「仕事が速い」と褒められる人が毎日こっそりやっていること

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人の集中力や判断力は、一日の中でも一定ではなく、ピークにも個人差がある。自身のピークを知り、的確に“時間の配置”を決めることが重要だという。自らのパフォーマンスが最も高まる瞬間を把握し、より効率的に質の高い仕事をするための考え方とは。※本稿は、ビジネス数学・教育家の深沢真太郎『人生をシンプルにする数学的思考 「速さ」よりも、やることを「少なく」。』(三笠書房)から一部を抜粋・編集したものです。
トップアスリートさえも
“ピーク”を逃すことがある
トップアスリートでも、なぜか試合本番でいい結果を出せない人がいます。
その理由を専門家に聞いたところ、自分のコンディションの“ピーク”を本番に持ってくることに失敗しているのだそうです。私はその分野は素人ですが、思わず「なるほど」と思ってしまいました。
これは、ビジネスの世界で生きる人も同じではないかと思います。すなわち、重要な仕事に自分のピークを合わせることが必要なのです。あるいは、ピークに合わせて重要な仕事をすると考えてもいいでしょう。
たとえば、あなたは重要な仕事を午前、午後、夜のいつにするか決めていますか。私は午前と決めています。なぜなら私は、時間の経過とともに劣化していく人間だからです。実際、起床した瞬間の深沢真太郎と、就寝する直前の深沢真太郎を比較したら、後者のほうが能力的には低い状態になっています。疲労していたり、眠くなっていたり、翌日に控えた大切な用事について考えたかったり。
このことを数学的にとらえると、時間の経過と能力の関係を科学することに他なりません。
私の能力のイメージをグラフ化すると次のようになります。

同書より転載
たとえば、朝8時に起きて、深夜0時に就寝するとします。起床してしばらくは戦闘能力も高い状態が続きますが、ランチタイムを経て午後に入ると一気に減少していきます。そして夜は能力にほぼ変化がなくなり、低空飛行を続けるのみとなるイメージです。夜の私ははっきり言って“ポンコツ”です。
研修講師としての仕事やインタビューを受けるとき以外は、基本的にはオフィス兼自宅で過ごしていますが、仕事には生産性を求めるタイプゆえ、いかに無駄なく質の高い仕事をするかを追求しています。
時間帯によって
作業内容を変える
そんな私が現時点で採用しているルールは次の通りです。
午前:生産
午後:生産の続き、あるいはその質のチェック
夜:作業
生産とは文字通り、生み出す仕事です。たとえば新しい研修コンテンツの作成であったり、書籍の企画アイデアを考えたり。「ない」状態を「ある」に変える営みです。当然ながら大きなエネルギーを要します。
私の能力は朝起きたときから劣化が始まっています。ならば、大きなエネルギーを要する仕事を優先して行うことは自然です。
だから生産という営みは、たいてい午前に行います。
そしてその生産が終わらなかった場合は午後も継続し、時間が許せばその質のチェックなどを行います。たとえば午前に研修コンテンツを作成したのであれば、午後はその内容を受講者目線で眺め、微修正などを行うイメージです。
日も暮れて夜になれば、私は“ポンコツ”ですから、重要な仕事は絶対にしません。いわゆる仕事部屋にはいますが、簡単なメールを書いたり、翌日のことを構想したり、読書をしたり、動画や音楽を楽しんだりしています。つまり、「ほぼ何もしていない」のです。
何時に起きて仕事をするかより
ピークのときに何をするかが大切
ただしこれはあくまで私の場合であり、あなたに「午前中に大切な仕事をあてなさい」と言っているのではありません。人によってはランチを食べた後くらいから心身ともに“ノってくる”という人もいるでしょうし、夜のほうが圧倒的に集中できるという人もいるでしょう。
その場合は、その時間帯に高いパフォーマンスが必要な仕事をあてれば良いのです。
何時に起きるか、何時に集中して仕事をするかはこの話の本質ではありません。
「ピークのときに重要なことをやっているか」が本質です。
私はこれができるかどうかが、すべての仕事の質や成果を大きく左右すると思っています。

