グーグルに入社してFIREを目指した私は、約5000万円の年収を捨てて3年半で退職した。その結果、成功に対する考え方が変わった

初めのうちは、生涯をグーグルで過ごすつもりだった, 次第に幻滅が広がっていった, どんどん憂うつになり、グーグルを辞めた, 今は以前よりも充実している

ジム・タン氏は当初、生涯をグーグルで勤め上げるつもりだった。

  • ジム・タン氏にとって、高給のグーグルで働き続けることがFIREへの道だった。
  • しかし次第に幻滅を感じ、企業生活は自分に向いていないと思うようになった。
  • 5月にグーグルを退職し、デジタルノマドのライフスタイルを試すために日本へと旅立った。

本エッセイは、かつてグーグルでソフトウェアエンジニアとして働いていた27歳のジム・タン氏との会話をもとにしている。長さとわかりやすさの観点から編集を加えた。

私はつねにいい息子でいたいと思っていた。ビッグテック企業に入社すれば、両親は誇らしいだろうし、高給も得られると考えていた。

2021年12月、私はニューヨークでグーグル(Google)に入社し、ソフトウェアエンジニアとして働き始めた。そこで3年半を過ごし、税引き前の総収入は32万6000ドル(約4890万円、1ドル=150円換算:以下同)に達したが、企業生活に幻滅を覚え始めた。そこで、27歳で退職し、クリエイター兼起業家になってデジタルノマドとして旅をするようになった。以前よりも充実した生活を送っている。

初めのうちは、生涯をグーグルで過ごすつもりだった

アメリカン・エキスプレス(American Express)で1年間働いたあと、グーグルに入社すれば両親を誇らしく思わせることもできるし、そのブランド名のおかげで自分のキャリアにも箔がつくと思った。

グーグルでは、広告部門内で製品のフロントエンドを担当することになった。かなりのんびりとした仕事で、普段は午前10時ごろに出社した。会議のひとつやふたつがある日もあったが、たいていは自分のペースで仕事を続けた。昇進を狙ってがんばっている時期は午後7時まで働くこともあったが、午後4時に早退する日もあった。

オフィス・カフェでの無料の食事やミニキッチンにある無料のスナックなど、グーグルで働くことにはすばらしい特典があった。

最初の数カ月は完全に浮かれていた。一生そこにいるつもりだった。

両親をオフィスに招き、親子でアメリカンドリームをかなえたような気になったこともある。

次第に幻滅が広がっていった

特典も多いし、同僚も優秀な人ばかりだったにもかかわらず、私は会社勤めを好きになれなかった。そのような環境では、本当の自分でいるのが難しいと感じた。グーグルの広告部門でB2B製品を手がけ、おそらく会社が大儲けするのを手伝っていたのだが、それに深い意味があるとは思えなかった。

それでも働き続けた理由のひとつは、「経済的自立と早期退職」、いわゆるFIREを目指していたからだ。高い給与を得ながら積極的に貯蓄と投資をすることで早期リタイアして、望んでいた自由を手に入れられると期待していた。グーグルでの仕事を辞めるなんて、絶対にありえないと思っていた。

初めのうちは、生涯をグーグルで過ごすつもりだった, 次第に幻滅が広がっていった, どんどん憂うつになり、グーグルを辞めた, 今は以前よりも充実している

タン氏はグーグルの給与が早期リタイアの達成に役立つと考えていた。

FIREを追求するために昇進も目指し、入社からおよそ2年後には実際に昇進を果たした。40歳までに500万ドル(約7億5000万円)を貯めて退職することを望んでいた。

どんどん憂うつになり、グーグルを辞めた

2024年5月、1年半付き合った恋人と別れた。それがきっかけになって、私の人生についてさまざまな問題が表面化した。私は両親を喜ばせ、社会で成功することを考えて働いてきたが、その生活が偽物のように感じられた。

どんどん憂うつになり、ある日、休職することにした。2025年2月から12週間の休職が認められた。

セーフティネットにしがみついていたい気持ちも少しはあったが、休職期間の終了後に退職することを決意した。そして、5月に辞表を提出した。

私に起こったことについて、グーグルに落ち度はない。私が企業勤めに向いていないのであって、どの会社にいたとしても、同じ結果になっていただろう。

2025年5月、私は東京に旅立った。以前に日本を訪れたことがあり、とても気に入っていたし、デジタルノマドのライフスタイルを経験したかったからでもある。この数カ月間、アジアのさまざまな国を転々としてきた。

初めのうちは、生涯をグーグルで過ごすつもりだった, 次第に幻滅が広がっていった, どんどん憂うつになり、グーグルを辞めた, 今は以前よりも充実している

タン氏は5月に日本に旅立った。

今は多くの時間をソーシャルメディアのオーディエンスを増やすことに費やしている。企業生活から抜け出す自分の歩みを記録し、それをもとにビジネス基盤を築くつもりだ。デジタル製品も開発し、コーチングも行っている。

収入は一定ではないが、経済的な蓄えがあるため、すぐにお金が尽きることはない。

時間に縛られなくなった今、毎日やることが異なる日々を心地よく感じる。グーグルにいたときよりも今のほうが多くの時間を仕事に費やしているが、この道に進むと決めたときに、かなりの時間を犠牲にすることになると覚悟していた。

今は以前よりも充実している

グーグルを辞めると伝えたとき、両親は引き留めようとしたが、今では何があっても私を支持すると言ってくれている。父がある日、両親ともに私の目にふたたび生気が宿ったことに気づいたと言った。

初めのうちは、生涯をグーグルで過ごすつもりだった, 次第に幻滅が広がっていった, どんどん憂うつになり、グーグルを辞めた, 今は以前よりも充実している

タン氏はもうFIREムーブメントには賛同していない。

私は以前、外部の評価や称賛を基準に成功を定義していた。しかし今は、日常生活で充実感を得られるなら、それこそが成功だと思うようになった。以前は朝起きても気力がなく、自分のことを怠け者だと思っていたが、今は朝からエネルギーに満ち、早く仕事がしたいと思う。

今でもお金を稼いで家族や友人をサポートし、自由なライフスタイルを送りたいと思っているが、もうFIREには賛同しない。グーグルでは、明日や10年後の約束のために今日を犠牲にしていた。

楽しくない人生から抜け出すために、私は退職した。そして今、以前よりも充実している。

※この記事は2025年9月28日初出です