GDPで「日本超え」目前のインドにまさかの逆風…意外な2つの落とし穴とは?

米国のトランプ大統領(右)とインドのモディ首相 Photo:Andrew Harnik/gettyimages

インド経済は

堅調な成長が続く

 インド景気は、持ち直しが鮮明である。2025年7-9月期の実質GDP成長率は前年同期比+8.2%と2024年1~3月期以来の高い伸びとなった。

 成長をけん引したのは、内需である。GDPの6割弱を占める個人消費が前年同期比+7.9%と高い伸びを示した。設備・住宅などの投資も前年同期比+7.3%と堅調を維持した。供給面でも、幅広い分野で成長した。第二次産業のうち、とりわけ製造業は前年比+9.1%と顕著に成長が加速し、建設も+7.2%とインフラ需要の強さを映す。サービス業も+9.2%と高成長となった。

 消費と投資の強さ、製造・建設・サービスと主要産業がバランスよく成長している経済の堅調さが浮かび上がる。

 先行きについては、積極的な財政政策が成長を後押しする。モディ首相は、財・サービス税(GST)改革を打ち出し、2025年9月22日からさまざまな消費にかかる税率を見直した。祭日シーズン(9-11月)の需要期に合わせた措置であり、全インド商業者連盟(CAIT)は同時期の消費額が前年比25%増加したと報告している。

 同様に新車販売統計を見ても、2025年10-12月期の乗用車販売台数は前年同期比+20%と増加した。経済全体の波及も含めると、GST改革の実質GDPへの押し上げ効果は1%程度になることを見込む【1】。

 公共投資も拡大している。2025年度予算では公共投資をGDP比3.1%と過去最大規模に積み増し、道路・鉄道・通信などのインフラ投資が引き続き景気を支える見通しだ。こうしたことを踏まえると、2025年度(2025年4月-2026年3月)の実質GDP成長率は+7.0%に加速し、2026年度も+6.6%と堅調な経済成長が続くと見込む。

【1】GDP押し上げ効果は、減税規模と税乗数の積から算出。減税規模(3兆ルピー)は、実効税率引き下げ幅の推定値(11.3%→9.5%)から算出。税乗数(1.08)は、Bose & Bhanumurthy (2013) “Fiscal Multipliers for India”, NIPFP Working Paper No.2013-125 よりGST税収が減少した場合の値を使用。

GDPで世界4位の日本を

インドが上回るのは来年以降か

 インドの高成長継続に伴い、焦点となるのはドル建て名目GDPにおける日本との順位逆転である。2020年時点で日本のGDP規模はインドの約2倍であったが、この5年間でその差は急速に縮小した。

 ドル建て名目GDPは、実質成長率、インフレ率、対ドル為替レートという3つの要素の合成で決まる。日本は、実質成長と物価がプラスであるものの、大幅な円安によって、過去5年間のドル建てGDPは、年平均2.9%減少した。一方、インドはルピー安が重荷となるものの、経済成長が優勢でドル建てで年平均9%の成長を維持した。

 インド政府は、2025年12月に発表したプレスリリースで、IMFの世界見通し(2025年4月時点)に基づき「日本を抜き世界4位となった」と記した。しかし、2025年7-9月期の実績値では、依然として日本がインドを約10%(0.4兆ドル)上回っている。

 経済規模が接近している局面では、成長速度よりも変動の激しい為替動向が順位に影響を及ぼす。仮に為替レートを足元の水準で固定し、成長率と物価の予測値で機械的に延長した場合、日印の経済規模が交差する時期は2027年となる。円がルピーより強くなる場合、さらにその時期は遅れる可能性が高い【2】。

【2】今後の逆転時期を左右するもう一つの要因として統計基準の改定の影響もある。日本は2025年12月の発表時に基準改定を実施。2025年7-9月期の名目GDPが旧基準より3.5%上方修正された。インドも2026年2月に新基準への切り替えを予定しており、その改定幅も逆転時期に影響する。

ルピーがアジア最弱となった

2つの背景とは

 為替については、高市政権以降、日本でも円安が進展したが、足元の動向をみるとインド・ルピーの下落ペースは速い。アジアの他の新興国通貨と比べて、2025年のルピーは、最弱のパフォーマンスであった。

 このためインド準備銀行は「過度な変動の抑制」を掲げ、断続的な為替介入で相場の急変を抑えてきたが、2026年に入ってもルピーは1ドル=90ルピーを上回る歴史的な安値圏に沈んでいる。

 このルピー安の背景にあるのは、第一に金融政策である。インド準備銀行は、2025年1月時点に6.5%だった政策金利を12月までに5.25%へと4回の利下げを実施した。米ドルとの金利差縮小が、持続的な通貨安圧力となった。