同書より転載
そもそも、人間の能力なんて大差はありません。誤解を恐れずに言えば、私たちが「仕事」と呼んでいる営みのほとんどは、はっきり言ってそれほど難しいことではありません。
にもかかわらず、成果というものに大きな差がつくとするなら、何か「外してはいけない大切なこと」を大きく外しているのです。
あなたにお勧めしたいのは、自分の1日のピークタイムに自覚的になることです。
できれば私と同じように、時間と能力の関係をグラフ化してみてください。
もしどんなグラフになるのか思い浮かばないなら、明日からこのグラフを描けるようになることを意識して毎日を過ごしてみてください。
そのグラフが頭の中にはっきり描けるようになったら、重要なタスクはそのピークタイムにあててください。あまり重要でない雑用はその時間帯にはやらないでください。重要でないミーティングがピーク時間帯に入りそうなら、参加できるとしても勇気を持って断ってください。それができないなら、時間帯をずらす相談を相手にしてください。
そして空いた時間で、あなたの仕事にもっとも必要な「生産」をするのです。
仕事は1日につき
1タスクに調整する
「仕事が速いですね」とよく言われます。
私には期限を守るという哲学があります。仮に私の仕事が「速い」とするなら、そのことと無関係ではないのでしょう。
「仕事が速いですね」と褒められたとき、表面的には「ありがとうございます」と感謝の気持ちを述べます。もちろんそれはウソではなく、褒めていただいたことに心から感謝の気持ちを持っています。
一方で、その裏ではこんなことも考えてしまっています。
「この人は、私の仕事が速いと誤解しているな」
速いとは、速度という言葉があるように、スピードがあるということだと思います。しかし私の仕事術は、スピードがあるのではありません。
たとえばパソコンのタイピングも遅い。インプットのために読書をたくさんしますが、速読とは程遠いくらい読むのが遅い。いろんなタスクを同時進行でパッパと片づける、いわゆるマルチタスクのような能力もありません。私は究極のシングルタスク脳です。具体例をいくつかご紹介します。
たとえば私は1日の過ごし方として、午前中は書籍の執筆をして、午後は企業の研修に登壇し、夜は別件で打ち合わせをする、といった形がとても苦手です。できるだけ仕事は1日につき1タスク(1テーマ)となるように調整し、「今日はある事柄だけ考えていればOK」な状況を目指します。もちろん365日それを完璧に実現することは不可能ですから、できるだけそれに近づける、という考え方です。
もっとカジュアルな例を挙げるなら、仕事のことを考えているときには、家族から話しかけられても聞いているフリはしますが、聞いていません。聞いていないというよりは、聞くことができないのです。申し訳ないとは思っていますが、できるだけ「ある事柄だけ考えていればOK」な状況を目指してしまうのです。
私は「速度」があるわけではないのです。では、どうして人から「速い」と思われるのか。次の論理がその答えです。
することが少ない→結果として早い→人はそれを速いと誤解する
数学的に生きるということは
仕事に「少なさ」を求めること
「具のないラーメン単品」を作るときと、「野菜たっぷりのラーメンと餃子」を作るときとでは、前者のほうがその調理は早く完成します。なぜ差が生まれるのか。答えはひとつしかありません。完成までにすることが、少ないからです。
私は仕事において、「速い」わけではなく、することが「少ない」だけなのです。少ないから、結果的に速くやっているように見えるだけなのです。
することが少ないほど結果として早いとするなら、この二者は「Xが小さいほどYは大きくなる」といった関数的な関係性になります。私にはこれがシンプルな数学に見えます。
数学の論述には、少なさが求められます。長い記述の公式ではなく、少ない記述によりひと目で認識できる公式のほうが優れていて、しかも美しいのです。

『 人生をシンプルにする数学的思考「速さ」よりも、やることを「少なく」。 』(深沢真太郎、三笠書房)
しかし数学の論述に、速さは求められません。計算問題を解くのが速いといった能力が良いとされるのは一部の学校教育や受験などの場であり、本質的にはそれは数学の能力ではありません。ものすごいスピードで黒板に数式を書く数学教師がすごいと評価されるのは、ドラマや映画の中だけです。
数学に、速さは要らない→仕事に、速さは要らない
数学に、少なさは要る→仕事に、少なさは要る
数学的に生きるとは、少なさを求めて生きること。ですから数学的に仕事をするとは、少なさを求めて仕事をすること。私は仕事が速いわけではなく、少ないだけ。でもそういうはたらき方をとても気に入っています。
あなたの仕事に、「少なさ」が必要なことはあるでしょうか。