の見通しとほぼ変わらなかった。利下げ回数については、6月は年内2回との予想が僅差で過半数を占めたが、17日には年内3回(9月を含む)予想が同じく僅差で過半数となった。FRBが10月と12月のFOMCで連続利下げに踏み切る可能性が高まったことがうかがえる。
その理由は今夏に雇用の伸びが大きく落ち込んだことにある。パウエル氏は17日、FRBが7週間前に政策金利を据え置いた際に「労働市場は堅調な状態にあった」と述べた。
年次改定の結果、雇用者数の3カ月平均増加数は2万9000人(6~8月)となり、当初発表された15万人(4~6月)から低下した。後者は前回のFOMC時に確認できた最新データだった。これは「実際に大きな下振れリスクが存在する」ことを示唆していると、パウエル氏は述べた。

FRBのミラン理事
だからこそパウエル氏をはじめとするFRB高官は、17日に0.5ポイントの大幅利下げに踏み切るなど、より積極的であるべきだったと、一部のエコノミストは言う。米資産運用会社ペイデン&リゲルのチーフエコノミスト、ジェフリー・クリーブランド氏は「雇用の伸びが現在のペースまで鈍化した後に(景気後退を挟まずに)再加速することは、めったにない」と話す。
1990年以降の例外的なケースで今回と唯一近いのは、昨年夏の事例だ。当時、民間部門の雇用の伸びは8月まで鈍化し、それ以降は回復した。「再び同じことが起きるだろうか。確信はないが、懐疑的だ」と同氏は述べた。
クリーブランド氏は、FRBが関税について、インフレ助長リスクを重視し過ぎる余り、輸入品や原材料のコスト上昇に直面するメーカーなどの雇用を阻害する可能性に十分な注意を払っていないことを懸念している。投入コストの上昇に直面する企業は、採用を凍結し、退職者の後任補充を見送ることで、利益を確保する可能性がある。それにより労働市場は一層脆弱(ぜいじゃく)になり、景気減速スパイラルに陥りやすくなる。
FRBが構造的な変化を一時的かつ循環的な弱さと誤認する可能性を懸念するエコノミストもいる。トランプ政権の政策実験――労働力の伸びを抑える移民規制や、1期目よりもはるかに広範な関税引き上げなど――によって、米経済の財・サービス生産能力に恒久的な変化が生じているかもしれない。
そのため、エコノミストは過度な利下げを特に警戒している。インフレが長らく高止まりした結果、消費者と企業は定期的な値上げにますます慣れてしまい、それによってインフレの上昇が続くという事態になりかねない。バンク・オブ・アメリカ(BofA)の元グローバル経済調査責任者、イーサン・ハリス氏はそう語る。
「FRBはインフレを抑制できるとエコノミストが確信しているからといって、一般の人々もそう考えていると想定すべきではない」とハリス氏は述べた。「ここに若干の認識のずれがある。一般の米国人はインフレを非常に懸念している。インフレ懸念が前回の(米大統領)選挙を左右した」
株式市場の活況は一つの謎を浮き彫りにしている。労働市場の軟化と住宅部門の停滞が懸念されているにもかかわらず、消費者支出は堅調を保ち、企業は人工知能(AI)インフラに多額の資金を投じている。問題は、所得の伸び鈍化に伴い支出もいずれ減速するのか、それとも他の要因によって支出が維持されるのか、という点だ。
パウエル氏は、雇用情勢の悪化とインフレの加速という両面のリスクについて率直に語り、「リスクのない道はない」と述べた。
パウエル氏の利下げに関する説明――そしてFOMC参加者の経済・金利見通し――は、通常よりも混乱しているように見えたが、それは現状を反映したものだと、RBCキャピタルマーケッツのブレーク・グウィン氏は指摘する。「当社では、一貫した明確な見方が存在しないのはパウエル氏の責任ではないと考えている」
パウエル氏は今のところ、見通しの不一致と強い政治的圧力にもかかわらず、コンセンサスを維持することができている。3人の連銀総裁(いずれも今年のFOMCでの投票権を持つ)は最近、インフレへの懸念を示していたが、17日の利下げ判断を支持した。7月のFOMCで、利下げすべきだとして政策金利の据え置きに反対票を投じた2人のFRB理事も、今回は賛成票を投じた。
今回の利下げにより、政策金利であるフェデラルファンド金利(FF金利)の誘導目標は4~4.25%となった。
17日に反対票を投じたのは、週初までトランプ氏の上級顧問を務め、今週のFOMCで投票できるようFRB理事に早期承認されたスティーブン・ミラン氏だけだった。ミラン氏はより大幅な0.5ポイントの利下げを支持し、政策金利の年末時点の水準を3%弱と予想した。
こうした金利見通しは、FOMC内での議論が今後激しさを増す可能性を示唆しており、FRB議長が誰であれ分裂状態は続く可能性が高い。FOMC参加者19人のうち7人は年内の追加利下げを予想せず、2人は追加利下げが1回のみ必要だと考えていた。
今後明らかになるデータによってFRB内の分裂が解消しなければ、パウエル氏はFRBの独立性を守るために、その都度不安定な決定を下していくという状況に直面することになる。「われわれは会合ごとに判断する状況にある」と同氏は述べた。