EV減速が浮き彫りにする「残存者利益」争奪戦――日本勢はトヨタ連動で優位、欧州勢は苦境か?
揺れ戻る電動化戦略
自動車産業は今、100年に一度とも言われる大変革期にある。電気自動車(EV)への移行が加速するなか、従来の内燃機関向け部品を手がける企業は、従来のビジネスモデルだけでは生き残れない時代を迎えた。本連載『自動車部品業界ウォッチ』では、こうした変化のなかで各社がどのような戦略を描き、どのように新規事業や技術に挑戦しているかを追う。国内外の公開情報を整理・分析することで、自動車部品業界の“今”を浮き彫りに。EV化という大波に対応する部品メーカーの戦略と、業界構造の変化を見通すことで、読者に新たな知見と業界理解を提供する。
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急激なEVシフトが進み、自動車業界は大きな転換点を迎えている。かつてはEVの普及によりエンジン車が短期間で姿を消すと考えられていたが、足元では揺り戻しが生じ、ハイブリッドへの回帰も進んでいる。こうした変化は市場の好みだけでなく、各国の政策やインフラ整備、バッテリー供給能力など多様な要素に影響されている。
エンジン部品サプライヤーはこうした環境下で事業構造の見直しを迫られ、需要動向や技術開発の方向性を見極めながら戦略を描く必要がある。国内ではトヨタを中心としたハイブリッド重視の戦略が市場安定につながる一方、欧州では政策の急変や規制強化がサプライヤーに不確実性をもたらしており、地域ごとの戦略の差が顕著になっている。
本連載では国内サプライヤーの動きを三つの類型に整理し、それぞれの狙いを読み解く。第2回では、エンジン事業に残された利益を取りにいく企業に焦点を当てることで、各社がどのように生き残りの機会を見出しているかを明らかにする。
浮上する残存者利益戦略

トヨタ次世代エンジン(画像:トヨタ)
2022年ごろ、EVシフトが鮮明になると、10年もすればエンジン車が姿を消し、車の大半がEVに置き換わると予想されていた。欧州を中心に各国政府も政策を調整し、2030~2040年の間にエンジン車禁止を打ち出す方針を示していた。
しかし2024年になると状況は変化する。EV市場は伸び悩み、ハイブリッド車(HV)が改めて評価される流れが強まった。短期間でEV一本化を進める構想は現実的でないことが明確になりつつある。
こうした環境下で、一部のエンジン部品サプライヤーはEVに傾注するのではなく、エンジン関連事業の強化を選択した。競合がエンジン事業から離れれば、その分だけ残った需要に応える余地が広がり、利益の確保につながる。
HVの需要が広く残る以上、エンジン関連の市場は依然として存在感を保つ。さらに、先進国でEV化が進んでも、新興国市場ではエンジン車が当面主流であり、長期的に安定した収益機会が残る。
この残存者利益(生き残った企業や事業が享受できる利益)を見据えた戦略は、技術力や製品ラインの強化を通じて、競争力を高める方向で展開されている。国内大手サプライヤーのなかでは、数年前からこうした動きが具体化し、将来的な市場変化に備えるための基盤整備が進められている。
事業譲渡が生む新たな競争軸

日本特殊陶業のウェブサイト(画像:日本特殊陶業)
エンジン関連部品は数万点に及び、大手から中小まで多様なサプライヤーが関わる巨大な産業領域だ。かつてはエンジン事業の縮小が見込まれ、多くのサプライヤーが撤退や縮小を検討した。しかしその一方で、事業を引き継ぎ拡大する企業が徐々に現れ、市場構造の変化に対応する動きが進んでいる。
日本特殊陶業はスパークプラグで世界シェアトップを握るだけでなく、各種センサーも手がける大手サプライヤーである。同社は2025年9月、デンソーとスパークプラグおよび排気センサー事業の譲渡契約を締結した。
この結果、スパークプラグの世界シェアは6割に達し、事業基盤の強化につながる見通しだ。譲渡により取得した製品群は、既存技術との統合や生産効率向上に活用されるとみられ、サプライヤー間の競争優位性を高める契機となる。
またデンソーは、トヨタグループの愛三工業に燃料関連部品事業を移管している。2022年の譲渡により、愛三工業の燃料ポンプは世界シェア4割を占め、トップメーカーに躍り出た。売上高も2021年ごろから倍増し、譲渡による事業強化の成果が明確に現れている。さらに同社は、2030年時点でも世界のエンジン車が7割を超えるとの見通しを踏まえ、エンジン関連事業の拡大を継続している。
こうした事業譲渡は、事業規模を増やすだけでなく、技術・製品ラインの最適化や市場シェア拡大の戦略的手段として機能している。国内サプライヤーにとって、譲渡を通じた競争軸の再構築は、変動する市場環境での生き残り戦略として重要性を増している。
変調する欧州勢とサプライヤーの苦境

