毎日ラーメン食べる人に「体に悪い」と言うのは二流、一流はどう伝える?

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データや理屈を丁寧に説明しても、相手が動いてくれない……。そんな経験はないだろうか。じつは、人を動かす場面で重要なのは「客観的な正しさ」ではないという。人は論理よりも感情で判断し、無意識のうちに行動を選ぶ。頭のいい人が、他者に行動を促すときに意識している視点とは?※本稿は、早稲田大学名誉教授の内田和成『客観より主観 “仕事に差がつく”シンプルな思考法』(三笠書房)の一部を抜粋・編集したものです。

「ラーメン好きな人」を説得して

ラーメンを控えさせる方法はある?

 人を動かすのは「論理」でなく、「感情」である。

 このことを理解するために、変な例だが、毎日ラーメンばかり食べている男性がいると考えてみてほしい。

 私もラーメンは好きなので気持ちはわかるが、さすがに毎日食べていては、栄養バランスの偏りや塩分の摂りすぎで、いずれ健康に支障をきたしてしまうだろう。

 そこで少しラーメンを控えて、他の料理も食べてもらいたい。あなたは何と言って、説得するだろうか?

「ラーメンは塩分や脂肪分が多いから、食べすぎはよくないですよ」

「せめてサラダも一緒に摂るようにするのはどうでしょう?そのほうが胃腸も長持ちしますし、体調も崩しにくくなるはずです」

 こんな具合に、説得を試みる人が多いのではないだろうか。

 理屈としては確かにその通りなのだが、残念ながらこうした言葉で「明日からラーメンを食べるのをやめよう」と、その人が考えを改める可能性は低いだろう。

 その男性は現状、特に健康の問題を抱えているわけではない。もし抱えているとしても、「健康面でのデメリット」と「ラーメンを食べる喜び」とを天秤にかけたときに、後者のほうに秤が傾いている。

 だから「体に悪いかも」と思いつつも、ラーメンを習慣的に食べ続けてしまっているわけだ。

 タバコやお酒がやめられない人も、だいたい同じような思考で、喫煙・飲酒を続けているのではないだろうか。

 では、この男性にどんな言葉をかければ、ラーメンを控えてもらえるだろうか。

 ここで大切なのは、相手の感情を理解し、相手の文脈で言葉を選ぶことだ。

相手を論破するのはNG

自分の体験談から攻める

 たとえば、相手が自分よりずっと年下であったとしよう。

 ならば、「実は僕もラーメンが大好きで、それこそ毎日のようにラーメンを食べていた時期があったんだ」といったふうに切り出してみる。

「けど、そしたらあるとき、胃腸の調子が悪くなっちゃってね。それから野菜中心の食生活に変えたら、しばらくして、体調がすっかりよくなったんだ」

「おかげで、いまでもこってりしたラーメンが食べられる。あのとき食生活を改善していなければ、いまごろはラーメンを好きなときに食べられなくなっていたかもしれない。やっぱり、胃腸は労わっておかないとね」

「君も、50歳になっても、60歳になっても、ずっと好きなものを食べたいよね?」

 こんなふうに、相手を無理に説得しようとするのではなく、ただ自分の体験や感情を述べる。相手のことを論破したり、価値観を変えようとしたりするのではなく、別の価値観や考え方があることを示してあげるのだ。

イラスト/(同書より転載)

 論理的に相手を説得しようとするのであれば、「ラーメンを毎日食べた人と野菜中心の食事をした人では、どちらが病気になる率が高いか」といったことを、さまざまなデータを並べながら説明することになるだろう。

「だから、ラーメンを控えることは、あなたにとって“合理的な選択”ですよ」と。

 だが、人間は必ずしもそうした論理的な筋道に従って、判断を下すわけではない。

 むしろ多くの場合、人間の判断は、その人個人の「感情」に根差しているのだ。

 だからこそ私たちは、他人を動かしたいのなら、その人の感情を動かすようなアプローチをしていくしかない。

 ここで述べるのは、そうした「相手の主観」に寄り添う方法なのだ。

日常の意思決定を下しているのは

右脳と左脳のどちらなのか?

 この「感情と論理」の関係性は、よく「右脳と左脳」という言葉で説明される。

 右脳は感情や感性、直感などを司る部分で、左脳は論理的思考や言語処理を司る部分だ。一般的には、両者の特徴をうまく活用することで、学習効率を上げたり、正しい意思決定を下したりできると考えられている。

 ここでも多くの人は、右脳よりも「左脳の使い方」のほうに、注目しているのではないだろうか。いかにロジカルに、合理的に物事を考えるか。そのためにも、左脳を鍛え、その能力を最大化させることが重要だ、と。

 ただ、人間が普段の意思決定に、どれくらい「左脳的な分析」を取り入れているかというと、かなり怪しいと私は思う。実際のところ私たちは、日常における多くの意思決定を「感情優先」で行っているからだ。

 たとえば、毎日の昼食で「何を食べるか」を決める際、あなたはどんなことを考えているだろうか?

 ずばり、「深く考えていない」という人が、ほとんどだと思う。そのときの「気分」だけで決めることもあるだろうし、友達との外食なら、友達が「食べたい」と言ったものに合わせることもあるだろう。

 あるいは、「昼食はいつもこの店のこのメニュー」と決めていて、習慣的に食事を済ませている人もいると思う。

 一方、「左脳重視の選び方」をするのであれば、医療機関などが定める理想的な献立になるべく準拠したり、「カロリーや糖質を細かく計算して食べるものを決める」ことになるだろう。

日々の行動を合理的に

決められる人は一握り

 だが、プロのアスリートやダイエットを行っているような人を除いて、そこまで考えながらランチのメニューを決めている人は、いったいどれほどいるだろうか。

 つまるところ、健康面や栄養面から「合理的な食事」を選択することは可能だが、実際にそんな合理的な思考に基づいて生きている人は、ほとんどいないのだ。

『客観より主観 “仕事に差がつく”シンプルな思考法』 (内田和成、三笠書房)

 これはなにも、「食」だけに限った話ではない。たとえば「衣」に関しても同じだ。

 服の機能面だけを取り上げるなら、「おしゃれな服」を着る意味などない。それでもみな、たとえ機能的ではないとしても、「自分の好きな服・気分が上がる服」を、感覚的に毎日選んでいるはずだ。

 服の話で言えば、かつてスティーブ・ジョブズが、ずっと同じタートルネックのセーターを着続けていることが話題になった。

 確かに、同じ組み合わせの服だけを購入し、毎日代わる代わる着ていれば、服装選びに時間がかからないから、非常に合理的だ。ただ、ではジョブズと同じことをしている人が実際どのくらいいるかといえば、やはりほとんどいないだろう。

 ようするに人間は、頭では理性的な選択をしたいと思いながら、実際には無意識レベルの「主観」で日々の行動を決めているのである。