 第二に貿易赤字である。インドは、エネルギー、原料、工業製品の輸入が大きく、貿易収支は赤字基調である。特に景気が持ち直す局面では、輸入の勢いが増し、赤字が拡大する傾向にある。貿易統計によれば、2025年の財貿易赤字は2828億ドルと過去最大に拡大した。こうした実需面での外貨需要がルピーへの下押し圧力となった。

トランプ政権の逆風が

ルピー安を加速

 対米関係の悪化も2025年のルピー安を加速させた。トランプ大統領就任(2025年1月20日)後、モディ首相は2月に訪米し、二国間貿易協定交渉を本格化、2025年秋までに第一弾合意を目指す方針を示した。4月には米国が相互関税を打ち出し、インドは早期妥結候補と目されたが、協議はインドの農産品市場アクセスなどを巡って停滞した。

 8月には、米国は、相互関税(25%)に加えて、ロシア産化石燃料の輸入継続を理由とする追加関税(25%)を決定した。これにより、インドからの製品に対する関税は、50%追加と大幅に上昇した。

 ただ、スマートフォンや医薬品など主要な輸出製品が対象外となっていることから、これまでのところ輸出への影響は限定的である。通貨に作用したのは貿易の変化というより、不確実性がもたらすリスクプレミアムの上昇である。交渉停滞は企業の投資判断を慎重化させ、海外投資家の投資資金のフローの減少を通じてルピー需給を弱めた。

 また、同時期に米国側の制度変更が重なり、外貨送金フローの減少のリスクが意識されやすくなったことも、ルピー安を加速させた。インドの国際収支は、巨額の財貿易赤字を、ITを中心とするサービス貿易黒字と海外からの送金が補完する構造であり、海外送金は通貨安圧力の緩衝材になっている。

 2025年7月に成立した「One Big, Beautiful Bill Act(OBBBA)」では、2026年1月以降の一定の海外送金に対し1%の課税負担を盛り込んだ。対象は主に、現金で送金事業者を使用するケースで、銀行口座を持たない外国人労働者からの送金が減少する懸念をもたらした。

 また、トランプ政権は2025年9月、H-1Bの新規申請に10万ドルの追加負担を課す措置を打ち出したことも悪材料となった。H-1Bは高度人材向け就労ビザで、2024会計年度のH-1B承認案件のうちインド生まれの比率は71%に達している。利用者の中心はIT・エンジニア職種であり、制度変更によるインド人高度人材の対米就労の中期的な減少懸念がルピー安につながった。

インフレで経済成長に

ブレーキがかかるリスク

 ルピーの下落は、インフレ圧力を高め成長の持続性を揺るがしかねない。足元のインフレは表面的には安定している。2025年12月の消費者物価上昇率は前年比1.3%と、中央銀行の目標レンジ(2-6%)の下限を下回った。しかし、この低インフレは、一時的な好条件が重なった結果に過ぎない。

 具体的には、前年の食料価格高騰の反動(ベース効果)、世界的な原油価格の下落、そして財・サービス税の税率変更に伴う一時的な押し下げ効果によるものである。消費者物価のうち食料・エネルギーを除いたコア指数は、需要の回復を背景に徐々に上向いており、2025年12月時点で前年比4.6%となっている。

 インフレの再燃懸念は、2026年末に向けて、顕在化する可能性が高い。食料価格のベース効果は徐々に薄れていき、2026年10月にはGSTの税率変更に伴う一時的な物価押し下げも剥落する。原油価格も下落が持続するとは限らず、エネルギー価格の下押し圧力も弱まる可能性が高い。

 加えて、ルピー安による物価上昇圧力も徐々に強まっていく。この間の為替レートの下落をインド準備銀行の予測モデルに当てはめると、2026年後半以降に消費者物価の前年比を0.7%ポイント程度押し上げる可能性がある【3】。

 インフレが想定以上に高まれば、家計の実質購買力を毀損(きそん)させ、これまで成長を牽引してきた個人消費を冷え込ませる直接的な要因となる。金融政策面でも、金融引き締めへの転換を早めざるを得なくなる。

 また、インフレの再燃は、財政面での脆弱(ぜいじゃく)性を浮き彫りにする可能性がある。国と地方などを合わせた一般政府の債務残高はGDP比約80%と高水準にあり、2025年度の財政収支もGDP比▲7.9%と赤字基調が定着している。ルピー安が輸入コストを押し上げる局面では、燃料や肥料の購入補助に伴う支出の拡大や、金利上昇による利払い負担の増加など、財政の圧迫要因が膨らむ。

 こうした財政懸念が市場で材料視されることで、財政プレミアムの上昇を招き、通貨安が止まりにくい悪循環が醸成される。好調を維持しているインド経済だが、通貨安とインフレの連鎖が経済成長にブレーキをかける大きな懸念材料となるだろう。

【3】John, J. et al. (2023). A Recalibrated Quarterly Projection Model (QPM 2.0) for India. RBI Bulletin, February 2023.

(伊藤忠総研主任研究員 浅岡嵩博)