旅館文化が壊される…外国人向け「素泊まり」増加がもたらす深刻な未来

「泊食分離」は旅館の魂を失わせる, 「仲居の担当制」が生む感動体験, 「金太郎あめ」の温泉地を増殖してはいけない, 「旅館ブランドのグローバル化」に違和感, 2万5000円~で伝統スタイルは実現できる, リスクを見誤る「インバウンド偏重」, 若い人に旅館文化を継承しよう

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旅館の宿泊と食事を別立てにする「泊食分離」は、訪日外国人客のニーズに合わせようと観光庁が推進する施策だ。旅館業界では慢性的な人手不足と相まって、大きなトレンドとなっている。しかし、その流れに「待った」を掛けたい。日本の伝統文化を、そう簡単に捨てていいのだろうか?伊豆の老舗旅館を事例に、インバウンドの罠を考える。(ホテルはまのゆ代表取締役 鈴木良成)

「泊食分離」は旅館の魂を失わせる

 最近、旅館業界では「泊食分離」という言葉をよく耳にするようになりました。宿泊と食事を切り離し、素泊まり中心で運営するスタイルです。効率化や人手不足の解消という面では理解できますが、私はこの流れが加速することに強い危機感を抱いています。

 なぜなら、泊食分離が広がるほど、旅館という業態が本来持っていた「個性」や「文化」が失われてしまうからです。設備や立地だけで勝負するようになれば、大資本による画一的なホテル型経営が温泉地を席巻し、地域ごとに特色ある旅館が淘汰されてしまいます。実際、個性ある宿が一軒、また一軒と姿を消しています。

 昔ながらの旅館経営者の中にも、やむを得ず泊食分離に踏み切る人が増えています。その多くは、食事を出すための調理人や仲居を確保できないなど、昨今の人手不足に追い詰められた結果です。最初から「泊食分離で勝負しよう」と考えたわけではなく、「続けられないから仕方なく」という苦渋の選択なのです。

 しかし、旅館の真価は「食」と「人」にあります。どんなに立派な建物を建てても、料理と接客が伴わなければリピーターは付きません。地方の旅館が安定的に利益を上げるためには、繰り返し足を運んでくださる常連のお客さまをいかに増やすかが鍵となります。その決め手は、建物ではなく料理であり、温もりのある人とのコミュニケーションなのです。

「またあの味を楽しみたい」「あの仲居さんに会いたい」と思ってもらえることこそ、旅館経営の原点だと私は考えています。

「仲居の担当制」が生む感動体験

 私が経営する伊豆・稲取温泉の旅館「浜の湯」では、今も昔ながらの「仲居による完全担当制」と「料理の一品出し・部屋出し」を守り続けています。お客さまの到着からお見送りまで、ひとりの仲居が責任をもって担当し、夕食も朝食もお部屋で提供しています。ふすまを開ける所作や着物の袖のさばき、座敷での立ち居振る舞い――その全てが日本文化そのものです。

 この文化を最も感動的に受け止めてくださるのが、実は外国人のお客さまです。欧米の方もアジアの方も、「こんな体験は初めてだ」と驚かれます。お部屋に料理を一品ずつ丁寧に運び、和の所作で提供する。その姿勢の中に、日本人が長年育んできた「おもてなしの心」が息づいているからです。

 お見送りでは、「浜の湯に泊まって、日本旅行で最も求めていた“本物の日本文化”を知ることができた」と皆さん口をそろえます。そうしてリピーターになって、さらにお知り合いにうちの旅館を勧めてくださいます。

 おかげさまで、予約サイトなどの口コミで高評価をいただき、客室稼働率9割を維持しています。日本人のお客さまも、「日本文化を再発見した」などと満足してくださいます。

「金太郎あめ」の温泉地を増殖してはいけない

 食事は外で自由に取りたいという意見もありますが、そういう方々は「本来の旅館の価値」をまだご存じないのだと思います。仲居の担当制で一品ずつ部屋出しされる食事は、単なる「食事提供」ではなく、「旅の体験」そのものです。そこには、人と人との心の触れ合いがあり、旅の記憶として深く残ります。

 そのスタイルが失われてしまえば、どの宿に泊まっても同じという時代になるでしょう。いわば個性も特徴もない「金太郎あめ」のような温泉地が全国で増殖されるだけです。

 地方の小規模旅館こそ、生き残るためには独自の料理や接客で個性を発揮すべきです。旅館の個性に惹かれたお客さまが、その宿をリピートしてくれるようになる。泊食分離は、その個性を自ら放棄する行為に他なりません。

