ベルリンが5月にも“油断”に陥る、ドイツを襲う深刻な燃料不足の現実、パイプラインを止めたロシアの思惑

カザフスタン原油をドイツに送っているドルジバ・パイプライン(写真:ロイター/アフロ)

 ドイツ最大手の経済紙ハンデルスブラットは4月20日、ドイツのカテリーナ・ライヒェ経済・エネルギー相が航空業界や製油所の関係者らとの会合後、ドイツ国内ではジェット燃料不足は生じないと述べたと報じた。しかし翌週の27日、同紙はドイツが5月にも深刻な燃料不足に陥ると航空業界が危機感を強めていると報じた。真逆だ。

 日本も同様だが、今次のイラン発のエネルギーショックに関しては、政府と現場の認識に著しいギャップが生じているように見受けられる。現場の危機感は非常に強く、例えば、ドイツ最大の航空会社であるルフトハンザドイツ航空はジェット燃料不足を理由として、10月までに国内の不採算路線を中心に2万便を減便する方針を示している。

 欧州連合(EU)統計局(ユーロスタット)のデータより、2024年時点のEU27カ国のジェット燃料(ケロシン型)の調達先を確認してみると、その27%をクウェートとアラブ首長国連邦(UAE)、サウジアラビアといった中東3カ国から輸入していることが確認できる。少なくともこの分が、今回のショックで入手できなくなったようだ。

【図表 EUのジェット燃料調達先 (注)上位10位まで (出所)ユーロスタット】

 一方、国際エネルギー機関(IEA)は4月16日付のレポートで、欧州がジェット燃料の75%を中東産に依存していると指摘している。航空機は発着地のみならず、到着地でも給油する。それに国際線の場合、利用するジェット燃料の量も多くなる。こうしたことを加味した実質的な中東産ジェット燃料への依存度は75%にも達するようだ。

 ライヒェ経済・エネルギー相は、原油そのものはノルウェーや米国、そしてカザフスタンなどから安定供給されているから、ドイツ国内でもジェット燃料を精製できると説明していた。ただ、その発言のすぐ後に、今度はロシアが技術的な理由として、ドルジバ・パイプラインを通じたカザフ産原油のドイツへの供給を停止すると発表する事態となった。

このままではベルリンが“油断”に

 4月22日に複数のメディアが報じたところによると、ロシアのアレクサンドル・ノバク副首相は、ドルジバ・パイプラインを通じたドイツ向けのカザフスタン産原油の供給を、5月1日から停止すると表明したようだ。ドイツには昨年、ドルジバを通じて、214万トン(日量約4万3000バレル)のカザフ産原油を輸入してきた実績がある。

 ドイツ東部ブランデンブルク州の都市シュウェットにあるPCK製油所は、このカザフ産原油を用いて、首都ベルリンに燃料を供給していた。ドルジバを通じたカザフ産原油は同製油所による供給の17%ほどを占めるが、これがカットされることになる。ベルリン地区に供給される原油の2割が減るのだから、強い供給ショックが生じると懸念される。

 PCK製油所によると、代替の原油が確保できなくても、4週間から6週間はこれまでと同様に操業を継続することができるようだ。言い換えれば、この間に代替の原油が調達できなければ、ベルリンは燃料不足に陥ることになる。具体的には、ガソリンや灯油、ジェット燃料、さらには瀝青(アスファルト)も不足すると懸念されている。

 代替の原油が調達できない場合、ベルリンはまさに“油断”の状態となる。都市機能が混乱する事態を回避するために、フリードリヒ・メルツ首相らは、それこそ死力を尽くして、代替の原油の確保に努めざるを得ない。これに失敗すれば、メルツ首相の支持率は一段と低下、ただでさえ厳しい政権運営がさらに厳しくなってしまうだろう。

 ライヒェ経済・エネルギー相は、バルト海に面したロストック港やポーランドのグダニスク港を経由した代替ルートがあるため、PCK製油所の稼働には問題がないと強調している。とはいえ、これらのルートを利用するとしてもタンカーによる運搬となるため、パイプラインによって運搬される原油に比べるとコストは当然ながら高くなる。

 イラン発のエネルギーショックに伴う原油不足の中で、他の産油国がドイツ向けにどの程度の増産に応じることができるかも不明だ。

ドイツ向けパイプラインを止めるロシアの狙い

 ドイツの燃料価格は3月時点でロシア発のエネルギーショック後の2022年3月の水準に匹敵するほど急騰していたが、カザフ産原油が輸入できなくなるため5月以降はさらに上振れするだろう。

【図表 ドイツの燃料価格(軽質油) (出所)ドイツ連邦統計局】

 いずれにせよ、ロシアは原油の供給ルートをテコに、ドイツを圧迫している。こうした“兵糧攻め”に等しい手段を取ることで、ロシアはドイツ国内の親露世論を刺激しているのだろう。ドイツの国内世論を分断する狙いだが、同時にこのことは、ロシアがドイツに自らとの関係の改善を迫るメッセージを発しているようにも見受けられる。

 ドイツでは、フリードリヒ・メルツ首相が就任して以降、ロシアを念頭に防衛体制が強化されている。ロシアにとっては素直に脅威であり、ロシア国民のドイツに対する不信感も高まっている。ベルリンを“油断”に追い込み、ドイツの親露世論を刺激して反露の機運を弱めようとしているのなら、いかにもロシアらしいアプローチである。

自らが巻いた“油断”のタネ

 なお、ロシアによるドルジバを通じたカザフ産原油の輸入停止措置は、そうは長期化しないと予想される。ロシアとカザフの関係を悪化させるためだ。事態が長期化すれば、BTC(バクー・トビリシ・ジェイハン)パイプラインのような、ロシアを迂回したかカザフ産原油の輸出ルートの開拓を促しかねず、ロシアは不利益を被る。

 今般のイラン発のエネルギーショックは、間接的にドイツを含めたEUの化石燃料の脱ロシア化の是非を問い直している。化石燃料の脱ロシア化は、言い換えればロシアとの関係の清算を図る取り組みでもある。これほど姿勢を先鋭化しなければ、イラン発のエネルギーショックが生じてもドイツの燃料事情の悪化は限定的だっただろう。

 ドイツは“油断”に対する耐性を自ら低下させたわけだが、それは経済的な安定性のみならず政治的な安定性にも及ぶものだ。ドイツ政治は極右政党である「ドイツのための選択肢」(AfD)の台頭に悩まされているが、AfDは国内の親露世論を吸収し勢力を伸張してきた側面もある。ドイツが“油断”に陥ればAfDには追い風となる。

 ドイツの苦境は、自ずと日本にも重なる。調達の多角化そのものは中長期的な課題として、短期的には、それこそ政府があらゆる手段と尽くして燃料を入手する必要がある。同時に需要を抑制し、為替を強くしなければならないにもかかわらず、政府は供給が十分と繰り返し、“油断”への抜本的対策の先延ばしを続けている感が否めない。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です

【土田陽介(つちだ・ようすけ)】

三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)、『基軸通貨: ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書)がある。

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