「円安で日本が潤う時代」は終わったと断言できるワケ

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食料品や衣料品など、あらゆる物の値上げが当たり前になった。しかし、その値上げによって余分に払ったお金は、小売店の給料アップに寄与していないという。いったい我々が支払ったお金は、どこに消えているのか。物価高騰に賃金上昇が追いつかない真の原因を探る。※本稿は、社会的金融教育家の田内 学『お金の不安という幻想 一生働く時代で希望をつかむ8つの視点』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。

物価は高騰したのに

賃金上昇が追いつかない

 2022年以降、電気代や建築費、うどんの値段までが上昇した。それなのに、給料はなかなか追いついていない。

 一般的な説明はこうだ。

「うどん屋が100円値上げしたのは、材料費が上がったから。だから、従業員の給料には回らない」

 なるほど、と納得しそうになるが、どこかに違和感が残る。うどん屋から見れば、値上げの100円は材料費として“消えた”ように感じられる。だが、実際に100円玉が蒸発するわけではない。その100円は材料の小麦粉を作る製粉会社へと渡っていく。

 製粉会社も儲かっているわけではない。彼らもまた、原料の小麦が値上がりしたため、やむを得ず小麦粉の価格を引き上げた。

 では、その小麦を生産するのは誰か?それは、海外の農家だ。日本で消費される小麦の大半は輸入に頼っている。

 つまり、うどんの値上げ分の100円は国内ではなく、海外の生産者の収入となっているのだ。

 もちろん、ここでの説明は大きく単純化している。実際には、製粉工場の機械や電気代、農家が使う肥料代など、さまざまなコストが絡み合っている。それでも、本質は同じだ。

 値上げされた100円は、必ず誰かの収入になる。

 問題は、そのお金が海外に流出していく構造にある。このため、日本国内の給料が上がりにくくなっているのだ。

原材料からエネルギーまで

輸入に頼りきってしまったツケ

 海外に頼っているものは小麦だけではない。鉄鉱石や原油、天然ガス、さらに木材までも輸入している。

同書より転載

 2022年に起きた世界的な物価高騰は、こうした自給率の低い分野を直撃した。

 物価が上がるほどに、私たちが払ったお金は海外に流出し、日本国内の給料はなかなか上がらない。この構造が、世界の中で、日本だけ賃金が伸び悩む理由だ。

同書より転載

「それなら小麦の代わりに米を食べればいい」という考えもある。たしかに米の自給率は高いが、高齢化などの影響で農業従事者は減り続けている。このままでは、米の供給すら維持できず、米の価格が慢性的に高額化するような事態になりかねない。

 結局のところ、国内の働き手が足りなければ、輸入に頼らざるを得ない。そして、そのたびに、お金は海外へ流れ、給料は上がりにくくなる。

「円安は日本経済に良い」と

長年信じられてきた

 お金の流出に拍車をかけているのが、円安だ。この円安もまた、働き手不足という深い根とつながっている。

「責任者、出てこい」

 そう叫びたくなるのだけど、いったい誰に言えばいいのだろうか。

 長い間、「円安は日本経済に良い」と言われてきた。その話を信じていたのに、円安が進むほど、生活はどんどん苦しくなっている。

 いったい、なぜなのか。その理由を、私たちは知らされていない。

 2021年初頭に1ドル=100円程度だった為替レートは、2025年には1ドル=150円近くまでドル高・円安が進行している。

 ミカンを買う人が増えればミカンの値段が上がるように、ドルを買う人が増えれば、その価格も上がる。それが、ドル高・円安になる仕組みだ。

 たとえば、スーパーマーケットで小麦粉を買うとき、レジで千円札を差し出す。しかし、小麦を生産するアメリカの農家には、その千円札は届かない。間の企業がその千円札でドルを買い、ドルで支払っているのだ。

 アメリカ産の小麦が100ドルから200ドルに値上がりすれば、日本はそれまでの2倍のドルを用意しないといけない。鉄鉱石や石油を買うときも同様だ。

 ドルでの価格が上がれば日本企業はより多くのドルを用意する必要がある。つまり、為替市場で「円を売ってドルを買う」動きが活発になる。これに日米の金利差などの要因も加わり、1ドルは100円から150円へと上昇した。

 この円安が、私たちの暮らしにも跳ね返る。仮にアボカドの値段は、海外では1個1ドルのままだったとしても、日本のスーパーに並ぶときには、100円から150円に値上がりしているのだ。

物づくりが弱くなった日本は

円安のメリットを享受できない

 では、なぜ日本はこれまで円安を歓迎してきたのか?それは、かつての栄光を信じていたからだ。

 1980年代、「メイドインジャパン」が世界を席巻した。日本製の自動車や家電、半導体が海外で高く評価された。今ではiPhoneで音楽を聴くのが主流だが、当時は世界中の人が日本製のウォークマンを使っていた。

 ウォークマンの価格が1万5000円だったとして、1ドル=100円なら海外価格は150ドルだが、円安で1ドル=150円なら100ドルにまで価格を下げられる。

 海外の人には割安に映り、売れ行きが伸びる。日本企業は潤い、給料も上がった。円安はたしかに追い風だった。

 でも、それはもう過去の話だ。

 今の日本には、世界に誇れる商品が少なくなっている。円安でも日本製品は売れない。それどころか、家電や機械、さらには魚介類など、かつて輸出していたものを今では輸入に頼っている。特に、音楽配信やクラウドサービスなどデジタル分野ではアメリカへの依存が進んでいる。

 外国に売れる物が減り、外国から買う物ばかり増えた。当然、円安が進み、物価も上がった。

 私たちの暮らしは、確実に追い詰められている。だから「責任者、出てこい」と叫びたくもなるのだ。

 一般的には、物価上昇に給料が追いつかない理由として、円安や原材料の高騰が挙げられる。

『 お金の不安という幻想 一生働く時代で希望をつかむ8つの視点 』(田内 学、朝日新聞出版)

 しかし掘り下げると、その根本には「人手不足」という現実が見えてきた。私たちが必要なモノを作る力が減り、世界が欲しがるモノを生む力も弱まっているのだ。

 リクルートワークス研究所の報告書でも、「先端分野への人材供給が後回しになり、経済活動が一層停滞する」と警鐘が鳴らされている。

 このままでは、日本が新しい価値を生み出す力は衰える。円安も止まらず、物価はさらに上がっていくだろう(注1)。

 円安の本質はお金自体の問題ではない。

 それは「人手不足という構造的な危機」そのものなのだ。

(注1)貿易・サービス収支の赤字が拡大傾向にあり、円安圧力になっている。一方、海外投資からの収益を表す所得収支の黒字の方が大きいが、こちらは外貨のまま保有されることが多く、円高圧力になりにくい。