体の自由と声を失っても「生きればいいじゃん」 ALS患者の「ニャンちゅう」声優・津久井教生さん 視線でパソコン操作し書き上げた闘病記 妻の言葉に背中押され

取材に応じる津久井教生さん=2026年3月、埼玉県川越市

 NHK・Eテレの「ニャンちゅう!宇宙!放送チュー!」の人気キャラクター「ニャンちゅう」の声を30年務めるなど、声優・俳優として活躍してきた津久井教生さん。2019年9月に筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断され、体が徐々に動かせなくなる中で闘病の様子を発信してきた。今年4月、『ALSと笑顔で生きる。声を失った声優の「工夫ファクトリー」』(講談社)を刊行した。口で割り箸をくわえてキーボードをたたく「割り箸入力」に始まり、それもできなくなると「視線入力」で執筆を続け、60万字に上る原稿をぎゅっと縮めた一冊だ。装丁には、津久井さんの背中を押した妻の「生きればいいじゃん」という言葉が、まるで笑顔の口元のように配置されている。声も、体の自由も失った。それでも笑顔は絶やさない。ベッドの上の津久井さんは、何を語るのだろう。(共同通信=高坂真喜子)

 ▽声はなくても表情は豊かに

津久井教生さんの著書『ALSと笑顔で生きる。』

 3月、自宅リビングのベッドの上で、取材に応じた津久井さん。隣の部屋には「ニャンちゅう」のぬいぐるみもいた。人工呼吸器を付け、自力で動くことができないため、24時間体制でヘルパーや妻が介護している。取材の途中で妻がたんの吸引をする場面も。少し苦しかったのか、涙をにじませた。

 津久井さんが意思を伝える手段が、パソコンによる「視線入力」だ。視線だけで文字を入力し、合成音声で読み上げる。時間をかけてパソコンの位置を細かく調整してもらい、いざ取材が始まると、モニター上のキーボードで、すらすらと文字を入力していく。

 津久井さんは気管切開をしており、声を出すことはできないが、表情を動かすことはできる。読み上げている音声に合わせて、自分で声を出しているかのように表情をくるくると変えた。

 「今回、私のALSについて書いた文章が本になり、1人の人が書いた本は、たくさんの人の協力で成り立っていることを知りました。装丁が笑顔のようで、私たち夫婦らしいです。すてきな本が出来上がったと思います。今、多くの人に手に取っていただきたいと思っています」と笑顔を見せた。

「ニャンちゅう」と写真に収まる津久井教生さん(講談社提供)

 ▽突然の転倒

 2019年3月、津久井さんは、突然道端で大きく転倒した。それまで舞台を走り回るなど元気に活躍していたのに、少しずつ歩きにくくなっていく。声優を育成する学校で講師もしていたが、生徒から心配されるように。

 さまざまな検査を経て、半年後の9月下旬にALSと告知される。医師からは「現在において確たる治療法がありません。進行を遅らせると言われている薬が、わずかに認定されているだけです。ALSとはそういう難病です」と言われ、「ある程度覚悟していたとはいえショックでした。いえ、大ショックでした」と振り返る。

 10月にALSに罹患したことをブログで公表。車いすでレギュラー番組の収録や、講師の仕事を続けた。

 検査で発見された肝臓と膵臓の間にある腫瘍摘出手術を受けたが、手術後もリハビリに励み、「ニャンちゅう」の声を出し続けることができた。

 しかし、病気の進行は速く、脚だけでなく、腕も動かなくなっていった。11月にはピアノが弾けなくなり、2020年1月には要介護1に。指が動かなくなった2021年1月には「秘技」と呼ぶ、割り箸をくわえてのキーボード入力を始めた。8月には重度訪問介護が始まり「身支度・移乗介助・食事・入浴・排泄介助・自主リハビリ介助・外出同行・夜間見守り」まで、24時間体制で介助を受けることになった。

 2022年4月には、「ニャンちゅう」誕生30周年を迎えた。だが、6月には要介護5になった。11月には、ニャンちゅうの声を羽多野渉さんにバトンタッチすると公表した。

「割り箸入力」をする津久井教生さん(講談社提供)

 ▽生きればいいじゃん

 ALSは病気の進行に伴い、呼吸機能や嚥下(えんげ)機能が低下する。生きるためには気管切開をして人工呼吸器を装着する必要があるが、それを選ばない患者もいるという。津久井さんも「気管切開はしない」つもりだった。気管切開をしたら、動けない体で最大の楽しみである「しゃべること」ができなくなってしまう。

 2022年12月5日、呼吸困難で意識を失った。「妻をはじめとして、ずっと呼びかけてくれていたのに反応して、戻ってきたことに、何か意味があるんじゃないかと思いました」

 その時、妻から「生きればいいじゃん」と言われ、気管切開の手術を受けることを決心した。決断を伝えたすぐ後に、また呼吸困難に。「あの短い時間で決めていなければ本当に旅立っていたかもしれなかった」。その後、栄養摂取のための胃ろうも造設した。

 著書には体が動かなくなっていく中での日々の工夫のほか、排せつ事情、おむつを使う上で試行錯誤の「おむつトーク」、胃ろうを使って感じていることなど、津久井さんがALSと過ごす日々が詳細につづられている。極めて過酷な難病を患いながら、日々、明るく発信を続ける津久井さん。約1時間にわたるインタビューの間も、笑顔を絶やさず、饒舌に語り続けた。