愛三工業のウェブサイト(画像:愛三工業)
EVシフトの減速とHVの再評価が進み、エンジン車は当面存続する見通しだ。ただしサプライヤーがこの変動期を乗り切るには、自動車メーカーの戦略との連動が不可欠になる。国内ではトヨタがその方向性を握っており、HVを軸に据えた製品戦略が、国内サプライヤーに明確な事業指針を提供している。
トヨタはEV投入に慎重である一方、HVは同社の技術的強みとして世界に展開されている。エンジンは通常のハイブリッドでもプラグインハイブリッドでも欠かせない構成要素だ。トヨタはエンジン関連サプライヤーを集めて“決起集会”を開き、エンジンが主力である体制が続くことを明示した。この方針により、国内サプライヤーはエンジン事業の強化に動きやすい環境が整っている。
一方、欧州では状況が異なる。政府主導のEV政策に従い、現地メーカーはここ数年でEV投入を加速させてきた。その結果、エンジン関連事業の縮小が進み、サプライヤーは急速な戦略転換を余儀なくされている。足元ではHVの需要が復活しつつあるものの、急激な方針変更が求められ、欧州サプライヤーは不安定な市場環境に翻弄されている。独大手ボッシュは2025年9月、自動車関連事業で1万3000人の人員削減を発表し、経営環境の厳しさを示した。
こうした欧州勢の苦境は、生産縮小の問題にとどまらず、サプライヤー間の競争構造や部品調達戦略に影響を及ぼしている。変動する政策と市場のなかで、サプライヤーは自社の事業ポジションを再評価せざるを得ず、国内とは異なる競争条件に直面していることが明確になっている。
自動車メーカー依存の現実

トヨタ自動車(画像:AFP=時事)
国内サプライヤーのなかには厳しい状況に置かれている企業も少なくない。日産系のメガサプライヤー、マレリ(旧カルソニックカンセイ)は、早くからEVシフトに取り組んできた。これはEVを積極的に展開する日産の方針に沿った動きであった。
しかし、EV市場の伸び悩みや日産の営業不振、コロナ禍の減産などが重なり、現在は民事再生法の下で再建を進めている。河西工業やユニプレスといった他の日産系サプライヤーも同様に苦境に立たされ、自動車メーカーの事業方針や販売実績がサプライヤー経営に直結する現実が浮き彫りになっている。
エンジン部品で「残存者利益」を狙う動きも存在する。だが国内で実際に利益を確保するには、トヨタとの関係をどれだけ強化できるかが重要なポイントになるだろう。トヨタのエンジン戦略とシナジーを生むことができれば、他社が撤退する領域で安定した事業基盤を確保できる。国内市場の構造上、特定メーカーとの連携は利益を左右する決定的な要素であり、事業拡大だけでは不十分だ。
また、サプライヤーに求められるのはエンジン事業の拡大だけでなく、将来の製品ポートフォリオを見据えた柔軟な戦略である。国内市場の安定性はトヨタとの関係に依存する一方で、海外市場や新興国の需要動向にも目を向けることで、リスク分散と成長余地を同時に追求できる。こうした多面的な戦略判断が、エンジン残存利益を実際の収益に結びつけるカギとなるだろう。