「パンダ不在の恐ろしさ、いなくなって初めて気づいた」脱パンダ派もガチ勢も知らない、地域が抱える深刻な課題…中国が実は日本に貸したい意外な「メリット」も

最終観覧日のレイレイ=25日

 1月27日、東京・上野動物園近くの道路はパンダグッズを身につけた人で埋め尽くされた。園を離れる双子のジャイアントパンダを見送るためだ。2頭とも上野動物園生まれだが、中国に返還される。

 トラックが動物園から出てくると、ファンから悲鳴にも似た声が上がった。

「シャオシャオ!」「レイレイ!」

 トラック内のパンダの姿は見えない。それでも「ありがとう」と声が飛ぶ。「いってらっしゃい」という声も。いつか園に帰って来てくれるという思いからだろうか。

 中国返還が決まった後、クローズアップされたのは一目見ようと動物園に押し寄せる人々や、悲嘆に暮れるファン「ガチ勢」の姿。一方では、反中感情や「外交カード」にされることへの嫌悪感から「もうパンダはいらない」という脱パンダ論もSNSなどで盛んに目にする。

 ただ、地域にとって今回の事態はより深刻だ。地元の上野では「死活問題」とさえ言われる。どういう意味か。(共同通信パンダ取材班)

観覧最終日のシャオシャオ=25日

 ▽空港まで見送る人も

 パンダが園を離れる日。駆け付けた埼玉県上尾市の主婦(57)は両手に2頭のぬいぐるみを抱えて嘆いた。

 「とうとうこの日が来てしまった」

 ファン歴は長い。子どものころに親と一緒に動物園を訪れて以来という。パンダにすっかり魅了され、動物園で会う時間は「癒やしだった」。

 横浜市から母親と訪れた小学4年の女子児童は「大好きだよ」「今までありがとう」と書いた手作りのうちわを持っていた。毎週のように2頭に会いに来ていたという。

「中国でも愛されて、幸せに暮らしてほしい」

 ファンの姿は、2頭が飛び立つ成田空港にもあった。27日の午後7時過ぎ、2頭が入っているとみられるケースが航空機に積み込まれた。ロープで頑丈に固定されている。複数の作業員が一つずつ、慎重に貨物機の中に運んだ。

上野動物園を出発シャオシャオとレイレイを乗せたトラックを見送る人たち

 滑走路を一望できる公園には、防寒服を着込んだファンが100人以上集まっていた。

姉と共に見送りに来た栃木県那須塩原市の女性(63)は、パンダを撮影するために一眼レフカメラを買ったという。そのカメラを手に「中国にも会いに行きたい」と語った。

 動物園で出発を見届け、そこから成田まで2頭を追いかけた人もいた。埼玉県蕨市の女性は、パンダが描かれた友人手作りのオリジナルパーカ姿。「中国でも幸せにやっていけると思う。また会いに行きたい」

中国に返還される双子のジャイアントパンダ、シャオシャオとレイレイを載せたとみられる航空機を見送る人たち=千葉県成田市

 航空機が離陸したのは午後8時過ぎ。「ありがとう」「気を付けてね」と声を張り上げるファンの目には涙があった。

 ネットでは最近、パンダを誘致する日本国内の動きを「売国」「媚中」と批判する声もある。ただ、現場のファンの熱気はパンダ愛の深さを感じさせるものだった。

上野観光連盟の二木忠男名誉会長

 ▽悲しんでいる余裕がない

 パンダの帰還を悲しむファンたち。一方で、「パンダのお膝元」を自任してきた上野の街に、悲しんでばかりいる余裕はない。

 上野観光連盟の二木忠男名誉会長の脳裏に浮かぶのは十数年前の光景。上野動物園にパンダが不在だった期間のことだ。2008年4月、1頭だけ飼育されていたリンリンが死に、「ゼロパンダ」に。解消されたのは2011年で、リーリーとシンシンが来日した。

 「看板役者のパンダを失う恐ろしさを、いなくなって初めて分からされた」

 不在の3年間、入園者数は低調だった。2008年度は約289万人で、前年度から約59万人も減った。翌2009年度は約302万人とやや持ち直したものの、2010年度は約267万人に落ち込んだ。

 入園者数の急減は地域経済を直撃した。パンダのいる上野動物園は行楽先の定番だった。来園者は周辺で食事や買い物をし、地域経済を潤す。二木さんはこう振り返る。

 「肌身で人が少ないと感じた。地元からも『活気がない』という声があった」

 街を挙げてのパンダ招致活動を経て新たな2頭が貸与されると、2011年度の入園者数は約470万人と急回復。街に活気が戻った。

上野動物園内の売店でパンダのグッズを見る来園者=27日

 ▽「多方面への波及効果はパンダだけ」

 今回の返還は上野に再び影を落とす。深刻なのは、首相の台湾有事発言に端を発した日中関係の悪化により、新たなパンダの貸与が見通せないことだ。地元でも招致に向けた動きは見えない。

 上野はどうすればいいのか。小林裕和国学院大教授(観光学)は、街づくりの議論の契機とすべきだと指摘する。パンダロスによる短期的な影響を予想しつつも「10年単位で考えないといけない」と強調し、こう続けた。

 「上野動物園のアイデンティティーも街づくりに関係する。一緒に考える必要がある」

シャオシャオ(右)とレイレイ(左)

 ▽変化を求められる動物園

 パンダがいなくなって最も困るのは、その動物園かもしれない。

 2017年まで園長を務めた、土居利光日本パンダ保護協会会長に聞くと、こう教えてくれた。

 「上野動物園にとってパンダは非常に重要な存在。他の動物や自然環境への関心にもつながる」

 上野動物園は約300種類の動物を飼育している。首都にあるだけに、知名度を含めて国内で頭一つ抜けた存在で、上野のパンダはその象徴になってきた。「自然環境や文化まで、多方面に波及効果をもたらせるのはパンダだけ」

 そのパンダを失ったいま、パンダに頼りすぎない動物園の魅力向上策が必要になりそうだ。

 ▽高い繁殖技術

 動物園にはさらに大きな課題がのしかかる。パンダ不在のままで、繁殖技術をどうつないでいくかという点だ。上野動物園には、長年の飼育で繁殖に関する知見が蓄積されている。

 帝京科学大の佐渡友陽一准教授(動物園学)によると「発情の見極めなど、紙に書き切れないことは膨大にある」。飼育員が世代交代するほど長期間の不在となった場合、技術継承にも懸念が生じることになる。 

 日中関係にもからむパンダが、今後また貸与されるのかどうかは見通せない。ただ、中国にとって、日本への貸与にはメリットもあるという。

「中国がパンダを貸し出してきたのは、上野動物園でしか得られない新しい飼育技術を知りたいからだ」(佐渡友准教授)