【インタビュー一問一答編】

 ▽「今やることに夢中」

―今回のご著書は、「割り箸入力」や「視線入力」で執筆されました。大変なことはありましたか。

 「執筆で苦労を感じることはありませんでした。お話を受けた時から、本が出版される喜びであふれました。元のウェブ連載もワクワクしながら書いていたので、ますますワクワクしながら、新たに何を書こうか?といったことを編集者の皆さんと考えて、楽しく時間が過ぎました」

 「今回の本の出版で、過去を振り返ることができたのは良かったと思っています。進行性の病気であるALSという病気に対しては、今を生きるのに精いっぱいの部分があります。今日できていることが、数日後にはできなくなっている。次の一手のための工夫と追いかけっこになっているのです。過去を振り返る機会を与えていただいたおかげで、自分たちがやってきたことの軌跡をもう一度確認することができました。これは、今後のALSと笑顔で生きるためには、ものすごく役に立つと思います。今やることに夢中で、なかなか日記を読み返さないものですから」

視線入力のトレーニングをする津久井教生さん(講談社提供)

 ▽どんな病気か知ってほしい

―ご著書では声優としての人生を振り返り、30年間講師をしていた経験から、声優の仕事の技術についても語られていますね。

 「声優は、多くの人に認知される職業になってきています。でも、かつては裏方の仕事という考え方もありました。私の先輩の中には、キャラクターの持つ夢を壊すから、あまり表には出ないんだという美学を持った人もいます。私は、どちらかというと『声優の津久井教生です』という感じで活動していました。ALSという病気の本ではありますが、ALSに罹患した人が声優だったという立ち位置で書かせていただきました」

 「声優のお仕事の面白さは、役者と違って自分自身ではない人や、動物や植物、物や宇宙人やキャラクターや敵に命を吹き込めること、言葉だけで人を惹きつけることができることです。確かに技術は要りますが、うまくはまった時の楽しさは格別のものがあります。声優の仕事をしていて、1990年代中盤から録音技術や映像技術が急速に発展して、現場にいて、どこまで進化するんだ? とワクワクして、印象に残り楽しかったのを覚えています。私のように番組の役やキャラクターやナレーションに恵まれた人は、ちょっと得をした気がします」

―特に読んでほしいところはありますか。

 「どこも読んでいただきたいものばかりです。申しておきたいのが、これはALSのことに関しての答えを書いた本ではないということです。なぜなら、ALSは、患者の数だけ、種類があると言われる難病なのです。ですが、いろいろな共通点はあるはずなのです。確かに私のALSの体験談ではありますが、そういう共通点がきっとあるのではないかと希望を持っています。私のALSがどんな病気なのかを知っていただけたらうれしいです」

視線でパソコンを操作する津久井教生さん=2026年3月、埼玉県川越市

 ▽妻の「外出したいね」に揺れる心

―ご自分のブログでも闘病する日々を発信し続けていますね。それはなぜでしょうか。

 「ええかっこしい、の精神を自分自身でも大切にしているつもりです。難病に罹患してしまったけれども、どうせならば元気に自分の置かれている状況や状態をお伝えしたい。ALSという難病を皆さんに知ってもらうのであれば、できる限り事実をしっかりとお伝えすることが大切だと思います。罹患した当事者の私が、読みやすく発信していこうと思うのです。そして、私らしく、ALSに罹患したことを暗く捉えずに、発信できると良いんじゃない? なーんていうのが原動力だと思います。読んでくださっている皆さんから、たくさんの“元気玉”をいただいていると思っています。本当に感謝しています」

―最近はどのように過ごされていますか。

 「今年の3月で、外出をしなくなって2年が経過しました。アウトドア派の私としては驚くべきことです。ALSに罹患しても、気管切開をするまでは、ギリギリまでお仕事をやらせていただきましたし、積極的に車いすを使っていました」

 「しかし、呼吸器を装着して車いすに乗ると、思ったよりも人の手がいることが分かりました。周囲は車いすでの外出を勧めてくれたのですが、私は介護ベッドの上の空間で、どれだけ充実して過ごせるかを追求し始めてしまったのです。そして、2年以上が経過しました。すっかりとインドア派に転身してしまった私がいます」

 「もともと音楽やビデオ鑑賞は好きでしたし、スポーツ観戦は好きな野球チームとサッカーチームを全試合、観戦してしまいました。今年は冬季オリンピック観戦、それが終わると、WBCの観戦と結構充実しています」

 「できることをやっていって、楽しいことを探していった結果だと思っています。気持ちは充実しています。ただ、妻の『一緒に外出したいね』の一言には心が少し揺れています」

―皆さんに伝えたいことはありますか。

 「私は、ALSに罹患して、たくさんの難病や、難病に認定されていないそれに近い病気を知ることができました。難病にならなければ、ここまで知ることができなかったと思います。ALSのことを、たくさんの人に知っていただきたいと考えていますが、同じように、日本にはたくさんの難病や病気が存在していること、その病気と戦っている人がいることも知っていただきたいと考えるようになりました」

 「今後も発信していきますので、ぜひご覧いただきたいと思います。そして、SNS上には、そんな病気と戦う人の発信がたくさんあります。興味を持っていただき、できたら応援などしていただけたらうれしいです」

取材に応じる津久井教生さん=2026年3月、埼玉県川越市

【つくい・きょうせい】

 1961年生まれ、東京都出身。出演作に「さんすうすいすい」ジャック役、「ちびまるこちゃん」関口くん、川田さん役、「スクライド」ストレイト・クーガー役など。