ベトナム人熟練工はなぜ日本に?「親切だから」…実は韓国、台湾の方が人気 魅力薄れる要因は円安と人権侵害の噂、定着のカギは高速WiFi【多文化共生企画】

ベトナム人の同僚たちと談笑しながら職場の工場内を歩くトゥエンさん(左から2人目)=2025年11月、群馬県藤岡市
洗濯機のねじが手際よく外され、パーツに分解されていく。取り出された洗濯槽にはびっしりと黒い汚れやカビが付いていた。洗剤をつけてブラシでゴシゴシこすると、新品かと見間違うほどになった。
「ほら、きれいになったでしょ」。日本語で得意そうに言って笑ったのは、ベトナム人のチャン・クオック・トゥエンさん(36)。「特定技能1号」の在留資格で、2年前から群馬県藤岡市の家電リサイクル工場で働く。
出入国在留管理庁によると2024年末、日本に住む外国人は376万人超。街を歩くとすれ違う外国人はどこに住み、何を食べ、どんな思いで生活しているか、私たちは意外と知らない。トゥエンさんの1日に密着してみると、私たちの知らない意外な現実が見えてきた。(共同通信=赤坂知美)

洗濯機の洗浄作業を行うトゥエンさん
▽妻子を残し単身で日本へ
トゥエンさんはベトナム北部出身。2016年から技能実習生として静岡県のプラスチック製品の製造工場に勤め、3年後に帰国。2023年、妻と娘を残して再来日した。
トゥエンさんが住むのは、工場を運営する「シー・アイ・シー」が用意した社宅だ。工場から約2キロ離れた3階建てアパートの一室で、光熱費と通信料込みの約2万円が月給から引かれる。ワンルームに1人で暮らし、1週間に6日、シフトに入っている。ある日の勤務日はこんな感じだった。

バイクにまたがるトゥエンさん
午前7時半 起床。原付バイクで家を出る。日本でベトナム語の試験を受けて、母国で取得した免許証を切り替えた。工場に向かう途中、コンビニで朝食を購入。ラーメンや肉まんを買うことが多い。
川沿いにある工場には、東日本各地からトラックで運ばれてきた何百台もの洗濯機や冷蔵庫、テレビなどの家電製品が整然と並ぶ。全従業員200人のうち、外国人は全てベトナム人で、男性8人、女性7人の計15人だ。
午前8時半 点呼後、作業開始。洗濯機や冷蔵庫の洗浄を担当する。
「一番大変なのは、ねじ」。洗濯機1台で20種類以上のねじがある。分解したパーツを元通りに取り付ける際、機種ごとにねじの位置も異なる。トゥエンさんは「覚えれば簡単、簡単」と笑った。
午前10時 15分間の休憩。ベトナムにいる妻に電話したが応答がなく、少し残念そう。日本人の社員に、1週間前に妻から送られてきた娘の誕生日パーティーの動画を見せていた。
トゥエンさんは2020年、友人の紹介で出会った女性と結婚した。ベトナムでも異例の、わずか1カ月の交際期間だったという。「30歳を過ぎると(未婚では)家族がうるさいからね」と、はにかんだ。
娘は3歳でかわいい盛りだ。さみしくないのか記者が問うと、「もちろんさみしい。暇な時間はいつも電話している」と言い、作業に戻って行った。

ベトナムにいる娘の誕生日パーティーの動画を見せるトゥエンさん(左)
▽同僚との話題はゲームや恋愛
午後0時半 昼休み。会社が発注する380円の弁当を食べる。自分で昼食を持ってくるベトナム人労働者も多い。この日の弁当は、トゥエンさん好物のハンバーグ。みそ汁には「辛さが足りない」と不満を漏らした。
いつも、同僚のベトナム人男性ら3~4人と談笑しながら食べる。ゲームやアニメの話題が多いが、一番盛り上がるのは恋愛だ。この日も、トゥエンさんは独身の同僚に「かわいい子いた?」「結婚いつするの?」と話しかけていた。
午後1時半 作業を再開。作業の指示書で分からないところは、日本人のパートや現場責任者に聞きに行っていた。
私も洗濯機の洗浄に挑戦させてもらった。洗濯槽の汚れを落とす作業は、かがんだり、ブラシでこすったり、意外と力仕事だ。ドライバーの取り扱いが難しく、ねじの取り外しに何度も失敗。1台洗浄するだけでへとへとになった。
午後5時半 通常の勤務終了。1日で6~7台、多い日だと8台を洗浄する。午後8時ごろまで残業することも多いという。

