高市政権の決断――自賠責保険「5741億円返還」は本当に実現するのか? 30年放置の負債、保険料軽減どうなる

自賠責保険資金の一括返還

 自民党の小林鷹之政調会長は2025年11月19日、国会内で国民民主党の浜口誠政調会長と会談した。その結果、自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)の特別会計から一般会計に繰り入れられた運用益の一部、5741億円について、政府が一括返還を検討していることを明らかにした。

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 問題の背景は約30年前にさかのぼる。1994(平成6)年度から1995年度にかけて、バブル崩壊後の財政難のなか、政府は赤字国債の発行を抑えるため、自賠責保険特別会計(当時の自動車損害賠償責任再保険特別会計)から一般会計へ合計約1兆1200億円を繰り入れた。

 自賠責保険の運用益は本来、

・交通事故で重い後遺症を負った被害者の支援

・自動車の安全対策

に使われるべき資金である。しかし財政悪化により、国はその一部を一般会計に流用していた。

 今回の検討は、過去に借入の形で流用された資金の残高5741億円を対象とするものだ。繰り入れた資金は1996年度から2003年度にかけて一部が返済されたが、その後も財政状況が厳しく、返済は中断していた。

政策決定と政党の評価

 今回の5741億円の一括返還は、2025年度の補正予算に盛り込まれる方向で検討され、調整が進んでいる。補正予算とは、当初の年度予算に対して追加や修正を行う予算のことで、景気変動や緊急対応に応じて編成される。

 高市早苗総理も問題の完全解決を目指す意向を示し、政権もその実現に向け動いている。これにより自賠責保険の特別会計の財政状況が改善し、交通事故被害者への支援資金が充実することが期待される。

 関与する政治家も積極的だ。小林政調会長は総理の意向に応え、補正予算での一括返還調整を明らかにしている。国民民主党も対応に前向きで、浜口政調会長は首相の決断に敬意を示し、玉木雄一郎代表は「ユーザー負担軽減につながる大きな一歩」と評価している。ただし、今回の返還が直ちに

「自賠責保険料の値下げ」

につながるわけではない。保険料は

・事故件数

・支払い見込み

など、さまざまな要因で決まる。とはいえ、資金状況の改善は重度後遺障がい者への支援や交通安全対策の持続性向上に寄与する。本来の自賠責保険の社会的役割を高めることになる。

 車検や任意保険で毎年支払う保険料の一部が、30年近く返還されずに滞っていた。個人単位では数万円規模の影響が出る場合もある。もし自分が支払った保険料が交通事故被害者の支援に使われず、長年宙づりになっていたとしたら、どう考えるだろうか――。

財政難と政策の長期化

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自動車とお金(画像:写真AC)

 改めて問題の構造を整理する。1994年度と1995年度、政府は深刻な財政難を理由に、自賠責特別会計から一般会計へ合計約1.1兆円を繰り入れた。この政策には当時、賛否があった。

 経済は常に変動するものであり、改善することもあれば悪化が続くこともある。政策当初は数年で返済する予定であり、当時の政治家も可能だと考えて推進した。しかし経済の悪化が長期化し、2004(平成16)年度から2017年度までの間、返済はほぼ行われなかった。この政策は

・保険料負担の不透明化

・交通事故被害者支援事業の財源ひっ迫

を招いた。制度運営上のリスクを指摘した政治家の意見は十分に反映されなかった。そして現在、残高の返済が検討されているのである。

 自民党は2025年度補正予算での一括返還方針を示している。政府や政党から公式な説明はあるが、ユーザー負担への直接的なメリットは前回の返還と同様、限定的との見方が強い。

 専門家の意見も分かれる。経済学者や財政学者には、制度改善や財源安定化の効果は限定的との冷静な評価が多い。返還は直接的な返金や保険料の値下げではなく、個々の契約者に現金として戻るものではない。返還資金は自賠責保険の特別会計に戻され、交通事故被害者の救済や制度の安定化に使われるべきとの指摘が交通政策の研究者からも出ている。

 一方で、特別会計の財政状況が改善することで、交通事故被害者への支援体制が盤石になるとの見方もある。制度の財政基盤が強化されれば、将来的な保険料値上げのリスクを抑えやすくなる。財政が安定すれば、最終的に保険料の引き下げにつながる可能性もあるのだ。

財務省裁量と政策不透明

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事故車(画像:写真AC)

 問題点を三つの方向から整理する。

 ひとつめは「長期未返還の影響」だ。長期にわたる未返還により、保険料負担の増加や被害者支援の不透明化、制度への信頼低下が生じた。5741億円が返還されない期間、ユーザーの保険料がどれだけ膨らんだかを示す具体的なデータは公表されていない。

 国土交通省は現在、約1500億円を運用して被害者救済に充てているが、その運用益は年間約30億円にとどまる。本来なら約7500億円を運用できるはずであり、財務省から返済されないことで運用益は少額にとどまる。被害者支援を充実させるために国民に負担を強いる状況は好ましくない。政策への信頼も損なわれたままである。

 ふたつめは「政策決定プロセスの不透明さ」だ。財務省の裁量で繰り入れが行われ、返済も滞ってきたことが問題である。政権交代ごとに対応に差はあったが、1996(平成8)年度から2003年度まで一部が返済された。その後も財政状況の厳しさから返済は中断した。2017年10月30日の産経新聞では、年に569億円から2000億円ずつ返済してきた時期もあると報じられたが、最終的には5741億円の残高が残った。

 三つめは「将来の課題」だ。財政専門家の間では、返還後の財政安定や保険料引き下げの具体性は不明との見方が強い。被害者支援策の改善も必要である。重度後遺障がい者への支援としては、療護施設の拡充が求められる。

 これまで脳損傷による重度後遺障がい者向けの施設は少なく、今後は脊髄損傷や高次脳機能障がいの人への支援も整備する必要がある。高齢者が障がいを抱えやすい点も考慮されるべきだ。高次脳機能障がい者の社会復帰支援や遺族支援制度の充実も急務であり、今回の返還はその基盤整備に資する措置である。

日本制度の特異性

 米国では州ごとに自動車保険制度が異なる。自賠責保険のような強制保険制度がある州と、そうでない州が存在する。米国の自動車保険には、対人賠償や対物賠償、車両保険のほか、相手が無保険だった場合の

「無保険車保険」

もある。補償額については、多くの州で最低限の金額が義務付けられている。

 日本のような無制限補償は一般的ではない。カリフォルニア州では、対人賠償がひとりあたり1万5000ドル(約234万円)、1事故あたり3万ドル、対物賠償が5000ドルと最低金額が定められている。

 欧州でも、多くの国が任意保険に最低補償額を法律で定め、自賠責保険に組み込んでいる例がある。英国では対人賠償が無制限であり、対人・対物の補償額が高いため、自賠責保険と任意保険の区別をあまり意識させないのが特徴である。こうした点から見ると、日本の制度には特異性がある。

「ユーザー負担と政府責任のバランス」

が独特であり、財務省が景気の状況に応じて資金の扱いを采配できる点が他国と異なる。

制度運営の可視化

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自賠責保険のイメージ(画像:写真AC)

 今回の返還は、目的に沿った予算活用の観点からみれば妥当な措置である。

 ユーザーの負担軽減に直結するわけではないが、交通事故被害者への救済体制を盤石にし、将来的な保険料値上げリスクを抑える効果が期待される。最終的には保険料の引き下げにつながる可能性もある。

 政策評価は、数字や制度運営の現実に基づくべきである。被害者支援の透明化や保険料の適正化、制度運営の監視などを可視化し、今回の返還の効果を注視する必要があるだろう。