北京では表彰台独占、社員5人のスポーツ用品会社…トップ選手「使用率8割」のモーグル板ができるまで
ミラノ・コルティナ五輪は10日、フリースタイルスキーの男女モーグルが始まる。この大会で「メダル独占」を狙う、小さな企業が大阪府守口市にある。「社員5人」のスポーツ用品会社「マテリアルスポーツ」は、フリースタイルスキー・モーグルの世界トップ選手がこぞって使用するスキー板を製造・販売している。(デジタル編集部 古和康行)
北京は表彰台独占
「約20年ぶりに社員を1人雇いまして、役員を含めて5人になりました」

マテリアルスポーツの本社兼ショップ(マテリアルスポーツ提供)
大会直前の1月上旬。オンライン取材に応じた、マテリアルスポーツの藤本誠社長は笑いながらそう語った。同社はモーグル用のスキー板「ID one」を手がけるスポーツ用品会社だ。モーグルに特化したスキー板を作る会社が少ないという事情もあるが、ID oneの使用率はずば抜けており、「ワールドカップや世界選手権のメダリストの7~8割は使っているのではないか」(藤本社長)という。

マテリアルスポーツ本社兼ショップの内観(マテリアルスポーツ提供)
男子モーグルで堀島行真(トヨタ自動車)が銅メダルを獲得した北京五輪で、堀島を含めた男女モーグル計6人のメダリストは全員がID oneを使用していたという。この大会の後も、海外メーカーがモーグルから撤退したといい、今大会に向けてID oneと契約を結んだ海外の有力選手もいるそうだ。

北京五輪の男子モーグルで銅メダルを獲得した堀島行真(2022年)
選手が使っているものは全て「市販品」と同じ。選手に合わせた「特注」には対応していないにもかかわらず、こぞってトップ選手がこの板を使いたがる。藤本社長は「僕たちが作るモーグルの板は、全て選手が大会で使える水準だ」とプライドをのぞかせた。
何がすごいのか
ID oneの立ち上げは2000年。同社によると、そこから五輪のモーグルではのべ5人が、この板を使って金メダルを獲得したという。最大の特徴は、板の両端の金属部分「エッジ」に、等間隔に刻みが入っていること。この「クラックドエッジ」によって、板がコブに当たった瞬間、たわんで雪面に密着する。衝撃で跳ね上がるのではなく、密着することでスピードは増し、固い木材を芯として使うことでパフォーマンスが最大化するという。日本の工場で日本の職人が作る、「ピュア・メイドインジャパン」だ。

マテリアルスポーツの藤本誠社長(マテリアルスポーツ提供)
藤本社長は品質に絶対的な自信を持つ。トップ選手の多くがID oneに乗る一方で、選手に商品提供をもちかけることはない。「勝ちたかったら選手の方から依頼がくるでしょう」
一方で、「採算をとるために切り詰められるところは全部切り詰める」のが信条で、会社の規模は小さいままにし、社員数も最小限。カタログの写真は「仲の良いカメラマンに“しゃあないな”と言われるほど安く撮ってもらっている」という徹底ぶりだ。「約20年ぶりに採用した」という社員はデザイナーだったが、それにも理由がある。元々、契約していた外部のデザイナーとは直接会う機会が少なく、意思疎通に時間がかかった。「いいものを作るなら、コミュニケーションが取りやすい方がいい」という思いと、コスト削減の観点から採用に踏み切った。スリム経営と高い品質が、ブランド維持につながっている。
上村愛子さんとの出会い
そもそも、なぜこのようなブランドを作ることになったのか。きっかけは、元女子モーグル日本代表の上村愛子さんとの出会いだった。

2014年ソチ五輪女子モーグルに出場した上村愛子さん
マテリアルスポーツは1991年創業。スキー用のゴーグルの卸・小売事業の代理店だった。用品提供をしていた上村さんと1999年に食事会をしたとき、調子を尋ねたところ、上村さんが「スキー板の調子が悪い」と漏らした。マテリアルスポーツはこの頃、スキー用の小物などを作っていたが、「スキーの核になるようなものを作りたい」(藤本社長)と考えていたという。上村さんからの思いがけない言葉と、藤本さんの思惑が一致し、「じゃあ、僕が作ったろうか」と申し出た。
くしくも同時期、交流があったフィンランドのヤンネ・ラハテラさんからは「僕はもっと良いスキーができるのに、カービング技術を生かせるスキー板がない」と泣きつかれた。藤本社長は、ラハテラさんとともにモーグル用の板を作り上げた。ラハテラさんはその板を駆使し、2002年ソルトレーク五輪で金メダルを獲得した。
きっかけとなった上村さんもID oneを使用。上村さんのために作ったという思いから藤本さんは上村さんが2014年ソチ五輪後に引退するまで、ライバルの女子選手には提供しなかった。
選手が勝てるのは…

北京五輪モーグルのメダリストたちと藤本社長(中央、マテリアルスポーツ提供)
ミラノ・コルティナ五輪からフリースタイルスキーには、モーグルに加えて、2人の選手が同時に滑ってトーナメント形式で勝敗を競う「デュアルモーグル」が新種目として加わる。ID oneの「表彰台独占」となれば、メダルの数は北京大会の6個から倍増する。藤本さんは「今大会は12個のメダルを取れるとうれしい」と期待しつつ、「僕らができるのは、用具を通じたちょっとの手助け。勝てるのは、あくまで選手がすごいからです」と語った。ブランドが始まったきっかけの「選手のため」という哲学はぶれない。