トゥエンさんが暮らすアパートの一室
原付バイクで帰宅。節約のため、夕食は自炊する。普段は近所のスーパーで買い物をし、ベトナムの食材や調味料は業務スーパーで入手する。この日は、出勤前に水につけて解凍していたアヒル1羽を調理し、2日間に分けて食べる予定だという。
夕食後はベトナムにいる家族とビデオ電話をしたり、ゲームをしたりする。年に何度か、社宅に住む同僚と、食べ物を持ち寄ってパーティーをすることも。
午後12時 長かった1日が終わり、就寝。
休日はゲームをしたり、「快活CLUB」で友人らとビリヤードで遊んだりするという。

晩ご飯のために水につけて解凍中のアヒル
▽家族が一緒に暮らせるビザがほしい
トゥエンさんの時給は1150円で、月の手取りは残業代を含めて20万円強。このうち7割を家族へ送金し、1カ月約5万円で生活する。「田舎で遊ぶ場所も少ないから十分だ」という。
トゥエンさんが今、一番ほしいのは「家族が一緒に暮らせるビザ」。特定技能1号の在留期間は最長5年で、家族の帯同はできない。家族帯同可能な「特定技能2号」へ切り替えるには、2年以上の実務経験と一定レベルの日本語能力が求められ、試験を受けなければならない。
昼休みに、社員の1人が「日本語を勉強してるの?」と聞いた。トゥエンさんは「仕事が終わってから勉強すると頭が痛くなるから」と答えた。早朝から夜遅くまで働くと、疲労困憊で勉強するのは難しい。
「ビザが取れたら、家族と日本に住みたい。きれいで安定した国だから。でも、無理だったら、ベトナムで大型トラックを買いたい」
技能実習生として日本に来る以前、トゥエンさんはトラック運転手だった。ベトナムで元いた職業に戻ることも見据えていた。

洗濯機の洗浄作業を行うトゥエンさん(手前)
▽簡単ではなかった受け入れ
この家電リサイクル工場が雇う外国人は従業員の1割に満たないが、今後、受け入れを拡大していく方針だ。外国人の雇い入れを開始したのは2年前で、背景には深刻な労働力不足があった。
求人への応募は年々減少し、主婦が多いパートが長時間働くことは難しかった。総務部の黒沢比呂文部長は話す。「週に6日働き、残業にも入ってくれるベトナム人労働者は工場の主戦力になっている」
工場では受け入れに当たって、社宅に家電製品や寝具、自転車も準備した。来日時には、空港まで大型バスを借りて迎えに行った。
ただ、定着は簡単ではなかった。ベトナム人側から「社宅のWi―Fiが遅すぎる」「給料が安い。搾取されているのではないか」などと不満の声が相次いだ。20人いた労働者のうち、5人は別の工場に転職するなどした。

取材に応じる群馬ベトナム人協会のブイ・バン・フィ会長=11月10日、群馬県藤岡市
こうした問題が発生した際、工場と労働者の間に入ったのは、在日ベトナム人団体の「群馬県ベトナム人協会」ブイ・バン・フィ会長だった。ベトナム人労働者に、給与明細書の見方やベトナムとの賃金体系の差を根気強く教えた。
フィ会長は工場に対しても「単身で日本に来たベトナム人にとって、本国の家族とつながるインターネット回線は死活問題だ」と説明。社宅の通信環境が改善された。
フィ会長は話す。「この工場のように外国人労働者の生活基盤を整えたり、コミュニケーションを取ろうとする企業は少ないのが現状です。私たちがほしいのは、同じ人間としての待遇です。良い環境で働き、能力を評価されたいという思いは日本人と変わらない」

ベトナム人労働者と話す社員の小池元輝さん
▽「外国人だからという見方をやめなければ」
外国人労働者の生活やシフト調整を一手に担うのは、社員の小池元輝さん(29)だ。20~30代のベトナム人労働者と同年代で、距離が近い。「トゥエンさんに、まだ全巻読んでいないマンガのネタばらしをされちゃったこともあります」と苦笑した。
「正直、社内からは、ここまで面倒を見る必要があるのか疑問視する声もあります」
しかし、外国人労働者がいなければ現場は回らない。気付いたのは、日本人とベトナム人との間で「働きやすい環境」への考えに差がないことだ。「外国人だからという見方はやめなければ」
ベトナムでは、円安が進み、技能実習生への人権侵害の噂も伝わってくる日本よりも、韓国や台湾の方が出稼ぎ先として人気だという。
トゥエンさんに、なぜ再び日本に来たのか聞くと、少し考えてから答えた。「日本人は親切だから」。9年前に勤めた技能実習先の企業は倒産したが、今の工場と同様、通信環境や家電が整備された社宅が用意されていた。「良い職場だった」

トゥエンさんは、良い企業に巡り会ったことが再び日本で働くモチベーションになっていた。外国人労働者がいないと成り立たない現場は多い。単なる安価な労働力として扱うのではなく、生活者として住みやすい・働きやすい環境をいかに整えられるかが問われている。