「光らせないのが格好いい」750万円のクラウンでも採用、磨くと台無し「マット塗装」が量産車に広がるワケ
マットカラーの魅力と市場動向
街なかで見かける車のボディカラーといえば、鏡のように光を反射する艶やかな塗装が一般的だ。ところが近年、光沢を排除した「マットカラー」と呼ばれる艶消し塗装を施した車の存在感が増している。塗装面にあえて微細な凹凸をつけ、光を拡散させることで落ち着いた質感を生み出す仕上げである。通常の塗装が光を跳ね返すのに対し、マット塗装は光を拡散反射させ、鏡面反射を抑える。その結果、車体の形状やプレスラインがくっきり浮かび上がる。
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この特性は、スポーツタイプ多目的車(SUV)のような大柄なボディとの相性が特に良い。余計な反射が消えることで塊感と迫力が際立ち、黒やグレー系のマット塗装は重厚感と高級感を同時に演出する。外観上のこうした差別化は、車種が乱立して同質化する市場で、他車との差別化を明確にし、製品の付加価値を高める手段となっている。
市場調査会社Consegic Business Intelligenceのレポートによると、世界の自動車用塗料市場は2024年の約94億7600万ドル規模から、2032年には約130億1400万ドル(2兆500億円)に拡大する見通しだ。そのなかでマット仕上げは、予測期間中に最も高い年平均成長率を記録すると予測され、市場全体の年平均成長率4.3%を上回る勢いで伸びると見込まれている。
背景には、消費者が性能数値以外の感性的な要素に対して、より高い対価を払うようになった市場の変化がある。メーカーもこれに応じ、
・高単価オプション
・特別仕様車
を強化し、一台あたりの収益性を高める戦略を鮮明にしている。一部の愛好家向けだった「マットカラー」は、もはや市場の一角にとどまらず、普及の兆しを見せつつある。本稿では、その背景と今後の展望を考察する。
海外トレンドと国内展開

BMW M3クーペ フローズン・シルバー・エディション(画像:BMW Group)
マットカラーの流れは、欧州の高級車ブランドが早くから牽引してきた。メルセデス・ベンツを中心に2000年代から採用例はあったが、トレンドを本格化させたのはBMWだ。
BMWは2011年、M3クーペの限定車「フローズン・シルバー・エディション」を30台限定で発売した。価格は1243万円で、マット塗装の魅力を広く市場に浸透させる契機となった。また、メルセデス・ベンツもGクラスでマット仕上げの「マグノ」系カラーを積極的に展開しており、2025年には全4色すべてがマットペイントの200台限定車「G63 ブラックアクセントエディション」を価格3535万円で投入している。こうした超高価格帯での展開は、特殊塗装がブランドの格を際立たせ、高い利益率を確保する有力な手段であることを示している。
2023年9月のカラートレンド説明会では、海外市場においてマットカラーはすでに定番化しているとの見解が示された。一方、国産車にとって大きな節目となったのは2023年末だ。
トヨタはクラウンクロスオーバーの専門店限定特別仕様車「THE LIMITED-MATTE METAL」を価格750万円で発売した。その後、2024年にはクラウンスポーツ(820万円)、2025年にはセダンのHEV版(810万円)やエステート(890万円)へと展開を拡大している。主力車種へのマットカラー投入は、日本市場でも維持管理の負担を上回る需要があると判断した結果といえる。
かつて売却時の査定に不利とされた特殊塗装は、今や希少価値を保証し、製品の魅力を長く維持する要素へと変化しているのだ。
質感表現と製造・維持の難易度

