消えゆく「街の整備工場」――なぜ年収「480万円」でも人手が集まらないのか? 6兆円市場で進む残酷な「適者生存」

整備業の退出加速

 自動車整備の分野で、小規模な事業者の退出が目立ってきた。倒産や休廃業は過去最多の水準に達し、地域に根ざしてきた「街のモータース」が減り続けている。

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 背景にあるのは、後継者不足や景気の波だけではない。車の電子制御化や先進運転支援の広がりに加え、コンピュータ診断を使う車検の仕組みが入り、現場に求められる技術や機材の水準は大きく変わった。

 そこに人手不足が重なる。従来のやり方では立ちゆかない場面が増えつつある。人手に頼る修繕中心の仕事から、複雑なシステムの性能を見きわめる仕事へと移るなかで、投資余力の乏しい事業者は選別される段階に入った。

過去最多の退出件数

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コンピューター診断をする整備士(画像:写真AC)

 帝国データバンクの調べでは、2024年度の自動車整備業における休廃業や解散は382件にのぼり、過去最多を更新した。前年度の334件から約15%増え、負債1000万円以上の法的整理に至った63件を含めると、計445の事業所が市場から姿を消したことになる。

 その約9割を年商1億円に満たない小さな工場が占める一方で、業界全体の市場規模は拡大している。日本自動車整備振興会連合会の調査によれば、2023年度の売上高は6兆2561億円と前年度比で5.9%伸び、3年連続の増加となった。業態別に見ても、ディーラーや専業、兼業、自家用といずれも成長している(『日本経済新聞』2026年3月19日調査)。

 全体が潤うなかで地域を支えてきた中小の工場が減り続けている事実は、収益の偏りを浮き彫りにする。背景には、積み上げてきた熟練の技が、電子制御の進んだ車に対応しにくくなっている現実がある。高度な診断用の機材は、かつてのように作業を楽にするための物ではなく、いまや事業を続けるうえで越えなければならない高い壁になった。

 自社で扱えない複雑な修理をディーラーに委ねざるを得ない状況も重なる。収益は圧迫され、次の投資に踏み出せない。そうした循環が、小さな工場の体力を削っている。

整備士減少と需給の崩れ

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自動車整備をする整備士(画像:写真AC)

 人の面での制約も、この分野が抱える重い課題だ。自動車整備の専門学校の入学者数は、この約20年で半分に減った。整備士の数も過去10年で約1万2000人減り、有効求人倍率は4倍を超える水準が続く。この状況は、一時的な人手不足という言葉では説明しきれない。供給が縮む一方で需要だけが増え、需給の崩れが常態化しているためだ。

 一方で、労働市場における現業職の価値は上がっている。最新の統計によれば、自動車整備・修理従事者の年収は480万4100円となり、総合事務員の467万6500円を追い抜いた。賃金の伸び率も9.4%に達しており、生成AIによる自動化の影響を受けにくい職種としての強みが表れている。事務職などはAI導入で仕事の多くが自動化される懸念があるが、整備の現場はその影響を受けにくい(『日本経済新聞』2026年2月24日付け)。

 しかし、市場全体で賃金が上がるなか、小さな工場では人集めがいっそう厳しくなっている。高い給料を支払う余力が乏しく、最新の技術に触れたい若い世代を呼び込めない。整備士に求められる役割は、手作業の技能からコンピュータを扱う能力へと移りつつあるが、教育の場を整えられない現場から人が離れていく。その結果、人手不足で仕事を受けきれず、売り上げを逃して経営がさらに苦しくなる。人が足りない状態が、廃業の可能性を高める循環につながっているのだ。

制度変更がもたらす現場転換

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整備士によるタイヤチェック(画像:写真AC)

 整備産業の姿を大きく変えているのは、技術と制度の進展だ。OBD(車載式の診断システム)は以前から搭載されてきたが、とくに輸入車では排ガス規制への対応もあり、早い段階から広がってきた。診断用機器を使った点検の体制も、それに合わせて整えられてきた経緯がある。

 転機となったのは、この診断情報が車検の枠組みに組み込まれたことだ。2024年には国産車で運用が始まり、2025年以降は輸入車にも広がる。目視や経験に頼ってきた点検は、電子データに基づく確認へと軸足を移した。

 さらに先進運転支援の広がりにより、センサーやカメラの精度を保つエーミング作業が欠かせなくなった。この工程ではミリ単位の調整が求められる。高機能のスキャンツールに加え、測定環境も厳しく問われるようになった。特定整備事業の認証取得も求められるようになり、事業を続けるには一定規模の設備投資が避けられなくなった。その結果、業界に残るための条件は引き上げられている。

 メーカーによる情報管理が強まるなかで、整備の役割も変わりつつある。故障を直す仕事から、システムの安全性を法に基づいて確かめる仕事へと比重が移っているのだ。

市場二極化の進行

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自動車整備工場での作業風景(画像:写真AC)

 環境の変化は、市場の二極化を加速させている。資金力のある大手ディーラーや大型チェーンは設備投資を積極的に進め、電子制御への対応を自社で完結させることで存在感を強めている。売上高の伸び率を見ると、カー用品店などの兼業が11.8%増、自社車両を扱う自家用が8.6%増と勢いがある(同)。これに対し、街の修理工場を含む専業の伸びは4.4%にとどまっており、業態による成長の差が鮮明になった。投資の回収が見込みにくい小さな工場は、対応の遅れから市場を去る流れが止まらない。

 その結果、整備の機能は一部の拠点に集まり、地域ごとの偏りが広がっている。地方で長く続いてきた現場では、高齢化の影響もあり、急な故障に応じられない例や、作業が終わるまでに長い時間を要する例が増えている。かつてのように気軽に立ち寄れる場所は減り、日常的な点検や軽い修理を担う拠点は少なくなった。移動の自由を支える土台が、いま崩れつつある。

 安全性能を保つための負担が、身近な基盤を削る構図も鮮明になった。遠くの拠点まで車を運ぶ時間や入庫待ちは、利用者にとって大きな負担となる。地方での利便性を損なうだけでなく、大手による占有が進めば、将来的に整備費用が引き上げられる懸念もある。安全性を高めるための技術向上が、皮肉にも地域ごとの移動の格差を広げる結果を招いている。

維持困難時代の到来

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自動車整備業界の二極化と危機。

 今後、事業者の退出がさらに進めば、「車を所有していても適切に維持できない」事態が現実のものとなる。車検や修理の待ち時間が長くなる弊害は、すでに一部の地域で表面化し始めた。2024年度の調査によれば、業界全体の売上高は3年連続で増加している。整備士の年収が事務職を追い抜くなど、労働市場における重要性も高まった。しかし、市場原理に任せるだけでは、投資ができる大手と、対応できない小さな工場の差が広がる一方だ。

 この課題に対し、各事業者が自力で対応するには限界がある。生き残るには、高価な機材をすべて自社で揃えるのではなく、近隣の工場と設備を共有し、高度な分析は外部に委ねる体制へ移る必要がある。地域の工場が利用者との接点を守り、最新設備を持つ拠点が後ろから技術を支える。こうした関係を築けるかどうかが、存続を左右する。行政の支援も、機材導入の負担を減らす仕組みや、技術者を育てる環境づくりに注力すべきだろう。

 とくに地方では、整備を一企業の利益の問題として見るだけでは不十分だ。電気や水道と同じく、生活を支える土台として位置づける視点が欠かせない。業界の再編は避けられないが、その過程で「地域で直す機能」をいかに維持するか。これが今後の移動を巡る政策において解決すべき中心的な課題だろう。