「旅館ブランドのグローバル化」に違和感

 最近は「旅館ブランドのグローバル化」という言葉も聞くようになりました。海外に日本風の旅館を展開する話のようですが、私は違和感を覚えます。いくら建物を和風にしても、働く人がその土地の文化で育った人ならば、日本文化の本質を伝えることは難しいのではないでしょうか。結果として、それは「旅館風ホテル」であって、「旅館」ではないのです。

 国内にある旅館が「本物の旅館文化」を守り続けることが、世界に誇る「旅館」のブランド構築につながるはずです。グローバル展開よりも、日本国内で旅館文化を大切にする宿を増やすことこそ、業界全体の価値を高める唯一の道だと考えます。

「泊食分離」は旅館の魂を失わせる, 「仲居の担当制」が生む感動体験, 「金太郎あめ」の温泉地を増殖してはいけない, 「旅館ブランドのグローバル化」に違和感, 2万5000円~で伝統スタイルは実現できる, リスクを見誤る「インバウンド偏重」, 若い人に旅館文化を継承しよう

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2万5000円~で伝統スタイルは実現できる

 当館の平均宿泊単価は、おひとり4万3000円ほどです。仲居による完全担当制や料理のお部屋出しを継続するために、相応の料金をいただいています。とはいえ、この料金帯にしないと旅館経営ができないわけではありません。2万5000円~3万円ほどの料金帯でも、工夫次第で十分に伝統的なスタイルは実現できます。

 例えば、10品のうち6品をあらかじめお部屋に配膳し、残りのメイン料理は一品ずつお部屋出しするだけでも、旅館らしさは十分に伝わります。そうした方法なら、仲居ひとりが担当できる部屋数も増え、コストバランスを保てます。

 各旅館が相応の料金帯で、どれだけ本物の旅館体験をお客さまに提供できるか、一生懸命に考えているでしょうか?高級宿と同じことをしなくても、その宿なりのやり方で旅館文化を伝えることは可能なのです。

リスクを見誤る「インバウンド偏重」

 箱根など有名観光地では、インバウンド客が9割を超える宿もあるそうです。売り上げは増えるかもしれませんが、世界情勢次第で一気にゼロになるリスクもあります。コロナ禍でそれを痛感したはずです。日本人リピーターをないがしろにした旅館経営は、決して安定しません。

 当館では、最後のお見送りの際にお客さまが仲居に駆け寄り、涙を流しながらお礼を言ってくださることがあります。料理、施設、接客――どれかひとつでも欠ければ、このような感動は生まれません。お客さまが「ありがとう」と心から伝えたくなる宿こそ、本物の旅館です。

 こうした光景をもう一度、全国の温泉地で取り戻したい。実際、当館に宿泊された旅館オーナーが、のちにご自身の宿で仲居の担当制と料理の部屋出しを復活させ、大繁盛している例もあります。つまり、経営者の覚悟次第で旅館文化は再生できるのです。

若い人に旅館文化を継承しよう

 お客さまの中には、「仲居にチップを渡さなければいけないのでは」と心配される方もいます。しかし、そんな決まりはありません。当館でも、渡す方もいれば渡さない方もいます。渡さない方も、定宿にしてくださる例はたくさんあります。

 泊食分離が進めば、日本の若い人たちが旅館文化を体験することのないまま、この文化が廃れていくでしょう。令和の今こそ、日本の伝統を守り、次世代につなげるべきではないでしょうか。

 旅館に宿まる際は、主人や女将に「どんな思いでこの宿を続けているのか」と尋ねてみてください。サービスを受けるだけではなく、コミュニケーションを取ることで、その旅館の真価を知ることができるでしょう。

 表面的な贅沢ではない、心を豊かにする宿泊体験を提供する――これが、日本の旅館の存在意義だと私は思います。

「泊食分離」は旅館の魂を失わせる, 「仲居の担当制」が生む感動体験, 「金太郎あめ」の温泉地を増殖してはいけない, 「旅館ブランドのグローバル化」に違和感, 2万5000円~で伝統スタイルは実現できる, リスクを見誤る「インバウンド偏重」, 若い人に旅館文化を継承しよう