メルセデスAMG G63 ブラックアクセントエディション(画像:メルセデス・ベンツ日本)
マット塗装は、通常のクリア層を「艶消しクリア」に置き換え、表面に微細な凹凸を作ることで光を乱反射させる。鏡面のような光沢を抑え、晴天下でも眩しい反射が出にくいため、ボディの陰影が繊細に表現される。その結果、車体の形状が強調され、他とは一線を画す高級感が生まれる。所有者にとって、標準塗装とは異なる存在感が大きな魅力となる。
しかし、この質感を量産過程で安定させるには高い技術力が求められる。トヨタの堤塗装成形部・石垣佑樹氏は、クラウンのマット塗装について、
「艶あり塗装は異物が入っても磨いて整えられるが、マット塗装は磨くと艶が出てしまうため、最初から異物を入れないことが重要」
と他媒体の取材で説明している。光沢塗装なら研磨で微細な傷や異物を修正できるが、マット塗装では研磨によって表面の凹凸が失われ、本来の質感が損なわれる。そのため、塗装前に通常より長い時間をかけて車両を洗浄するなど、異物混入を防ぐ専用の工程を設けている。
こうした厳格な品質管理は製造コストを押し上げるが、一方で高度な生産体制を持つメーカーだけが提供できる参入障壁にもなる。安易な追随を許さない品質の高さが、そのままブランドの競争力につながる。
ユーザー側の管理にも注意が必要だ。表面の微細なくぼみに汚れや水垢が入り込むと除去しにくい。一般的なワックスやコンパウンド入りの製品は、表面の凹凸を埋めたり削ったりして不自然な艶を生む。このためトヨタの取扱説明書では、ワックスやコンパウンドの使用を控えるよう繰り返し注意されている。補修時も部分的な塗り直しでは質感の差が出やすく、パネル単位での作業が必要になる場合が多い。
こうした維持管理の難しさが、各メーカーが量産車への採用を慎重に進めてきた大きな理由である。
コーティング技術と普及の可能性

BASFのEMEA地域のキーカラー HARBINGER’S INK(ハービンジャーズ インク)(画像:BASFジャパン)
日本メーカーはこれまでマットカラーに慎重だったが、トヨタがクラウンで実用化した「TMコート」は、その制約を緩める可能性を示している。クラウンのマット塗装開発に携わった竹谷美雪氏は、この技術を
「フッ素加工のフライパン」
に例える(Car Watch「トヨタ、クラウン専門店限定の特別な「クラウンクロスオーバー」 手入れしやすいマットなボディカラーを採用」より)。
塗装の最表面に汚れを防ぎ、付着した汚れを落としやすくする層を設けることで、マット塗装特有の欠点を大幅に軽減した。
この技術は、年1回程度のメンテナンスで性能を新車に近い状態に戻すことができ、限られた回数であれば機械式洗車機の利用も認められている。ユーザーにとって維持管理の負担、すなわち総所有コストが低下したことは、普及を後押しする要因となる。また、定期的なメンテナンス作業が発生することで、顧客を継続的に店舗に呼び戻す効果も生まれる。これは、車両販売時に利益が確定する売り切り型のモデルから、保守点検を含めて長期的に利益を積み上げる収益構造への移行を促す要素となる。
世界的な潮流を見ると、電気自動車(EV)の普及にともない、車両を自分好みに仕上げる需要が高まっている。BASFジャパンの2024~2025年予測では、従来の定番色から離れた個性的な色が支持され、ボディカラーの多様化が鮮明になっている。日本の自動車用塗料・コーティング市場も、IMARCグループの報告によれば、2024年の18億5380万ドルから2033年には29億3807万ドル(約4620億円)へ拡大する見通しだ。
こうした成長は、特殊塗装に対応する専用の洗浄剤や保護剤など、新たな市場の広がりを裏付けている。かつて扱いが難しい仕上げとされていたマットカラーも、保護技術の進歩で量産車の現実的な選択肢となった。普及の拡大は、塗料メーカーや洗車関連産業を巻き込み、自動車を美しく保つ分野に新たな収益機会をもたらしている。
感性表現としての資産価値

マット塗装の自動車市場新戦略。
マットカラーの普及は、車両が単なる移動手段を超え、個人の感性を表現する資産としての性格を強めていることを示している。EVの普及で走行性能や静粛性で差をつけにくくなるなか、視覚的な存在感は価格に影響する重要な要素となった。メーカーは、この特殊な塗装を通じて一台あたりの利益率を高める戦略を加速させている。
維持管理の難しさを克服したコーティング技術の進歩は、購入後のメンテナンスを正規販売店へ誘導する動機にもなる。これは、売却して終わる関係から、所有期間を通じて収益を積み上げる形態への移行を意味する。
今後は高価格帯モデルでこの仕上げが標準となり、中古車市場での流通価格が安定すれば、資産価値を守る手段として定着し、産業全体の収益構造を支える柱になるだろう。