世界で稼ぐなら「10速AT」は必須? もはや無視できない「多段化」の波、カローラまで飲み込む過剰装備の真意とは

ATの8速化・9速化・10速化の進展理由

 かつて自動車のオートマチック・トランスミッション(AT)は、4速や5速が主流だった。だが今や、量産車でも8速、9速、10速といった多段ATが広く採用されるようになっている。背景には、電動化への急速な移行がある。内燃機関を搭載する車両の価値を最大化し、市場での競争力を維持するうえで、多段化は欠かせない戦略となった。

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 トヨタは2017年、レクサスLCやLSに10速ATを導入した。従来の6速ATと比べると、燃費は約20%、動力性能も約10%向上したという。クラッチ損失トルクを約半分に抑え、変速時間も大幅に短縮した。Dレンジでの変速時間は0.2秒ほど、マニュアルモードでは0.1秒前後で切り替わり、応答性の高さは世界的に見ても屈指とされる。

 メルセデス・ベンツも同様の取り組みを進めてきた。2015年にはCクラスC220dに9速AT「9G-TRONIC」を初搭載し、JC08モードで20.3km/Lの燃費を実現している。こうした多段ATは、技術の導入にとどまらず、車両の高付加価値化やブランド優位の象徴としても機能する。

 多段化の推進はメーカー間の性能競争だけが理由ではない。燃費基準や環境規制の厳格化、ほかのモデルとの差別化を図るうえでの走行快適性の向上――こうした経営課題が背景にある。開発には相応のコストがかかるが、それでも多段化を進めるのは、事業の存続と市場シェアの維持を見据えた合理的な判断といえる。

 多段ATが現代の内燃機関車両にとって欠かせない存在になったのは、こうした事情があるからだ。本稿では、この多段ATの必要性を、技術的側面だけでなく経営的視点からも整理していく。

ハイギアード化とクロスレシオ化

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世界トップレベルの伝達効率を実現したトヨタの「Direct Shift-8AT」(画像:トヨタ自動車)

 多段化の最大の狙いは、燃費性能の向上にある。トヨタがこれを実現できた背景には、ギアの段数を増やすだけでなく、クラッチ機構内の摩擦材の形状を最適化するなど、細部にわたる効率改善の積み重ねがある。結果として、回転時のクラッチ損失トルクを約半分にまで抑えることができた。

 燃費向上の仕組みは大きくふたつに分けられる。ひとつめは「ハイギアード化」である。段数を増やすことで、例えば10速ATでは最高速段のギア比を高めに設定できる。高速道路での巡航時にはエンジン回転数を低く抑えられるため、燃費が改善されると同時に車内の静粛性も向上する。低回転での走行はエンジンへの負荷を減らす効果もあり、車両の耐久性が高まる。その結果、将来的な売却価格の安定といった形で、所有者にとっても実質的なメリットが生まれる。

 ふたつめは「クロスレシオ化」と呼ばれる仕組みだ。段数を増やすと各ギアが受け持つ速度域が狭くなり、隣接するギア比が近づく。これにより変速時のエンジン回転数の変動が小さくなり、効率よく燃焼できる回転域を長く使える。階段に例えれば、段数が多いほど一段ごとの高さが低くなり、スムーズに上り下りできる感覚に近い。変速の衝撃も抑えられ、乗り心地の滑らかさに直結する。

 こうした技術は、燃料消費の抑制という実利にとどまらない。滑らかで力強い走行フィールを両立させ、製品としての魅力を高める役割も果たしている。多段ATによる性能向上は、市場での競合車種との差別化を図るうえで、確かな武器となるのである。

WLTC導入とEU規制への対応

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基本性能と商品力を大幅に向上させる「TNGA」(画像:トヨタ自動車)

 ATの多段化を進める背景には、各国で強化される環境規制や燃費基準への対応という課題がある。日本では2016年10月から、実際の走行環境に近い国際基準、WLTCモードによる燃費測定が導入された。2018年10月からは、新型車のカタログ表示が義務化されている。

 WLTCモードは市街地、郊外、高速道路の各走行を組み合わせたもので、高速巡航時にエンジン回転数を低く保てるかどうかが評価に直結する。これにより、国内メーカーは高速走行時の効率を重視した開発を迫られることになった。

 欧州ではさらに厳しい基準が設定されている。欧州連合(EU)は2021年、域内で販売するメーカー平均の二酸化炭素(CO2)排出量を、走行1kmあたり95g以下に抑える規制を導入した。さらに2025年には2021年比で15%削減、2030年には乗用車で37.5%削減という目標が掲げられる。達成できなかった場合に課される制裁金は巨額で、メーカーにとって大きな財務リスクとなる。そのため、多段ATの採用は環境対応という側面だけでなく、企業の財務を守る防衛策としても重要性を増している。

 こうした環境のなか、トヨタは2016年に新型パワートレーンを搭載する車種を、2021年までに主要市場での販売台数の60%以上に拡大する方針を示した。その後、TNGA(Toyota New Global Architecture)の共通思想のもとでエンジンや変速機の刷新を進め、2023年には搭載率を約80%まで引き上げる計画を打ち出している。

 高い搭載率を実現できた理由は、TNGAによる主要コンポーネントの共通化にある。カローラやヤリス、RAV4、ハリアーといった量販車種へ広く多段ATを搭載できる体制を整えたことで、従来は高価だったシステムを量産効果でコスト抑制しつつ規制に対応する構造が可能になった。世界的なCO2規制の強化という外部環境の変化に対し、開発効率と製品競争力の両立を果たしたことが、今日の多段AT普及につながっている。

CVTとの効率比較と市場戦略

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AT多段化の背景とメリット。

 効率的な走行を目指すトランスミッションの選択肢としては、多段ATに加えて無段変速機(CVT)も広く普及している。世界のCVT市場で日本メーカーが占める割合は約55%に達し、国内の走行環境に適した技術として確立されている。

 CVTは理論上、無限のギア比を持つため、エンジンを常に最適な回転数で運転できる。信号の多い都市部では、発進と停止を繰り返す状況でも変速ショックがなく、滑らかに走れることが大きなメリットだ。

 ただし、CVTには構造上の限界もある。ベルトやチェーンとプーリーの摩擦を通じて動力を伝えるため、伝達効率はおおむね80%前後にとどまる。エンジンの力をタイヤに伝える過程で損失が生じやすく、特に高速巡航ではベルト式CVTの効率低下が顕著になる。その結果、燃費性能の面では多段ATが優位に立つことが少なくない。

 こうした特性の違いは、各メーカーのグローバル戦略にも反映されている。低中速域が中心の日本市場ではCVTが有効だが、欧州や北米のように平均速度が高く長距離移動が多い地域では、確実な動力伝達が可能な多段ATが支持される傾向にある。多段ATは段数を増やすことでCVTに近い滑らかさを確保しつつ、もともとの機械的伝達効率の高さを維持できる点が強みだ。

 さらに、多段ATは高トルクへの耐性にも優れ、大型スポーツタイプ多目的車(SUV)やピックアップトラック、高出力スポーツモデルなど、収益の柱となる車両にも柔軟に対応できる。世界各地の多様な要求に応え、どの市場でも通用する商品力を保つには、信頼性と効率を両立させた多段ATの採用が戦略上欠かせない。

 内燃機関の性能を最後まで引き出し、電動化が進む時代においても選ばれる車であり続けるための進化が、この多段化に凝縮されている。