「無料だけじゃ差がつかない」 今、ビジネスホテルで“朝食戦争”が勃発しているワケ

朝食強化の背景

 ビジネスホテルは、立地、客室の広さ、設備スペック、宿泊料金という四つの要素で選ばれる傾向が強い。これらは数値化しやすく、比較が容易なためだ。リゾートホテルや温泉旅館のように、食事や温泉、景観、付帯サービスといった感覚的な魅力で差別化する余地は小さい。

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 では、ビジネスホテルには、これら4要素以外で勝負できる領域はないのだろうか。唯一とまではいえないが、差別化の余地があるのは

「朝食」

である。素泊まり需要が大きい業態ゆえ、朝食が決め手になるケースは多くない。それでも、立地や料金、客室設備などが拮抗する環境では、朝食の完成度が最終的な選択要因になる。

 各社が大浴場などの付帯施設を整備する動きもあるが、設備投資には多額のコストがかかる。その点、朝食の強化は比較的低コストで効果を見込める。結果として、多くのビジネスホテルが朝食を「勝負の場」と位置づけるようになった。

 一方で、朝食競争にあえて参戦しないホテルもある。館内のテナントに提供を委ねたり、周辺飲食店と提携して朝食機能を外部化したりするケースだ。しかし、業界全体で見れば、朝食はもはや

「主戦場」

となりつつある。味や品数だけでなく、地域食材や演出力を競う時代に入ったといえる。

セットメニュー定着の壁

2008年より朝食バイキングを無料化したルートイン(画像:ルートインジャパン)

 ビジネスホテルの多くは、朝食にバイキング形式を採用している。リゾートホテルや温泉旅館のように、和定食や洋定食などのセットメニュー、あるいはハーフバイキングといった形態は少ない。

 バイキング形式は、セルフサービスによって人件費を抑えられるという供給側の利点がある。一方で、利用者にとっても、好きな料理を好きなだけ選べる自由度が魅力だ。合理性を重視するビジネスホテルでは、この形式がもっとも両者の利益を両立できる仕組みとなっている。

 2008(平成20)年、ルートインが朝食バイキングを原則無料化したことで、業界の潮流が大きく変わった。大手から中小まで、多くのホテルが追随し、郷土料理を取り入れるなどメニュー競争も激化した。無料化はもはや差別化ではなく、

「参入の前提条件」

となった。

 その流れを断ち切ったのが、2020年以降のコロナ禍である。衛生面の懸念から、多くのホテルが朝食バイキングを中止した。代わりに、セットメニューや弁当形式への切り替えが進んだ。バイキングを継続する場合も、蓋付き小鉢や個別盛りなど、衛生対策が徹底された。

 一時的に、ホテル側の「提案型メニュー」としての定食や、客室で完結する弁当スタイルの利便性が見直された。しかし、コロナ禍が落ち着くにつれ、再び主流はバイキングに戻った。

 朝食バイキングは、手軽さと満足度を両立できるフォーマットとして、業界標準の地位を固めつつある。ビジネスホテルにおける

「朝食 = バイキング」

の構図は、当面揺るがないだろう。

広がるフードシェアリングサービス

「TABETE」の導入による「ホテルブッフェの日替わり弁当」(画像:藤田観光)

 バイキング形式には供給側・需要側双方にメリットがあるが、同時に大きなデメリットも存在する。それは

「フードロス」

の問題である。

 セットメニューでも完食されるとは限らず、一定の食べ残しは避けられない。しかし、バイキングの場合、各料理は見込み生産となるため、ロス量の予測がさらに難しい。作り過ぎればフードロスとなり、少な過ぎれば早期の品切れにつながる。バイキングでは品切れや補充不足は致命的なクレームとなりうる。

 小規模なホテルでは、宿泊客が少ない日にはバイキングを中止し、セットメニューに切り替える例も珍しくない。

 こうした課題に対応する形で、ホテル業界ではフードシェアリングサービス「TABETE」の導入が進む。「TABETE」は、東京都港区のコークッキングが提供する食品ロス削減サービスだ。藤田観光は2022年に導入し、「ワシントンホテル」「ホテルグレイスリー」の一部店舗で、バイキングの残り料理をランチボックスに詰め「ホテルブッフェの日替わり弁当」として450円で販売している。フードロス削減に加え、新規顧客開拓にもつながっている。TABETEは藤田観光以外でも、

・アパホテル

・ベッセルホテル開発

・三井不動産ホテルマネジメント

・ジェイアール西日本ホテル開発

などが採用する。ただし、導入ホテルは上位クラスやシティホテルが中心であり、廉価なビジネスホテルへの普及は未知数である。

利用者参加型の定食づくり

利用客がプレートと小鉢で仕上げる「完成度の高い定食」(画像:アプリコット)

 フードロス削減では、TABETE以外にも注目すべき取り組みがある。アプリコット(茨城県つくば市)が運営するつくばの湯アーバンホテルの事例だ。ビュッフェの満足度を高めながらフードロスを削減する、という狙いで実施されている。

 同取り組みでは、「完成度の高い定食」から逆算し、工場のライン設計思想を応用することで、誰でも美しく盛り付けられる仕組みを作った。メイン料理と副菜を印象付けるプレートや彩りを添える小鉢を用意し、シェフが出来立てを提供するライブキッチンを導入した。これにより、利用客が「完成度の高い定食」を自ら仕上げられるよう設計されている。結果として、

・盛り付けの失敗

・過剰な取り分け

を防ぎ、必要量だけを美しく取ることが可能となった。利用客の満足度が向上したうえ、フードロスも同時に削減された。同社によれば、2025年4月以降、宿泊予約サイトの口コミ評価は前年同期比で3.6点から4.5点に上昇し、フードロスも半分に減少したという。

 TABETEが余った料理への対応であるのに対し、アプリコットの取り組みはそもそも料理を余らせない対策だ。ライブキッチンは上位クラスやシティホテルでなければ導入は難しいが、プレートや小鉢といった器の工夫で、セルフサービスながら利用客に「完成度の高い定食」を作ってもらう発想は斬新である。

 この手法がフードロス削減に直結するなら、多くのビジネスホテルでも応用可能なアイデアといえるだろう。