ベール脱いだ、三菱重工「新交通システム」実力は?

三菱重工が開発した新型の新交通システム「Prismo(プリズモ)」(記者撮影)
「あれです」――。係員が指さした先には陽の光を浴びて輝く白い車両が見えた。その向こうには青い瀬戸内海が広がる。
【はじめに写真を見る】三菱重工が開発した架線不要の新型AGT「Prismo(プリズモ)」とは?カーブや勾配もある広大なテストコースを走る様子。C57形蒸気機関車が展示されている工場ではAGT車両の製造が進む
広島県三原市にある三菱重工業三原製作所。同社のモビリティ事業の拠点であり、車両製造を行う和田沖工場は1周3.2kmのテストコースを備える。その広大な空間を1両の車両が時速60〜80kmで右へ、左へと駆け抜ける。
「AGT」とは何か
この車両は三菱重工が開発する新交通システムの新型車両。新交通システムとは従来の鉄道とは異なる機能や特性を持つ交通手段で、自動案内軌条式旅客輸送システム(AGT : Automated Guideway Transit)やモノレールなどが含まれる。
AGTという言葉は耳慣れないかもしれないが、東京臨海新交通臨海線「ゆりかもめ」、埼玉新都市交通伊奈線「ニューシャトル」は誰もが知っているはず。鉄道とはちょっと違う、高架上を走る小型の車両。それがAGTだ。
小型で軽量の車両がコンピューター制御による自動運転により専用軌道上にある「案内軌条」に従ってゴムタイヤで走行する。路面電車やバスでは輸送力が足りず、鉄道では輸送力が過多となる区間において、AGTはその中間の公共交通システムとして威力を発揮する。
一般的な鉄道車両よりも小型で軽量の車両を用いるため軌道の建設費を抑えることができ、ゴムタイヤを使用するため鉄輪と比べ急勾配でも走行できる。鉄道の勾配は最大でも2度くらいだが、AGTは10度の勾配でも走行可能である。
しかも、ゴムタイヤは鉄輪よりも騒音レベルが小さく、住宅街でも走行できるという点も長所に加えられる。こうした利点を生かし、AGTは世界各国の主要都市における公共交通手段のほか、空港のターミナル間における旅客の移動手段としても使われている。
ゆりかもめもニューシャトルも三菱重工が製造したAGT車両だ。海外ではシンガポール、マカオなど世界の主要都市で同社製のAGTが導入されているほか、ドバイ、香港、マイアミなど世界の主要空港でも続々と採用されている。

シンガポールのチャンギ国際空港を走る三菱重工のAGT(記者撮影)
三菱重工はAGT世界シェア3割
シーメンス、アルストムといった国際的な鉄道大手メーカー、あるいは躍進著しい中国メーカーを含む多くのメーカーがAGTの分野に参入しているが、その中でも三菱重工は日本国内でシェア5割と断トツ、世界でもシェア3割強を握る堂々たるトップメーカーである。
かつて蒸気機関車やディーゼル機関車を製造していた時代もあったが、1970〜80年代に鉄道からAGTに軸足を移し、モビリティ分野における経営資源をAGTに注いだ。この決断が今日のAGT分野における隆盛につながった。
三菱重工によれば、2022年におけるAGTの世界市場規模は1500億円。その後も年平均5.3%ずつ拡大し、2030年には2250億円になると予測している。およそ30兆円におよぶ世界の鉄道関連の市場規模と比べればごくわずかだが、そのニッチな市場で三菱重工は大きな存在感を誇る。
日本国内では鉄道会社が車両や軌道などの保守業務を行うが、海外ではメーカーに委託することが多い。そのため、三菱重工はAGTの車両製造のみならず、海外では保守やアフターサービスでも稼げると考えている。
ただ、既存メーカーとの競争に加え、中国の電気自動車大手メーカー・BYDがAGTに参入するといった異業種からの参入もあり、競争は激化の一途をたどる。そんな状況において、三菱重工も最新技術を導入した新たなAGTを開発し、新ブランド「Prismo(プリズモ)」を5月19日に発表した。
「本日から営業活動を始めます」と三菱重工の新交通システムを所管するGXセグメントの藤岡健治セグメント長代理が宣言し、和田沖工場でプリズモの車両が試験走行する様子を報道陣に公開した。

試験走行する「プリズモ」の車両(記者撮影)
最大の売りは「架線レス」
案内軌条に沿って遠くからやってきた車両は長さが約12m、立ち客も含めた定員は100人程度。車両を2両、3両と連結することで定員はさらに増やせる。空港で使うのであれば、「大型旅客機から降り立ったお客様を一度に大人数お運びするのに適している」(藤岡氏)。
また、車両の長さも12mで決まっているわけではなく、「顧客の要求に合わせて長さは変わる」と、開発を担当したGXセグメントモビリティエンジニアリング部の田代太郎主席プロジェクト統括が付け加えた。確かに、日本国内を走るAGTの1両あたりの長さもゆりかもめは約9m、ニューシャトルは約8mと異なっている。
車両は報道陣の前を時速60〜80kmで何度も行ったり来たりしたが、プリズモの“売り”はそこではない。給電レールが不要となる「架線レス」の実現がプリズモのセールスポイントである。
一般的な電車が頭上の架線から取り入れた電気を動力源として走行するように、AGTは軌道に設置された給電レールから電気を取り入れて走行する。
しかし、プリズモは違う。三菱電機と武蔵エナジーソリューションの共同開発による次世代蓄電モジュールをプリズモ用にカスタマイズして搭載し、蓄電モジュールに蓄えられた電気のみで走行が可能となった。このため、給電レールが不要となり、建設費が抑えられる。また、給電レールを設置していないのだから点検・交換費用もかからない。
では、蓄電モジュールだけでどのくらいの距離を走れるのか。この点について尋ねると、「30秒あれば、1駅走るくらいの電力を蓄えられる」と藤岡氏が胸を張る。距離にして約2kmだそうだ。駅に停車中のわずかな時間で、次の駅までの距離を走る分の充電が可能だという。

2024年の国際鉄道見本市「イノトランス」の三菱電機ブースに展示された次世代蓄電モジュール(記者撮影)
軌道もシンプルな構造に
駅間が何キロにも及ぶような路線だと短時間で十分な電力をチャージできないかもしれないが、AGTが得意とする都市部や空港のターミナル間であれば、2km分充電できれば問題なさそうだ。これを繰り返せば確かに給電レールは必要ない。
車両の停車中に蓄電されている状況が係員の持つPC端末のモニターに示されたが、充電量を示す目盛がぐいぐい上昇し、あっという間に充電が完了した。さらに、運行中の車両の減速時に発生する回生電力を無駄なく使用することで従来よりも約10%減となる省エネ運行を実現したという。
インフラのスリム化もプリズモの特徴だ。給電レールが不要になったことで軌道が小型化されただけではない。三菱重工のAGTでは車両の両側に案内軌条を設置する「サイドガイド方式」が採用されることが多いが、プリズモでは軌道の中央に案内軌条を1本だけ設置する「センターガイド方式」を採用した。側面の案内軌条がなくなったことで、軌道構造物が大幅に削減され、建設費やメンテナンス費用の大幅な削減につながった。
また、従来の同社のAGTは最小曲線半径が30mであり、一般的な鉄道と比べればかなりの急カーブだが、インフラのスリム化により22mまでさらなる小型化が可能となった。通常、AGTは道路の上などに建設されることが多いため、道路のカーブに合わせて軌道もカーブする。つまり、よりきついカーブにも対応できるようになるということだ。
完成までに4年かかったという。従来のAGTと比べ多くのメリットを持つことで「電力事情が悪い国、あるいは景観重視の観点からサイドガイドは景観の妨げになると考えている顧客に訴求できる」と田代氏が話す。また、「すでに引き合いがあり、早ければ数年後には提供したい」という。
国内で導入に適した路線はある?
三菱重工が正式な営業活動を行うのは5月19日からだが、昨年9月にドイツ・ベルリンで開催された鉄道見本市「イノトランス」でパネルを展示し、興味を示す顧客に担当者が熱心に説明していた。その様子は2024年10月21日付記事(『三菱重工、知られざる「鉄道メーカー」の世界戦略』)で詳述している。
なお、イノトランスには三菱電機も出展し、自社ブースで次世代蓄電モジュールを売り込んでいた(2024年10月14日付記事『三菱電機「空調装置」、ドイツの鉄道なぜ大量採用?』)。

2024年の国際鉄道見本市「イノトランス」の三菱重工ブース(記者撮影)
藤岡氏の言う「引き合い」とは海外のプロジェクトを指しているようだが、国内でAGTの導入が適しているような案件はないのだろうか。都市や空港でAGTが想定されているような建設計画はないが、視野を広げると1つある。山梨県が構想する富士山登山鉄道構想である。
これは、富士スバルライン上に軌道を建設し、大型の車両が登山客や観光客を5合目まで運ぶ計画。2024年11月18日付記事(『「富士山登山鉄道」、山梨県がLRTに代わる新案構想』)によれば、県は当初想定していたLRT(軽量軌道交通)ではなく、ART(Autonomous Rail Rapid Transit)という新たな方式を検討している。
ARTはレールの代わりに道路に磁気マーカーを埋め込んで、ゴムタイヤの車両がマーカーを検知しながら自動走行するという仕組み。中国中車(CRRC)がすでに実用化している。プリズモでもセンターレールの代わりにマーカーに沿って走る方法も検討しているという。

国際鉄道見本市「イノトランス」で中国中車(CRRC)グループが展示した、ゴムタイヤで道路上を走る新たな交通モード「ART」(記者撮影)
富士スバルラインを走れる?
ということは、富士スバルラインにプリズモを走らせることは可能ではないか。藤岡氏に尋ねてみたら「うーん」と考え込んでしまった。スバルラインは急勾配区間が長く続きブレーキが耐えられるかという問題がある。また、雪や低温といった過酷な自然環境という問題もある。きちんと検証しないと回答はできないだろう。
ただ、「旅客輸送だけでなくバゲッジハンドリング(手荷物輸送)にも使える」と藤岡氏は話し、さらに、「この場で話すことは控えたいが、空港や都市以外での運行の可能性はある」。つまり、幅広い用途を想定していることは間違いない。
プリズモは車両単体ではなく軌道の建設も含めたトータルなシステムだけに、既存路線に車両だけ置き換えるというわけにはいかない。しかし、既存の鉄道では難しそうな新規路線を検討する際には、プリズモが有力候補の1つとして挙げられることは間違いないだろう。